推理編
9話 名探偵カウンセリング
探偵に憧れ、探偵を志していた僕にとって、この事件は待ち望んでいたはずの、言うなれば垂涎のシチュエーションだというのに、にもかかわらず、なんというか、そう、困っていた。
困っていたし。
戸惑っていた。
どうしたらいいかわからなくて。
どうしようもなく止まっていた。
身体が動かないわけじゃないけれど、頭が働かない。そんな感覚。
「人はそれを不調というんだよ。きみは今、身体に不調をきたしている。その理由は自分でもわかるだろう? わからない? そんなことはない。きみは確かにショックを受けているんだ。たった半年、短い期間とは言え、確かに付き合いのあった他人ならぬ先輩である、鮫アリアさんの死体を見てね」
ソファに深く腰を落ち着け、つみきさんは滔々と語る。
「人の死を含め、暴力というのはそれだけで刺激が強い。そして強い刺激ほど人に――生物に影響を与えるものだ。良くも悪くもね。さて、ちょっとした雑談でもしようか。なに、大したものじゃない。ソファに寝そべってスマホを弄りながら垂れ流しのテレビに耳を傾ける程度の気持ちで聞いてくれ、カウンセリングとはそういうものだ」
はて、つみきさんはカウンセラーだったか。
「ぱずる君、きみは誰かに石を投げたことは勿論無いだろう? いじめをした経験も当然ない。かといって、見て見ぬ振りをしなかったことは一度だってない、ということでもない。有り体に言えば、どこにでもいる平凡な人間だ。平凡で普通、だからショックを受けるのは不思議でもなんでもない。いくらきみがネットでR-18G相当のゴア表現を浴びていようとね。ふふふ、きみの過去の行動については、ちゃんときみの両親から聞いてるよ。だからこそバレンタインチョコをスマホ貸与の条件にしたんだけどね。健全な生活できている証明になるから。
「おっと話が逸れたね――雑談で話が逸れるも何もないなんて、悲しいことは言わないでくれよ。私だって悲しいことを言われるとそれだけで傷付くんだ。人間だからね。
「人間にとって強い刺激はそれだけで娯楽だ。これだけ娯楽の選択肢が増えた現代においてもそれは変わらない。悲しいね、どれだけ文明が成長しようと人の根源は紀元前からちっとも変わらないんだから。毎日誰かしらを悪人に仕立て上げ叩くネットにテレビ、井戸端会議。公開処刑なんて残酷ショーが娯楽だったというのも頷ける。
「公開処刑を楽しむ大衆のほとんどは普段人も殴れないような善人だった、なんて話もある。殴れないような――ってのはさすがに眉唾だけれど、善良なのは違いない。善良じゃなきゃそもそもその場にいられないんだから。悪逆では処刑される側だ。そんな連中が人の残虐な死をエンタメとして楽しむんだ。想像できるかい?
「パン屋の気の良いおばさんが、職人気質のおじさんが、身重の母が、大黒柱の父が、一人の人間の死を楽しむんだ。楽しんで石を投げつけるんだ。
「きみをどこにでもいる平凡で普通な人間と称したけれど、彼らも間違いなく普通の人間だ。そんな人間がどうして同じ人間に平気で石を投げられるのか、想像するのも苦痛?
「なら代わりに説明しよう。
「彼らは平凡で普通である以上に善良な人間だ。善良故に病人がいれば看病するし、困ってる人がいれば手を差し伸べるし、悪人がいれば容赦しない。
「つまり公開処刑は善良な人間が善良なまま、善良な精神に従って石を投げれる娯楽なんだよ。だからこそ、善良な人が、善良な人のままで人間に石を投げつける凶行に出ることができる。まさしくヒトコワ系のホラーだね。夏なら大ヒット間違いなしの映画になる。
「公開処刑なんて節分の豆撒きと同じなんだよ。石を豆に変えて、人間を鬼に変えればその感情をきみでも理解できるだろう? 違いがあるとすれば、豆で鬼は死なないが、石で人は死ぬと言うことか。どの道公開処刑の時点で死は確定してるけどね。
「おっと、話がまた逸れた。まあつまりだ、他人の気持ちや感情なんてのは推測すれば案外簡単に理解できてしまう。私はきみ以上に人の気持ちを理解する能力が乏しいけれど、それでも推理しようとすれば出来てしまう。
「そしてきみの今の状態を言うと、ただ単に恐怖してるんだよ。
「ショックを受けて動けないのはその通りだけれど、そのショックの原因は強い刺激じゃない。恐怖だ。
「身近な人間が、見るも無惨な死を迎えたと言う事実にね。
「正しい反応なんだから取り繕う必要なんて何もない。私としてはむしろ嬉しいよ。きみにも普通の中学生らしいところがあったんだからね。
「スマホ? それとこれとは別だ。きみとの勝負は一旦お預けの状態だからね。
「ふふふ、どうやら普段の調子が戻ってきたようだね。私のカウンセリングもあながち馬鹿にできないだろう? なに、知り合いのカウンセラーをちょっとだけ参考にさせてもらっただけだよ。資格なんて持ち合わせちゃいない。出来るからやった、それだけの話だ。
「うん? ああ、そうだろうね。きみは死体を見て恐怖してるんじゃない。
「ゴア表現を散々見てきた人間が本物の死体を見て恐怖しました、なんてのは少なくない話だけれど、今回はそれとは違う。
「きみの恐怖はずっと現実的だ。
「身近にいる善良な人間が凶行に及んでいる。
「その事実に、きみは恐怖しているんだ」
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