第十一話 連行令嬢


 気がつけば授業は終わっていた。


 老婆は去り、子供たちも数人を残して部屋を後にした。残っている数人の子供は、どうやら親の迎えを待っているらしい。


 テリアは腕の中にセシルを抱えたまま、頭の中で疑問の堂々巡りに呆然としていた。


「んっ、てり、てりゃ、あ?」


「……あ、ごめんねセシルちゃん。苦しかった?」


「んー」


 テリアの両腕を抱え込むようにするセシル。ぶぅ、ぶぅ、といいながら身を捩る彼女を抱きしめながら、テリアはベッドの枕元に飾られたシャクラの花に目を向けた。


 頭の中で老婆の言葉がリフレインする。


「いや……そんな、まさか……。だって、タイミングが、おかしいし……」


「てーりゃ、りあ。んー!」


「わ、わわ。何、どうしたの?」


 抱きしめられた腕の中でぐいぐい指をひっぱってくるセシルに視線を戻す。幼女は、ぶぅぶぅいいながら、ぺたぺたとテリアの顔を小さな手で撫でまわしてくる。苦笑いしながら、テリアは首を引いた。


「むぅ! ぶぅ、あー!」


「あ、ちょ、髪の毛引っ張らないで……」


 今度は綺麗な紫色の髪が気になったらしい。くるくるとウェーブを巻いた髪をひっぱる少女相手に彼女が悪戦苦闘していると、とんとん、とドアをノックする音が響いた。


 クラムが帰ってきたのだと思ったテリアは、千載一遇の救援を受けた気持ちですぐに反応した。


「どうぞ! 助かったわ、クラム。ちっちゃな子達、元気すぎて私ひとりじゃ……」


「おいーっす!!」


「え」


 だがドアを押し開いて入ってきたのは、テリアの知らない少女だった。


 年はおそらくテリアより1,2歳年下。赤い髪と黒い瞳の活発そうなショートカットの少女。短パンと胸元だけを隠す簡素な服のせいで、つやつやとした日焼けした肌がこれでもかと目に入る。さらに首元や手首にはじゃらじゃらと石や牙に穴をあけて紐を通したアクセサリがぶら下げられ、右足には白っぽい色合いの足環をはめている。


 やっほーい、と部屋に入り込んできた闖入者に、テリアは言葉を失って固まった。どなたさまですか? クラムは? と疑問符が彼女の頭をいっぱいにする。


「ねぇね、ねねー!!」


「はーい、セシル、●●だぞ。よい■にしてた?」


「あぅ!」


 と、その少女を目の当たりにしたセシルが、這い出すようにしてテリアの腕の中から抜け出した。あぶなっかしく揺れながらとととと、と走り寄ってきた幼女を受け止めた少女が、一息で抱え上げるとそのままくるくると回りながら振り回す。ぶんぶん宙を振り回されて、きゃっきゃとセシルはご満悦の歓声を上げた。


 そして勢いを殺さずにひょい、と抱きかかえる。その場で半回転して動きを止めた少女が、テリアに視線を向けた。


「あんたが噂の、クラムの●■かい? 私はサシア!」


「あ、これは、どうも。私はテリア・フラメルと申します。その……サシアさんとおっしゃいましたか。妹さんの迎えに?」


「そうだよー。他の●■もつれていくけどね!」


 はいはい皆集まるー、とサシアが声を上げると、わあわあと子供たちが集まってくる。足に幼子たちを纏わりつかせながら、セシアを抱えている彼女の様子にテリアは目を白黒とさせた。


 なんというか、元気が有り余っているという感じだ。当然ながらテリアの周りにはああいった活発な女子はいなかったので物珍しく思う。


 と、そこに遅れてクラムが姿を現した。彼は部屋に入って周囲を見渡すと、それで状況を把握したのだろう。困ったように笑いつつ、静かにテリアの元へとやってくる。


「ごめん、遅くなった。彼女、サシア。自己紹介?」


「あ、はい、もう自己紹介はしました。彼女は……クラムさんと、どういう?」


「親、友人。幼馴染、家族のようなもの。どうしても、言う、連れてきた」


 どうやらサシアと名乗った彼女、クラムの知人のようだ。


 話の流れから察するに、彼女がテリアに興味を持って会いに来た、という事らしい。


「やー、話には聞いてたけど、●★だね! クラムが■に選ぶ訳だ!」


「サシア! あー、彼女、言葉、乱暴。気にしない」


「なんだとぉー!」


 子供を抱えたままつっかかってくるサシアを、クラムがひょいと頭を押さえて遠ざける。そのやりとりには気心の知れた、兄弟のような気安さが透けて見えた。テリアには兄弟は居ないが、兄や妹がいたら、こういうものなのだろうか。


 サシアがぴょこぴょこ動くたびに、足首の足環がちらちらと煌めく。


 もしかしてあれは、自分のと同じモノなのだろうか。あの年で、と思いつつも、貴族社会だともっと幼い頃に婚約するなどザラである。テリアとて、皇太子に顔合わせしたのは10歳の頃だ。


 テリアとしてはその風習の細かい所が気になるが、今、話題にするべきでもない。


「ふふ、仲がよろしいのですね」


「まあ、ずっと、一緒。友好的」


 額を指でつん、と突き、サシアを追いやるクラム。彼はベッドの傍らまでやってくると、膝をついてテリアと目線を合わせた。


「テリア。今から、少し、でかける。よい?」


「え、ええ。またどこかにいってしまうのですか? 忙しいのですね」


 内心、少し寂しさを覚えながらもテリアは物わかりよく頷いた。が、クラムはそんな彼女の“勘違い”に優しい笑みを浮かべる。


「はは、違う、違う。出かけるの、テリア」


「え?」


「少し、失礼、する」


 言って、クラムが身を寄せてくる。


 屈強な男性の腕がテリアの腰に回される。彫りの深いクラムの顔が、いつになく彼女のそばによる。むわ、と彼が放射する体温の熱気が感じ取れるような至近距離。


 どきり、とテリアの心臓が高く跳ねた。


「く、クラム、何を……きゃ」


 テリアの太ももより太い腕が、足の裏と背中を抱え込む。ぐっと力が込められたかと思うと、ふわり、と体が宙に浮いた。


 お姫様抱っこ。


 自分が所謂、そのような姿勢で抱きかかえられている事を認識し、テリアの白い肌が真っ赤に染まる。


「あ、いいなー! ●■、●■!」


「サシアは■●の★にしてもらえばいいだろう」


「ク、クラムさんっ!? ここここ、これは一体!?」


 動揺の余り、鳥の嘶きのように言葉を詰まらせながら問いかけるテリア。クラムの腕はがっしりとしていて安心感があるが、体が地についていないというのはどうにも不安だ。反射的にクラムの体にしがみついたものの、がっちりとした熱を帯びる男性の肌に直接触れたテリアは、羞恥の余り焼けた石に触ったかのように手を引っ込めた。頭の中に、はしたない、クラムの肌ってこんななの、皇太子殿下の掌と全然違う、と同様に乱れた思考が入り乱れる。


 混乱に目を泳がせる彼女に、クラムはにっこりと答えた。


「今晩、食事、うち。皆、顔合わせ。あいさつ」


 ご両親に挨拶ですかあーーーー!? テリアは言葉に出さずに心の中で絶叫した。

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