第41話 謝礼



「おい、一体どうなってんだよ! この額はどう考えてもおかしいだろ!」


 僕の横で玲二がスマホ片手に怒鳴っている相手はこの取引を持ちかけてきた陰陽師だ。安倍晴明の直系子孫だという土御門家の次期当主が相手らしい。強い口調で詰問を続ける玲二だけど、僕としてはまた口座に入れにくいお金が増えてしまったという一言に尽きる。


 僕の目下最大の問題は、資金管理にあるんだ。


 設立した僕の新会社”KKコーポレーション”の業務はかつて玲二が店長を務めていた街中華”青龍軒”の店舗運営と異世界で手に入れた家具販売を主としている。青龍軒は人気店舗なので月商が400万を超えるときもあるし、家具は最高級品を富裕層に販売しているけど、数はそう出ないので月の売り上げは1千万も行けばいい方だ。

 この二つの数字は見る人が見れば特筆すべきものであることは解っている。


 でも僕がこれまでレアメタルを販売して稼いだ額は利益は7億を超えているんだ。もちろんこれから税金でがっつり持っていかれることを考えても半分は手元に残る。数か月でこの額だし、この販売はさらに規模が拡大することは間違いない。

 僕が現在の高騰を抑えるほどの量を供給すれば価格は下がっていくだろうけど、黄金やダイヤモンド相場のように相場をコントロールする存在がいれば高止まりする可能性もあるね。もしそんな存在があればそれを乱す僕は真っ先に暗殺対象だろうね、見つかればの話ではあるけど。


 少し変わった所では最近では雪音ちゃんの件で協力をしてくれた鞍馬さんが社長を務める杠芸能プロダクションのエージェント業務まで請け負うことになってしまっている。

 もちろん僕一人の会社なのでマネージャーをやるとかそういう話ではなく、名義貸しに近いんだけど……この件は話が長くなるのでいつかまた話すこともあると思うので今は割愛しよう。


 とまあ、そんな感じでわが社はなかなかカオスな業務内容となってしまった。他人が調べれば、首を傾げること請け合いの会社だろう。

 そんな一人社長の小さな会社が設立一月で突然数億円の収入を得る。ちゃんと納税は欠かしていなくても目端の利く者なら調査を始めて当然だろう。


 だから希土類の売り上げはまだ会社の口座に入れてなくて<アイテムボックス>に眠ったままなんだよね。玲二が葵さんの騒動で稼いだ十億円ももちろんそのままだ。そんな時に陰陽師たちから200億円もの信じられないような金額の小切手が渡されたんだ。


 受け取るのならちゃんと口座に入れても疑われないように説明を先方にお願いしたいね。現代の陰陽師たちは権力に深く結びついているというし、国税庁から怪しまれないように手を回してほしい。


「こんな金貰っても怪しまれるだけだっての! おい、これのアフターサービスもちゃんとやってくれるんだよな!?」


 <念話>で僕の懸念を伝えたので玲二は相手に確認してくれているね。

 お金はお金とは言え、現金支払いが敬遠される場合は多い。例えば僕達の定宿としているホテルは一泊110万円だけど、その支払いは当然カード払いだ。数千万円が入ったアタッシュケースを渡すのはできなくはないけど今の時代だと非常識だろう。現金払いが魅力的とされる場所は多いけど、あまりに高額だと相手も喜ばないだろうし、敬遠されるよ。

 だからキャッシュレスが一番なんだけど、その分のお金は口座に入れないといけないんだよね。反社組織のようにマネーロンダリングに手を出すわけにもいかないし。



「ったく、とにかく明細を送ってくれ、じゃあな」


「なんであんな額になったんだい? 前に話していたマナポーションを売る件だと思うけど、なんで200億円まで膨れ上がるかな」


 先ほどユウキが<ワームホール>を開いたままなので、異世界に居ても問題なくスマホを使う玲二に尋ねると、彼は呆れ顔で応えてきた。


「それも入ってますけど、あいつら金を大量に買いたいそうなんですよ。奴等の儀式で使うとか言ってました。それとこれは俺がミスったんですけど、良く調べずに一グラム2万でと言っちまいました」


「ああ、なるほど。それはお得だね。お金をかき集めてでも買いたくなる気も解るよ」


 現在の金相場は一グラム約2万2千だったはずだから、買えば買うほど利ざやが出る。単純計算で一キロ買うと200万円儲かる理屈になるね。うん、大量買い出来る立場なら方々に借金してでもお金を集めるべきだと思う。


「すみません、今ならもっと高く売れたのに……」


「別に構わないさ。金塊の処理は僕達じゃできなかったんだし、彼らへの手数料と思えばいい。それにもう僕達は日本円がそこまで欲しいわけじゃないしね」


 僕個人が1トンの金塊を持ち込んで換金してほしいと申し出たら大騒ぎになって実家に連絡が行き面倒な事になるし、未成年の玲二たちじゃほぼ不可能だ。

 その点、身元も確かで資産も豊富、そして社会的地位のある陰陽師たちならそれが難しくない。怪しまれずに大量の黄金を購入できる下地がある。まあ、今回は業者を介さずに直接取引だけどね。


 <アイテムボックス>で肥やしとなっていた金塊が日本円に代わるなら万々歳だよ。これが銀塊ならアセリアでの流通量が莫大な銀貨として使いどころは沢山あるから引く手数多だけど、金貨はねぇ。ユウキが稼ぎに稼ぐから5万枚以上あるし、欲しいものは雪音ちゃんの<アイテムクリエイト>で創り出せる今の僕達じゃほとんど使わなくなってしまったんだ。


「確かにそうなんですよね。帰った来た当初は金稼がないとと思ったけど、色々予定が終わった今じゃあんまり……」


「拠点となるホテルを選んで、そこが維持できるだけの額さえ稼げれば後は皆が遊ぶためのお金くらいだからね。それは今の会社の売り上げで十分対処できるし」


 後は例の依頼で探偵たちに調査料を弾むくらいか、異世界では手に入りにくい品を個人的に買ったりするだけで、特に大きな金額にはならない。

 僕の希土類販売も本当の目的はお金目当てではないから、売上金で矢面に立つ麗遠たちに投資することに躊躇いはないんだ。



「あ、今メールきましたけど、一応マナポーションと触媒関係も売ってほしいみたいです。でもやっぱり金額の大半は金ですけど」


 玲二がスマホの文面をこちらに見せてくるので、それを覗き込むと……


「ポーション一本800万円で買うのかい? こっちじゃ金貨5枚(100万)なんだけど」


 通常の苦いものはこれくらいの価格だ。文字通りの”水物”なので効能にはばらつきがあるけど、普通はそれくらいする品なんだよね。僕達が毎日作り出す最高級品は金貨20枚でも飛ぶように売れるけど。


「魔力の薄い地球じゃ時間経過意外に回復方法ないみたいですからね。一応陰陽師も命懸けの商売だから、回復手段があるなら絶対買うそうです。奴ら高給取りだし遠慮なく毟ってやりゃあいいんですよ」


「触媒も一つ300万か。破格だけど彼らの事情を考えれば納得、かな」


「あの魔力の薄い地球の魔法職なんてMP50もない奴等ばっかりですからね。これがあれば全然違うと思います。ある意味マナポーションより驚いてましたよ」


 ぼろ儲けだぜ、と悪い顔をする玲二だけど、この”蝙蝠の羽”は大銀貨5枚(5万円)程で買い求めることができる品だから、60倍もの価値が出たことになる。

 余談だけど、触媒とは魔法を行使する際に使用することで魔力負担を軽減するアイテムの事だ。例えばこの羽は大体150ほどのMPを内包している。そしてファイアボールを使うのに使うMPが10だとして、触媒を魔力を使用することで自己負担を軽減することができる品だ。

 要は継戦能力が上がるのでこちらの魔法職の必須アイテムとなっている。だから需要は非常に高いものの、ユウキが毎日大量に稼いでくるので<アイテムボックス>に7桁以上溜め込んでおり手放すことに異論は全くないね。



「他にもスクロールや宝珠も買うらしいですけど、全部含めても30億行かないから、他は全部金塊分の代金みたいです」


「ちょっと金額が大きすぎて現実感が無くなってきたね」


「いやいや、<アイテムボックス>に溜め込んでる総量からすれば微々たるもんでしょ。今回捌く金塊だって総量の5%にもならない量だし」


 玲二に言われて僕も覗いてみたら……確かにその通りだった。とんでもない量だけど、ユウキのやることに一々驚いていたら彼の仲間なんてやってられないしね。


「アセリア関連はもう気にしたら負けだと思ってるから。日本円だとまだ常識が働くだけだよ」


「それわかります。俺も葵の祖母から報酬は10億って言われて頭真っ白になった記憶ありますし。アセリアじゃそれ以上の金額だってしょっちゅう見てるはずなんですけどね」


 玲二は僕と笑いながら陰陽師たちからの報酬込みの取引を受ける旨の返信をしている。突然増えたこの巨額をどうしたものかと悩む間もなく、僕達を呼ぶ声がした。



「きーちゃん、れーちゃん。おでかけするの! はやくはやく」


 その小さな両手に葵さんと雪音ちゃんを抱えたシャオがこちらを急かしている。


「わかったよ。やれやれ、シャオには敵わないな」


「僕も予定があったんだけどね……」


 はーやーくーいーくーのー、と輝くような笑顔のシャオに連れられて僕達は異世界での最大拠点であるランヌ王国の王都リーヴを葵さんに案内することになったんだ。



そして僕達が辿りついた先に居たのは……


「イリシャおねーちゃん、みこさまなんだよ」


 王都になる各神殿中でも最大規模と人気を誇る時の神殿だった。


 そこには”時詠みの巫女”であり、僕達の妹であるイリシャが神殿の祭壇で多くの参拝客が見つめる中、祈りを捧げていたんだ。




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