第8話  ざまあの後は幸せが

「「「カンパーイ」」」


 ここは姐さん行きつけの店。本拠地に帰ってもよかったんだけど、王様から「ポケットマネーで一杯やってくれ」と金貨を出されたら断る理由もない。

 なにしろこういうところでお金を落とすのも再建の役に立つからな。ということで今回、ネット通販はなし。


「こっちのワインも美味いな」


 店で一番高いワインを惜しげもなく注文したのだけれど……味は深みがあっていける。


「ここまで上等なワインは王侯貴族じゃないと一生口にできないさ」


 姐さんは上機嫌だ。一方エイルは気分が落ち込んでいる。


「うん。……ボクとしては素直に喜べないな」


 エイルらしくないな。ま、見当はつくけど。


「話してくれるか」

「ボク、最近までお姫様の護衛だったんだ」

「予想はしていたさ」


 お姫様や女性兵士、なにより王様と顔見知りな理由としては一番ありそうだ。


「でも、意地の悪い連中がいてさ。そいつらがお偉いさんを動かしてボクは任を解かれてね。それが原因で喧嘩して辞めたんだ。そのあと力仕事を始めたんだけど……」


 元気印のエイルらしくない。グラスのふちを指でなぞる。


「もしボクが姫様の護衛を続けていたら、皆は……ぐっ……」

「エイルのせいじゃない。魔王が悪い。魔王軍が悪い」

「私も同感だよ。でもさ、隊長を続けていたら犠牲者がもっと少なかったとも思うから、エイルの気持ちもわかるよ」


 ……二人の立場じゃないとわからないこともあるよな。


 落ち込んでいる俺らのテーブルに豚肉のソテーが並ぶ。


「ほら、しけた顔しないの。今日は王様のおごりなんだ。どんどん食べておくれ。ま、ブロゴはこんなになっちまったし、軍人さんには死人も出た。でもさ、この戦でまともに戦果を上げたのはアンタら3人だけなんだ。アンタらがいなかったらここは壊滅してたんだ。もっと胸を張りな」

「違う。4人よ、おかみさん。彼がいなかったら私は確実に死んでたし、リッチを倒せてたどうかわからない」

「うん。彼がいなかったら負けてかも」

「そうだな」


 そこだけは訂正しないと。


「そうなのかい。アタシは3人って聞いてるけど」

「いったいどこの誰だったんだろうね」

「攻撃魔法と回復魔法、どっちも唱えられるってことは賢者か?」

「そうだね。軍じゃないってことは冒険者かな」


 チリンチリン。


 こっちの世界でもドアには呼び鈴がついている。こういのは異世界でも共通なんだな。


「悪いね。今日は貸し切りだよ」


 俺たちは街を救った英雄なので、誰かに見つかったら騒ぎになり落ち着いて飲めやしない。だから王様の計らいで貸し切りなんだけど。


「アストランス隊長にお客さんです」

「……あ、どうも」


 兵士が連れてきたのはあの男性だった。


「ありがとう、さっきは助かったよ」


 姐さんは男性が目に入るなり駆けつけて、手を握りしめた。


「いえ、そんな」


 照れくさいというより……気まずそう?


「とにかく飲もう、ささっ、こっちこっち」

「あ、あ」


 姐さんが強引に腕を引っ張り席まで連れて行く。


「じゃ、もう一回乾杯」

「「乾杯!」」

「か、乾杯」


 一人だけテンションが低すぎる。


「ホント、助けていただいて感謝する。キミがいなかったら私は死んでたよ」


 姐さんが頭を下げた。むろん俺とエイルも。


「それはそうだけどさ……」

「キミ、名前は。兵士じゃなさそうだし、冒険者? ジョブは賢者かな」


 姐さんが艶めいたトーンで素性を尋ねる。テーブルに頬をついて傾げるポーズがちょっと大人びて色っぽい。


「オレの名前はクハージュ。一応冒険者だしジョブも賢者ってことになってるけど、そんなカッコいいもんじゃないよ。悪かった。アストランスの姐さん、それに二人も。さっきは土壇場で逃げ出しちまって」


 あれを気にしていたのか。……確かに思い返してみるとみっともない逃げっぷりだったな。


「冒険者は死なないのが仕事。気にしなくていいわ」

「そりゃあ、危なくなったら逃げるのが冒険者の基本なんだけど、俺のはただのビビリだから」


(スケルトン相手に逃げてたからな)


「それはおいといてさ」


 姐さんが話の続きを促した。命の恩人にずいぶんご執心のようだ。


「元々ラポンの村で生まれたんだ」

「どこ?」

「山奥よ。馬車で10日くらいかかるかしら」

「なんもないのどかな村あんだけど、俺はなんというか、村じゃ攻撃魔法も回復魔法も一番の使い手。剣だって無双さ。だから冒険者になって活躍するのが夢だったし、周りも随分ともてはやしてくれたんだ」


(昔の日本でもよくあった話だな)


「今から4年前16歳の時3000Gを握りしめて上京。でも、ブロゴにつく頃には金が底を尽いてさ。それでも冒険者にさえなればなんとかなると思ったんだ。ホント俺は甘ちゃんだったよ。ブロゴに来てみたら俺なんかゴミみたいなもんでさ。井の中の蛙大海を知らずってやつさ。それでも手ぶらじゃ帰れない。というかその日の飯にもありつけない。虚勢を張って冒険者パーティーに入れてもらったけど、ラポンで見ないようなモンスターがうようよしてて、すっかりビビリの癖がついちまった」

「でも、こうして4年もやっていけてるじゃない」


 姐さんの視線に母性というか穏やかさを感じる。


「ショボいダンジョンに潜る新米パーティーを捕まえて道案内したり、ちょっとヒールを唱えれば、生活費くらいは稼げるさ」

「ラポンに帰ろうと思わなかったのかい?」


 するとクハージュは「金がなくて」とかぶりを振った。


「冒険者やってれば纏まった金が入ることだってあるんじゃない」

「たまにさ、結構な稼ぎが入るんだ。巣穴から出てきたゴブリンを倒したりとか行き倒れの冒険者を助けたりとか。でもそんな時は娼館で遊んですっからかんさ。って、女性の前でするような話じゃないよな」


 なんというか典型的なダメ男だな。


「それじゃ、どうして私を助けてくれたの」

「モンスターの襲撃って聞いて最初はビビったさ。でも姐さんが仲間連れて戻ってきたって小耳にはさんでね。戦況が一変するなら、一稼ぎできるかもって思ったのさ」


 ん?


「話の腰を折るようだけど、姐さんのこと知ってるのか」


 何を言ってるんだという顔をされてもこっちは困るんだが。


「おいおい、ここで冒険者やっててアストランスの姐さんを知らなかったらモグリだぜ。で、こっそり近づいたら姐さんがファイアを喰らったとこでさ。

 こりゃ姐さん大ピンチ。でも「あの爺さん背後ががら空きじゃん。遠くから魔法を唱えるだけで倒せるから楽勝」と思ったんだ。

 それでまあ最初はファイアを唱えようとしたんだけど、俺はこんな大きな戦は初めてでよ。戦場の空気に飲まれたっていうの。それで両手がブルブル震えちまってさ。もし手元が狂って外したら間抜けだし、万が一姐さんに当てたら取り返しがつかないじゃん。だから杖でぶん殴ってやったんだ。年より相手に背後からなんてビビリの俺らしいけどさ」


 自嘲気味のクハージュを姐さんがハグする。


「ううん。ちっともビビリじゃないわ。私を背後から襲った人より、君の方が勇気があるわ。それにホントのビビリだったら逃げることも出来たんじゃないの」

「……かもな。でもさ、ここで姐さんが死んだらこの街も終わり、遅かれ早かれ俺も魔王軍に殺される、って思ったんだ」


 冒険者にしてはヘタレだけど、悪い奴じゃないな。


「そうね。私が死んでたらブロゴは終わり。そしたらこの国も終わり。キミはそんな大物である私を救ったのだからキミも英雄よ。明日王様に報告しておくわ」


 上手いな。自分を持ち上げることで、自分を助けたクハージュを持ち上げるって論法か。それに事実だし。


「そいつはありがてぇ。親父にでかい顔ができるしお袋も安心させてやれる」

「じゃあ飲も、飲も」

「ああ遠慮なく頂くよ」




「ちょっと早いけどお開きにしていいかしら」


 お酒に目がない姐さんが早々と引き上げようとしている。こんなにいいワインが残っているのに⁉。


「どうしたの、まだ3杯しか飲んでないじゃない。ひょっとして疲れてる?」


 エイルが気を遣うのも当然だ。昨日の昼、バーボン1本と瓶ビール4本開けてたよな。


「いや、そんなんじゃなくて自力で帰れるうちに帰ろうかと」


 ちらちら視線をクハージュに向ける。……ああ、そういうことね。


「エスコートさせて頂けますか、マドモワゼル」


 仰々しい身振り手振りだけどそれなりに様にはなっている。


「お願いするわ」


 姐さんは満足そうにクハージュの手を取った。今夜はお愉しみだな。


「ではおやすみなさい」


 これで邪魔するほど野暮ではない。気持ちよく送り出す。


「お休みっ」

「ところで、宿は?」


 なぜか返答がクハージュでなく俺とエイルに返ってきた。


「二人とも御免ね。テレポーテーション」


 姐さんは消えた。目の前から。突如。……。


「「ああっ」」


 二人して顔を見合わせた。きっとアジトに戻ったんだ。二人きりで。大人同士だから邪魔しないけどさ……。


「ボクたち、どうしようか」

「飲む前はさ、姐さんがいるから大事と思ってたんだけど……すっかり忘れてたよ」


 そこまで気が回らなかった。酔っぱらってたりクハージュが来たりで泊まることに意識が向いていなかった。


「生憎ボクの常宿は、壊れてたよ」


 マジか。


「軍の兵舎は……」

「ボクもコジローも英雄だよ。一晩中質問攻めで寝られないんじゃないかな」

「お城……なら王様の計らいでちゃんと休めるんじゃないか?」

「あ、その手があったか」


 俺の案にエイルが乗った。これで解決かと思いきや。


「おいおい。こんな時間に男女が二人っきりで歩いてたら勘違いされちまうよ。アストランスとさっきの若いツバメじゃあるまい」


 おかみさんのいうことも一理ある。あれと同列に見られるのか。


「あ……いや……その……」

「そ、それも、そうだね」


 エイルの顔が赤いのはお酒が入ってるせいだけではないだろう。


「エイルはここの2階に泊めてあげるよ。それでコジローだっけ、アンタはお城に行けばいいじゃないか」


 無難だけど……ちょっともったいない気もする。


「……」

「……」


 無言で視線を交わす。エイルはにやっとしたり、しかめっつらになったりしてる。


「おや、これは野暮だったかな」

「そ、そんなことないって。じゃ、コジロー、お休みっ」


 エイルは二階まで駆け上がっていった。

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