第6話 風林火山と毘沙門天
「うおおおおおッ!!」
幸村の叫びとともに、燃え盛る槍が謙信の“七支刀''に向かっていく。
だが謙信もまた、微動だにせず冷たく告げた。
「悪く無い太刀筋だ。だが───我には通らない」
言葉と共に、謙信の気配が変わる。
静寂が走り、幸村は次の瞬間にはすでに動いていた。
「ッ!」
謙信は''七支刀''で幸村の槍を片手で弾き返す。
直後、謙信の右腕が閃く。
「ぐっ……!」
後方へ滑るように飛ばされながら、幸村は土を蹴り、体勢を立て直す。
手の中の槍が震えていた。それは恐怖ではない。
ただ一つ――“圧倒的な力”に対する、魂の昂ぶりだった。
「……さすがだ、謙信……だが……まだ終わっちゃいねえ!」
再び、紅蓮の霊素が幸村の全身を包み込む。
次の瞬間には、炎の奔流が再び戦場を照らしていた。
吹き飛ばされた土煙の中から、幸村の声が轟いた。
「……舐めるなよ、謙信!」
紅蓮の炎が風を裂く。
爆ぜる霊素。迸る魂の咆哮。
「こちとら百戦錬磨だ。貴様のような速さ頼りの剣──燃やし尽くしてくれる!」
幸村の体が、再び爆炎とともに跳ね上がる。
槍が回転し、炎を纏った巨大な斬撃を描きながら、真っ向から謙信へ突き刺さる。
「“焔槍・烈穿(れっせん)――”!!」
地を穿ち、空気を裂く一撃。
まさに“魂の軌跡”。全身全霊を込めた霊技が、雷刃の中心へと叩き込まれる!
謙信の目が、一瞬細められた。
「……面白い」
その刹那、雷と炎が激突した。
炸裂音。閃光。視界が白く塗り潰される。
だが次の瞬間、炎の中から抜けるように飛び出したのは――幸村だった!
「まだだッ!!」
燃え上がる槍を振り回し、さらに二撃、三撃。斬撃ではなく、衝撃の塊を叩きつけるような連続突き。
謙信も七支刀で応じる。だが、先ほどまでの圧倒的優位は失われていた。
――対等。
否。今や、勢いでは幸村が上回っていた。
「“魂”とは……こういうものだろうがァ!!」
幸村の全霊を懸けた突きが、ついに謙信の右肩を裂いた――!
謙信のサイバネ装甲である''雷光''が揺らぐ。
肩口から血が噴き上がる。
幸村の槍がついに謙信の肉を裂いた――だが。
「……なるほど」
謙信の声音は、まるで何事もなかったかのように冷たい。
その瞳には、驚きも怒りもなかった。
ただ、僅かに――興味。
「信玄以外に……我に触れる事が出来る者が現れたか」
ゆっくりと、裂けた右肩を見下ろす。
装甲の内側から、かすかに火花とサイバネ粒子の漏れが漂う。
「名は……何と言った?」
「真田……幸村だ」
槍を構えたまま、幸村は応える。
炎に焼かれた頬、破れかけた鎧、それでも立つ背は微塵も揺らがない。
謙信は静かに頷いた。
「よかろう、幸村。――その名、この雷刃に刻んでやる」
言葉と共に、空気が再び凍りつく。
雷が集い、謙信の身体に纏わりついていく。
次に放たれるのは――《雷鳴顕現》、全霊を懸けた神速の斬撃。
だがその時、遠くから巨大な槍が謙信と幸村の間に投じられた。
「何ッ!?」
謙信が驚愕の声を上げた瞬間、巨大な槍が彼の目の前に投じられ、空気を切り裂いて間に割って入った。
その槍は、雷鳴を巻き込んで、まるで天空のように迫力を持って謙信の前に突き立った。
「この槍……信玄だな!」
その声には、謙信の心の中で何かがかき乱されるのが感じ取れた。武田信玄が現れることを予測していたはずだが、その影響力を直に感じることになるとは思っていなかったのだ。
信玄は槍を振りかざし、鋭い目で謙信を見据えながら歩み寄る。
その存在感は、雷光が集まる謙信の周囲をも圧倒するかのように感じられた。
「久方ぶりだな謙信、サイバネ侍になってもワシに勝ちたいのか?」
謙信は微かに目を細めた。その瞳には冷たい静謐が宿る――だが、その奥底に、消しきれぬ闘志が灯っているのを信玄は見逃さなかった。
「勝ちたいのではない。お前にだけは勝たねばならぬ」
信玄はその言葉に、鼻で笑った。
「ふん……相変わらずだな。だが、そう言われるのは嫌いじゃない」
地を踏みしめる。信玄の足元から、焔の霊素が螺旋のように立ち上がる。炎は槍の穂先に集い、まるで生きているかのように脈打っていた。
一方、謙信の体に纏う雷光もまた、呼応するように強まり、空の色が変わり始める。彼の背後に広がるは、まさしく雷雲。空と地――焔と雷が、二人の間でせめぎ合っていた。
「宿命など興味はない。ただ、貴様という“壁”を越えねば、我の戦は終わらぬ」
謙信が七支刀を静かに構えた。
「上等だ……ならば、この“焔の槍”、貴様の魂ごと焼き尽くしてやる」
信玄もまた、槍を水平に構え、力強く地を蹴る。
激突。
雷鳴が大地を割り、炎が空を焼いた。
武田信玄の槍――''蜻蛉切り''は、霊素を纏った猛火の突きとして炸裂し、空間を灼熱で満たす。
熱気とともに、目に見えるほどの炎の渦が生じ、それが螺旋を描きながら突進する。
対するは上杉謙信の七支刀。
サイバネ粒子を極限まで凝縮した斬撃は、まるで光の刃。
瞬きする間もなく、七つの残像を引く神速の横薙ぎが、信玄の突きを迎え撃った。
刃が衝突した瞬間、大気が裂けるような音が辺りに響き、衝撃波が数十メートル先の岩を粉砕する。
霊素とサイバネ粒子の反発が拮抗し、一瞬、両者の動きが止まった。
「……ほう。衰えてはおらぬな、信玄」
「貴様も、鋼の骨にしては人間らしいことを言う」
――次の瞬間、信玄の身体が宙を舞う。
謙信の雷速の膝蹴り。腹部に受けた信玄が、吹き飛ばされながら空中で姿勢を制し、逆巻く炎でバックスピンの如き一撃を放つ。
地に落ちる前に繰り出されたその一撃は、まさに業火の槍舞。
謙信は咄嗟に七支刀で受けるが、炎が爆ぜ、視界を奪う。
「貰ったぞ!」
炎の中から現れた信玄の槍が、謙信の胸元を貫こうと突き進む――!
だがその瞬間、雷の護壁が走った。
雷光が爆ぜ、謙信の姿が消える。高速移動――《雷鳴顕現》。信玄の一撃は空を裂いた。
「……やはり、止められんか」
信玄が呟いた刹那、背後から風が鳴る。
謙信の声が、まるで時をも裂くように低く響いた。
「次は、心臓を貫く」
――勝負の決着は、次の一撃に委ねられようとしていた。
来い――謙信!!」
信玄が再び構え直す。地を割るように踏み込むと、足元から焔が噴き上がる。大地そのものを味方につけたようなその一歩は、雷速すら置き去りにしかねない威圧だ。
謙信も応える。《雷鳴顕現・双閃》――雷光が両脚を包み、一気に加速。まるで消え去るかのように、謙信の姿は残像だけを残して信玄へと迫る。
ドンッ――!!
大気が弾け、両者の間に存在するすべてが吹き飛んだ。木々、岩、霊素の漂い……空間そのものが押し返されるかのような暴力的な力の衝突。
信玄の槍――''蜻蛉切り''が、剣戟の嵐を受け止める。
謙信の七支刀は、まるで斬撃の旋律を奏でるように滑らかに、しかし破滅的に撃ち込まれていく。
雷と炎が衝突するたび、閃光が夜のような戦場を照らす。音すら遅れて届く世界で、二人の英傑は寸分の隙も与えず、数十合以上の激突を交わしていた。
「それでこそ、謙信よ……!」
「貴様も、信玄……!」
刃と刃が噛み合った刹那、謙信の瞳に、微かな“愉悦”が浮かぶ。戦場という舞台でのみ通じ合える、極限のやり取り。
次の一撃で、決める。
その瞬間、両者の気配が一変した。
信玄の焔が収束し、ひとつの点に凝縮されてゆく。
謙信の雷が沈黙し、次の瞬間には爆発する予兆を秘める。
――そして、同時に。
「奥義――風林火山!!
「奥義――毘沙門天!!」
激烈な気配が、天地を真っ二つに裂く。
信玄の周囲に展開された焔陣が、風を呼び、林を揺らし、火を噴き、まさに山の如く動かざる威容を見せる。彼の全霊を込めたこの一撃は、まるで武田軍そのものの魂が結晶化したような戦気に満ちていた。
一方で、謙信の背後には仏将・毘沙門天の姿が幻影のように浮かぶ。全身を纏う雷はもはやただのエネルギーではない。
神速を超えた“天意の裁き”。彼は今、“人”を超えた存在として刃を振るおうとしている。
大地が沈む。二人が一歩、踏み込んだだけで。
そして、次の瞬間――
爆ぜた。
焔と雷。山と雷神。人と神。
すべてがぶつかり合い、戦場が消滅するかのような閃光が辺りを包んだ。
音が、遅れて届く。
視界が白く染まり、耳が一時的に何も拾わなくなる。
その衝撃の中心で――槍と剣が、正面からぶつかり合っていた。
信玄の瞳に燃える決意と歴戦の誇り。
謙信の瞳に宿る孤高の信念と、神に近づこうとする覚悟。
「これが……風林火山の、魂よ!!」
「そしてこれが……毘沙門天の加護を得た、我が一撃!!」
――だが、勝負は一瞬で決まる。
どちらかが倒れ、どちらかが立つ。
その結末は、戦場の誰もが、息を呑みながら見守っていた。
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