第25話


「なるほど、“刀”ねえ……」

 公演が終わった頃を見計らい、蝶子に連絡を取ると、彼女はすぐさま白狐の転移を使って光留たちが泊っているホテルへと来てくれた。

 光留がこれまでの調査結果を踏まえて情報共有すると、蝶子の表情は次第に険しくなっていく。

「私はふたりをまだ実際に“視て”ないから、どうするべきか判断できないけど……」

 蝶子はちらりと花南を見る。

 今はこれ以上ない最悪の状態だが、当事者である花南にはきちんと伝えなければならない。

 花南も青ざめた顔で、蝶子の話を真剣に聞いている。

「お母様の方は、もしかしたら可能性はあるけれど……期待はしない方がいいかもしれない。ごめんなさい」

 巫女姫として、蝶子はこれまでに憑き物に狂わされた家族をたくさん見てきた。

 救えた家族もいれば、救えなかった家族もいる。

 すべての人を救えるなどという傲慢な考えは持っていない。けれど、身近な人の家族を救えないのは、やはり少し堪える。

「蝶子ちゃんのせいじゃないです。むしろ巻き込んでごめんなさい……」

 花南は、蝶子が謝る必要はないと首を横に振る。

 表情は決して明るくはないが、それでも立っていられるほどには気丈に振る舞っている。

 光留が献身的に支えているからだろう。

 その献身は傍目に見れば美しい。けれど――。

(本当に、花南が可哀想……)

 光留の愛し方は、“月夜”の愛し方によく似ている。元は同じ魂だからと言われればそうなのかもしれないが、光留の執着心は本人が自覚するより重い。

 それが花南を不自由にさせていることに、幸か不幸かふたりとも気付いていない。

 それでも、互いに支え合って、幸せそうな表情を浮かべているならいいかと思ってしまう。

(まぁ、当人たちの問題だし、私に火の粉が降りかからなければいいわ。私は私の役目を果たすだけ)

 蝶子は思考を切り替える。

 今心配なのはこのバカップルではなく、花南の両親の方だ。

「ありがとう。気を遣わせちゃったわね」

「いえ! それよりも、蝶子ちゃんは大丈夫ですか?」

 花南は迷いながらも口を開く。

「今、公演中で忙しい時なのに……」

「まぁ、それはそれね。疲れてないって言えば嘘になるけど、こっちは人の命がかかってるし、幸い明日は休演日なの。だから平気」

 蝶子が安心させるように微笑めば、花南もホッとしたように微笑み返す。

「それで、光留の方はどう? どれくらいイケる?」

 光留は肩を竦める。

「蟲毒になる前だったらほぼ全部の回収は可能だな。無理だったら燃やすし」

 言いながら光留も手のひらに炎を灯す。

 ゆらゆらと揺れる炎は、光留の手のひらの上で踊っているようで、神秘的だ。

 光留が手を握り込むと、その炎が消える。

「きれい……」

 花南がうっとりと呟くと、光留が小さく笑う。

 落神を滅するにしても封印するにしても、光留という器が必要になる。

 それに、花南の両親の魂を侵食している悪霊や落神も、祓わなくてはならない。

 その前に、やはり光留にそれらを移す必要がある。

 守り人の役目は、巫女姫の剣となり盾となり、依り代になることだ。

「そう。絶好調ってことなら良かったわ。まぁ、花南の前で恰好つけたいだけでしょうけど」

「悪いか」

「いえいえ、ご馳走様」

 蝶子が揶揄うように言うと、光留はそっけなく返す。

「でも、本体が“刀”で良かったわ」

 蝶子の呟きに、花南が首を傾げる。

「勝機があるんですか?」

「ええ。私達の主祭神である鳳凰は炎を司るの」

 それがどう関係あるのか分からず、花南はさらに首を傾げる。

「刀は“金”の属性だから、相性がいいのよ」

「相性……」

 花南がよく分かっていない顔をしているのを見て、光留が優しく説明する。

「テレビとかで見たことあるかもしれないけど、陰陽五行説では“火剋金”っていって、火は金属を溶かすからかつと言われている。刀は金属でできているから、火は刀の力を制御できる」

「あ! だから蝶子ちゃんや光留君たちに有利に働くんですね!」

「そういうこと」

 花南が納得したその時、蝶子の隣に人影が現れた。

「蝶子」

 宮島家の様子を見ていた白狐が戻ってきたのだ。

「お帰りなさい、父様。どうだった?」

 白狐は白面の下で頷く。

「瘴気ハ既ニ漏レ出ル寸前、本体ノ刀ハ夫妻ノ寝室ニアル」

「さっすが父様! けど、それだけ瘴気が充満してるなら、やっぱり……」

 蝶子は花南を見る。

 光留から花南を連れて行くと言われた時、蝶子は猛反対した。だが、花南の強い意志もあり、折れることにした。

 とはいえ、状況が状況だ。蝶子としても、できることなら花南を連れて行きたくはない。

「行きます。どんな結果になっても、ふたりを責めたりしません!」

 心配なのはそう言うことではないと、蝶子も光留もわかっている。

「光留が守るって大口叩いたんだから、責任持ちなさいよ」

「わかってる。花南だけは守るさ」

 蝶子と光留は、花南に聞こえないよう小さな声で囁き合う。

「……わかったわ。けど、本当に危ないと思ったらすぐに逃げなさい。あと、光留の指示には必ず従うこと。これを守ってくれるなら、私は何も言わないわ」

 蝶子からの注意事項に、花南はしっかりと頷く。

「わかりました」

 その様子を見て、蝶子も腹をくくる。

「それじゃあ、時間もないことだし、さっさと終わらせに行きましょうか」

「ああ」

 そして3人は、白狐の転移で宮島家の玄関へと移動すると、そこは、冷たい空気が肌を刺し、夜の闇が不吉な気配をまとっていた――。

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