第3話

月明かりに照らされた星月夜が主役だというような主張をされた気分だった。

透明感と逞しさを兼ね備えた絵に、昨日の夜空のように心奪われたままでいた。


「……異世界、行けなかったね」


僕の声に、來未ははにかんで星月夜に近づく。


「そうだね。でもさ」


星月夜の目の前に立った來未はスカートを揺らして振り返り、歯を見せて笑っていた。

その姿が、背景とも相まって、スローモーションに見えた。


「これはこれで、来て良かったでしょ?」

「───うん。そうだね」


確かにあの瞬間はまるで別世界に飛んだような気分だったから、学校も、人生も、悪いものではないな、なんて。

なんとも言えない気まずい空気が流れると、ダンダン、と階段を登る足音が聞こえた。


「來未、先生は帰ったはずじゃ?」

「そう、だったはず。……まって、同じクラスの男子な気がする」


耳をすませば、数人の足音と笑い声、話し声が聞こえる。


「あっちも不法侵入、ってこと?じゃあ、もし会っちゃったらお互い秘密ってことで……」

「うん。そうなるといいな。それから帝、私の名前、絶対呼ばないで」

「え?なんで?」

「な、なんでも!私が楠木來未ってことが分からないようによろしく!」


と話していると、階段を登ってきた一つ後輩の男子生徒たちと目が合った。

三人組のようで、僕たちと会ってお互い驚いているようだ。


「「「「「ッッッ!?」」」」」


全員が全員、息の止まるような驚きと、窓ガラスを割ってしまいたいくらいの気まずさが走った。


「あ、あの、すいません。お互い、ここに来たことは内密に、でいいすか?」

「はっはい、もちろんです」


幸い、向こうから申し出てくれたので助かった。


「じゃ、じゃあ、僕らは行きますんで」

「はい……では」


と別れの挨拶を告げすれ違う。

ほっと心の中で胸を撫で下ろすも、後ろで騒ぐ声が聞こえた。


「マジ出たかと思ったわぁ」

「てか、男女二人が学校に不法侵入って、どんな青春だよ」

「まだお熱いんじゃない?」


その声で、僕が苦手とする種類の人種だなと理解した。

あいつら、こっちが聞こえてるって分かってるだろ。

イライラするけれど、こう言うところで冷静になるのも大事だ、と後ろをついてくる來未を横目で見て階段を降りていく。


「てか、男の方は普通な感じだったけど、女の方可愛くなかった?」

「それなぁ?なんであの二人が釣り合うん?的な」

「俺さ学校の美女全員調べてるつーか知ってるんだけどさ」

「キモ」

「まぁまぁ。それで?あの女だれ?」

「俺の脳内に全員インプットされてるはずだけどアイツ知らないんだわ」

「マジで?学校ではバリバリ陰キャのフリしてるとか?」


その時、視界の端で來未の肩がぴくりと動くのが見えた。

……もしかして、教室では地味な格好をしていたりするのか……?

そうでもそうでもなくても、僕はこの場から彼女を逃さなければならないと悟った。

手をパッと掴むと、僕は階段を下る足を強めた。


「えっ、ちょ……」


來未は驚いたみたいだけど、拒否せず大人しくついてくる。

でも、それが逆に悪かったかもしれない。


「あれぇ、アイツら、俺らの声聞いて逃げてったんじゃね?」

「追いかけるか」

「ヤバすぎ」


ダンダン、と階段を降りてくる音が上から響く。

気がついた時には、真後ろに立った彼らが僕たちを見下ろす形で、尋ねてきた。


「あのぉ、クラス教えてくれませんか?これも何かの縁かもしれませんし……」


言葉遣いとは裏腹に、ニヤニヤしていて気持ち悪い、僕はすでに軽蔑しかけていた。


「いや……ここに来たことは本当に先生たちにバレたくないので……本当に申し訳ないですけど、シークレットで」


おそらくどれだけ陽の心を持っていても、彼女は発言出来ない。声がバレてしまうかもしれないから。

我ながら良い回答だったと思う。陰キャでもやる時はやるんだ。

しかし、やっぱりと言うべきか、陽キャは一枚上手なのがこの世界の憎いところだった。


「えーいいじゃないすか。お二人とも学校で見たこと多分ないですし。ね」


さっきとは別の奴が近づいてきて、來未の肩に手を置いた。


「ひっ」


來未の顔が恐怖に染まり、思い切り手を振り払う。

そのまま逃げれたら良かったのに。

───ガチャン、と音を立てて落ちたのは、來未のスマホだった。

スカートのポケットから滑り落ちた携帯は男子三人とも見覚えあるものだった。


「これって……來未のやつじゃね?」

「……てことはこいつ、來未、なのか」

「同じクラスの地味女が実は美少女でしたって?傑作じゃん!もはや運命じゃね?」


來未の顔色は、さらに色をなくしていくのを僕は耐えきれなくなってきて、來未の手首を掴んで急いで外に出る。

それからの彼女は、どんどんすり減っていくのだった。



◇◆◇◆



「好きです。俺と付き合ってください」


目の前にいる名も知らない男子から急に呼び出されたと思えば、告白された。

もしかすれば、違う世界線ならば、私はこの状況を舞うように嬉しがることができたのかもしれない。

でも正直、はじめに思い浮かんだのは正反対の言葉だった。

───気持ち悪い。

純粋な好意かもしれない。

本気で私を幸せにしようとしてくれてるかもしれない。

でも私は軽蔑してしまった。

心の奥から、この人を好きになれないと、拒否した。


「ごめんなさい」


それだけ言うと、礼をしてその場から足早に去った。





私の素顔がバレた日から、私を見る周りの目が変わった。変わってしまった。


急に近づいてくる男子。

仲良くなりたいと言う女子。

私を下ネタで遊ぶ男子。

私の容姿を妬む女子。


私はいつも通りの眼鏡をつけて登校するのに、まとわりつく視線がベトベトの体にくっついて気持ち悪かった。


だから隠してたんだよ。

寄ってこないでよ。


そう声にできたなら、少しはマシだったかもしれない。

学校での私は、内気で弱気で、ずっと下を向いているような女だ。

そのうち、人の好意を素直に受け入れられない自分が嫌いになってきて、気がつけば不登校気味になっていた。

ベッドに潜っている時は、学校にいる時よりは幾分かマシだ。

自分の悪いところをひたすら並べるだけで、周りのことなんて気にしなくていい。


これだから、この世界は嫌だ。

また、異世界に行きたい理由が増えた。


前の私だったなら、自殺なんてと思うだろう。

でも今は、彼の気持ちが分かる気がした。


性別も学年も違う彼には、なかなか会うことはできない。

メッセージは、私から送る気力はない。彼も話しかけられるタイプではないだろう。



───帝に、会いたいなぁ。

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