翼をください。

いなずま。

第1話

都会のビルの合間を縫って陽の沈みかけた夕陽を駆ける。

フードに手をかけて深く顔を隠すと、僕は口をキュッと固く結んだ。

周りから見たら目は虚ろで足元はおぼつかない。関わってはいけない人間だと思われているだろう。視線も感じる。


でも、いい。


視界に大通りが広がった。蟻の如く長い車の列は途切れない。

本通りを横断する歩行者信号は真っ赤に、もう一つの方向の信号は青く静かに燃えていた。

信号を待つ人は下を向いて、上なんて見ようともしない。

僕はグラデーションの青と橙を見上げ、ふっと息をついた。

引っ張られるように足が進む。

赤信号へと吸い寄せられる。

もう、囚われたくない。

何かの鳥のさえずりの音が不気味に聴こえてくる。

向かってくるトラックと僕は垂直に近づいていってる。

周りの人の視線がさらに集められたが、もう僕を止めることなどできない。

───はずだった。

パーカーの上から手首を掴まれた。

驚いて振り返ると、黒髪をサラサラと風に流して口で弧を描く女子がいた。


「君も、私と同類かな?」

「───えっ?」


意味が分からず眉を顰めて、聞き返す。


「でも、自殺めいたことをするのは得策じゃないなぁ。チャンスがそれで終わってしまうかもしれないから」


どういうことか理解するのに戸惑っていると、いつの間にか鳥の囀りが聞こえなくなっていた。

慌てて振り返ると、トラックはとっくの昔に見えなくなっていて、車両用の信号も黄色に変わっていた。

周りには、僕が道路の際に立っていることが気がかりになって人が近寄ってくる。


「目立って今みたいに止められることもあるし。こっち」


女子は僕の手首を掴んだまま人混みをスイスイかき分けて路地裏に入ると、人がいないが開けた道に入って止まった。


「あの、なんで同類って……。それから手……」


僕がそう言った事を聞いて、彼女は手首を離すとニィっと笑った。それからくるりと回ると、両手を顔の前で合わせて小悪魔のように呟く。


「ごめんね?」


何が、ごめんね、なんだろう。

僕がハテナマークを浮かべると、彼女は僕をビシッと指差して言う。


「君も私と同じだから、邪魔されたーっ、って思ってるでしょ」


私と同じ、ということは彼女も自殺を?

多少軽すぎな部分はあると思うが、陽の雰囲気を醸し出しながらも同じ望みを持っていると知って、僕は彼女に親しみを覚えた。

……まあ、危険なのには変わりないだろうけれど。


「でも、トラックはいけない、って思って止めちゃった」

「じゃあ何なら?」

「死のうとするのなら、チャンスは一度きり。七不思議的な、霊的な何かで行くべきだと思うの、私」

「……?」


さっきから、微妙に話が噛み合っていないような気がする。

死のうとするなら、って自殺しようとするんじゃないのか?


「君も……、異世界に行きたいんじゃないの?」



◇◆◇◆



草を踏み分けて暗闇をかき分けていく。

頼りない小さな懐中電灯と、薄気味悪い電灯だけがくっきりと見えていた。


「どこまで行くんですか?」


不安になってきて僕は尋ねた。


「もうすぐ着くはず」


圏外のスマホを叩いて彼女は言った。

ここは樹海、と呼ばれるのが相応しいであろう森。

バスに乗って無言で四駅ほど。僕は彼女に「いいからいいから」と急かされついてきた。

寮に戻る時間はとっくに過ぎているが、僕はもうどうでも良かった。

彼女がどうしてここに来たかったのかは聞いていない。


「あそこだ!」


少し開けたところを見つけて彼女は走り出した。

暗闇の中一人にされるのが怖くて、黒髪を追いかけて走った。

と、彼女は突然立ち止まって、少し上を見つめる。


「どうした───あ……」


尋ねようとして、僕は口が、体が動かなくなった。

綺麗すぎた。

都会でビルの隙間から見た空よりも、この木の合間から見た星空の方が、比にならないほど美しい。

カチカチと揺らめく灯りが何もかも忘れさせてくれるようだった。


「綺麗だね」


いつの間にか隣に来た彼女は、ゆっくりと微笑みながら今一度空を見上げていた。

僕も応えずに彼女のようにもう一度見上げた。



少しして、再び歩き出した彼女についていく。

こんなに綺麗だから星が目的なのかと思っていたけど、どうやら違うようだった。

森を進んでいくと、ひっそりと家が佇んでいた。

僕は驚いて目をこするが、変わらずそこにあって幻覚ではないと確認した。

錆びれたもと古民家のような建物で、ツタが絡んだり多くの場所に穴が空いていたりとにかく不気味で、本場のお化け屋敷とはこれだろうと思う。


「今日の目的地」

「こんなところが……。もしかして肝試しでもするんですか?僕はその生贄に───」

「違う違う!違うからね?私は動画配信とかをしたり、その場所を荒らすようなことはしたくない。とにかく異世界に行きたいの。君もそうでしょ?」

「僕は……僕は、たしかに今の環境にはいたくない、です」

「わかる。───ね、そういえば、名前なんていうの?」


今まで自己紹介なんてことしなかったから、僕は軽く名乗った。


「僕は南帝みなみだい。南に帝国の帝で南帝」

「珍しい名前だね」

「そう。画数が少ないのはテストで出遅れなくて良いんだけど」

「へぇー、いいな。私は楠木來未くすのきくみ。説明するのもめんどくさい名前だから端折らせてね」

「かっこいい名前ですね」

「そうかな?ふふ、ありがとう。あっ、タメ口でいいよ。もしかしたら一緒に異世界行くことになるかもしれないし!」

「あの、さっきから異世界って……僕は異世界に行きたいわけではないんだけど───」


少し申し訳なくなりながら言うと、彼女は目を見開いた。


「そうなの?私はてっきり同志かと……勝手に連れてきちゃった。ごめん」

「全然いいよ。僕もあの時冷静じゃなかったから、止めてもらって感謝してる」

「ってことは、もしかして自殺未遂───?」

「……うん。結構ストレートだね……」

「あは。私空気読めなくてさ。……でも、そっか」


何が「そっか」なのだろうと疑問を持ったが、それよりも興味を持つべきところは別にあると僕は思った。


「どうして異世界に行こうと?」

「どうしてだと思う?」


いたずらに笑みを浮かべると、來未は口に手を当てて「ふふっ」と可愛らしく笑った。


「どうしてか?うーん、……僕みたいに世界に疲れた、とか?」

「ブッブー。聞いちゃう?聞いちゃう?」

「もったいぶるねぇ」


もう一度笑うと、來未は無邪気に笑って応えた。


「愛を見つけるため!」

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