第11話 覚悟

 シェードと二人、食事を終え、部屋へ戻るため階段を上がり二階の廊下を曲がると、リロが鉄の洗面器を持ち、キールの部屋へと入るのが見えた。

「えっ? あそこは、キール隊長の部屋だよな?」

 なぜ、留守のはずの部屋へと入っていったのか不思議に思い、そっと音を立てぬよう廊下を歩くと部屋の前まで忍び寄った。

 扉は少し開いており、そっと中を窺う。

「!」

 声が出そうになり、素早く右手で口を塞いだ。

 なぜ、キールがいるんだ! しかも寝てるし!

 ベッドで横になり寝ているキールの額を、洗面器の水で濡らした手拭いでそっと拭き、上へと載せたリロ。そして、リロは屈んで、キールの左手を祈るように両手で包み込み握りしめた。

 どうして? キールは元気にバーへ行ったはずじゃ? なのに、なぜ部屋にいる? そしてなぜ、辛そうに寝ている? なぜ、リロが寄り添っている?

 今見る光景と思考が一致せず、ボクは混乱してしまった。

 その場で固まっていると、足音を立てずに近づいてきたシェードに、後ろから耳元に声をかけられた。

「行くぞ」

 低く小さな声だった。

「えっ、でも……」

 このまま立ち去るには納得がいかない気持ちだった。

 どういうことか問いただしたい。

 そんな思いで部屋を一瞥した。

 だが、シェードはそれを許さないといった表情で首を横に振り『ダメだ』と言う。

 結局、シェードの凄味に押され、仕方なく扉をそっと閉めると、自分たちの部屋へと向かった。

 部屋へ入るなりシェードに詰め寄った。

「どうして、キール隊長は寝ていた? リロは、なぜあそこにいる? 知っているのだろ? 教えろ」

 部屋の壁は古くて薄い。隣の部屋には聞こえない程度に声を荒らげる。

 澄ましたシェードは二つ並んだ手前のベッドへ腰をかけると、

「ジィーンも座れ」

 そう、奥のベッドへと促した。

 苛立ちながら奥のベッドへ腰かけると、シェードは両足を上げ、クルリとお尻を回転させて、こちらと向かい合うよう座り直す。

 どこからわからない? 何から話せばいい? シェードの顔は、そんなふうにこちらを見ていた。

「全部だ。最初から話せ」

 苛立ちながら、そう言った。

 シェードは“全部か……”と口には出さなかったが、呆れた目でボクを見る。

 わからないのだから、仕方ないではないか! と苛立ちながらシェードが話すのを待った。

「リロさんはきっと祈ってる。キール隊長が気付かない所で、いつも支えているから」

 なんだよそれ!

 その焦れったい答えに、怒りが込み上げてきた。

「どうして祈ってるんだよ! 何があったのかが、知りたいんだ!」

 苛立つボクになど気にするふうでもなく、シェードは感情のないままサラリと答える。

「キール隊長は、毒に冒されている」

「毒!」

「ああ。普通の人間なら即死だった」

「!」

 衝撃的な答えに息を呑んだ。

「いつ、から……」

 そう聞いたが、わかってしまった。違うとでも言ってほしかったからだろうか? だが、答えはボクの望むものではなかった。

「矢の先に塗られていた」

「やっぱり……ボクのせいだ」

 シェードはそれには答えず、変わりに、こう言った。

「オレ達は、大抵の毒への抗体を身に着けている。どんなときでも、対象者を護るために。だから、キール隊長が、今すぐ死ぬことはない。しかし、高熱は出る。体が毒と闘っているからだ」

 抗体を身に着けてる、だと?

 そんな馬鹿な。

 抗体を体に作るには、その毒を体に取り込まなくてはならない。

 つまり、死なない程度に、毒を何度にも分け体内に注入しなくてはならないのだ。

 その際、苦痛と発熱が生じ、体力のない者は死ぬこともあると勉強した。

 しかし、このことは、昔に行われていたと学んだのだ。今現在、我が城で行われていたなどとは思いも寄らなかった。

 ボクが黙っていると、シェードは、また話し出した。

「矢を抜いたとき、毒が塗られていることに気付いたリロさんは、的確な処置をした。熱が出ていることも皆、気付いていた。だから、リロさんはキール隊長には一人部屋を取ったのだ。誰にも見られず休めるように」

 ボクだけ気付かなかった……ボクだけ、知らなかった……

 自分は信用されていないと言われたみたいだ。ただ護られていればいい。籠の中で、大人しくしていればいい。そう言われたように感じた。

 短い旅の間でも、自分の価値を見いだせてきたように思っていた。

 そう、彼らも振る舞ってくれていると、ボクも彼らの一員だとそう思っていた。

 なんだ、そうか。

 結局、こいつらも同じじゃないか。ボクのことなんて駒としか思っていないんだ。仕事だからここにいる。それだけだ。

 許すんじゃなかった。こんなに心が痛いなら、もっと警戒しとくべきだった。

 ボクは暫し、沈黙の後、話し出した。憤りを感じながら。

「お前らは、どうして黙っている? 辛いなら辛いって言えばいいじゃないか。皆も気付いてるのなら、休もうって言ったらいいじゃないか。騙して、騙されて……バカじゃないのか」

「バカじゃない」

 シェードは冷静に、だが、強く言い切った。

 しかし、ボクは納得のいかない顔でシェードを睨む。

「オレ達は任務を全うする為、いろいろなものを犠牲にする。それが自分自身でもだ」

「お前らはそうやって、ただ忠実に仕事をこなすのだな。操り人形のように」

「違う。オレ達は操り人形なんかじゃない。心を持った人間だ。何も言わなかったのは、キール隊長の優しさだ。皆に心配かけないように。特にジィーン、お前を気遣ったのだろう。お前が責任を感じないように。昔からそういう人だ」

 ボクは頭をクシャクシャと両手で掻き、納得いかない思いで吠えた。

「可笑しい……可笑しいだろ、そんなの! 騙していることが優しさだ? ボク、気遣ってくれなんて言ってないよね。信頼してるなら、嘘なんかつくなよ!」

 罵声しボクの苛立ちに動じることなく、冷静を保ったままシェードは答える。

「信頼しているから言わないんだ。大丈夫なら大丈夫。それを信じる。本当にダメなときは、あの人ならこう言う『先に行け』と」

 その答えに、眉を吊り上げ怒った。

「はぁー。どうしてそうなる。『先に行け』だと。バカか! 怪我人を置いて行くなど、そんなこと、できるわけないじゃないか!」

「置いて行く」

 シェードはキッパリとそう言った。

「なっ!」

 目を見開きシェードを見る。彼は感情を出さず淡々と語り出した。

「オレ達の中では任務の成功が最優先だ。どんな状態でもそれが一番。怪我してようが、熱が出てようがそんなことは関係ない。支障が出るくらいなら、いっそ置いて行く」

「仲間なんだろ! どうして見捨てる! 助けろよ!」

 わけがわからない!

 そう怒りながら勢い良くベッドから立ち上がった。

 なんてバカげてるのだと思った。任務がそんなに大事かと。仲間を見捨てて行くほど、大切なことかと。

 シェードは深呼吸をし、見下ろすボクの目をしっかりと見ると初めて感情を込め話した。

「見捨てるんじゃない。最善は尽くす。それでもダメなときだってある。オレ達の体は自分だけのものじゃない。護衛部隊に入るということは、この“命”護衛する者の為に使うということだ。皆とっくに覚悟はできている。でも、それでも必ず追い着いてくる。そう信じている」

「…………」

 言葉を失った。

 彼らは、このボクを、命懸けで護ろうとしている。

 それでやせ我慢をしなくてはならなくても、ボクが傷つかない方法をとろうとする。

 ただ、命を護ると言っただけではなく、ボクの心も護ろうとしていたのだと、シェードは言っているのだ。

 こんな考え方があるのか。今までのボクには無かった発想だ。

 嘘をつかれ、騙され裏切られ。裏と表で違う顔。自分たちのことしか考えない者達。そんな汚い者ばかりを見てきた。

 だから、想像もできなかった。

 自分の命を捨ててでも他人に尽くす。他人を思いやりつく嘘。自分を犠牲にしてでもつく嘘。それでも信じあえる絆の強さ。

「わからない……そんな覚悟もそんな嘘も、そんな絆もボクは知らない……」

 そう呟くとベッドに力なく腰を落とし落胆した。

 沈黙が続き、その空気に耐えかねたのか、シェードはベッドから腰を上げると、

「湯を、浴びてくる」

 そう言って着替えを持つと部屋を出て行った。

 一人になり脱力するように後ろへ倒れ込むと天井を見上げた。

 頭の中は混乱していた。

 自分が思っているより皆は大人だった。ボクはまだまだ甘く子供なのだと思い知らされた。

 そんな中、ボクが最も心を乱されたのは、受けとめ方のわからない優しさだった。

 あの人達は、自分の為に全力で命を懸けてくれている。

 嘘は許せない。騙す奴は信用できない。今まで自分が生きて来て得た教訓だ。

 それなのに、ボクを護る為に、自身を犠牲にしての嘘だとわかった今、ボクにどうしろと言うのだ……『嘘をつくな』と言うのか? 自分を思っての嘘だと言うのに……

 もう、どうしていいのか本当にわからない……

 頭を抱え寝返りを打つと、ベッドへとうつ伏せになる。

 靴を脱ぎ捨てると布団を頭まで被り、何も考えず眠ろうとした。

 が、眠れるわけがない。頭の中ではグルグルといろいろな思いが駆け巡り苛立たせる。

 結局、布団を剥ぎ靴を履くと、外の空気を吸いに部屋を抜け出した。

 宿を飛び出し街の中心部を背に歩き出す。

 すっかり陽も暮れ、夜空には星が瞬いていた。

 月明かりで照らされた大通りを逸れると、薄暗い道を進んだ。

 暫く行くと、小さな池を発見した。池の縁には先客がいる。池を眺め、じゃがみ込んだ女性の頬に光るものを見つけ、泣いている女性に距離を取りながら池へと近づいた。

「えっ? リロ……」

 泣いていた女性はリロだった。その声にハッとしたリロは、慌てて涙を腕で拭うと、

「ジィーン! こんな所に一人で来たら危ないだろ」

 何もなかったかのように注意してきた。

「今、泣いてたよね?」

 怪訝な表情で尋ねた。

「はぁ? 泣いてないぞ」

「嘘だ! 泣いてた」

 苛立ちを隠せずリロを見下ろす。

「本当に泣いてなどいない」

 だが、リロは平然とそう言い切る。

「嘘、つくなよ……」

 悲しかった。またつかれた嘘に心が痛んだ。

 キールのことで泣いていたのかもしれない。だから、自分には言えないのかもしれない。

 また、ボクの知らない嘘。すごく嫌だった。心が繋がっていないようで淋しかった。

 どうして皆、嘘をつくのだ。ボクは護られることしかできないのか……

 苦痛な顔で呟いた。

「なあ、リロ。ボクは頼りないか? 役不足か? リロはボクのこと、怒る気にもなれないのか!」

 徐々に声は大きくなり、膝をつきしゃがみ込むと、拳を地面に叩きつけ、うな垂れた。

「ジィーン……」

 リロは困ったように呟く。

「シェードから聞いた。キール隊長のこと。ボクが勝手なことしたから……怒れよ。ボクを責めろよ! 一人で泣いてないで、ボクが悪いって言えよ!」

 最後は、声を張り上げリロを見た。泣きそうな顔で。

 リロは真っすぐこちらを見ると、優しく言い聞かす。

「怒らないよ。責めたりもしない。ジィーンは悪くないから。これが自分達の任務。それに、本当に泣いてなどいないから」

 やり切れない思いだった。

 こんなに言っても、まだそう言い張るのかと、苛立ちで声を張り上げた。

「なんでだよ! 怒れよ! 責めろよ! それじゃあ、ボクはどうしたらいいのさ! 謝ることもできないじゃないか! ボクのせいで泣いてたと! ボクが勝手なことしたから、キール隊長は毒に冒されたって! 何も知らずにいたボクを責めろよ!」

「ジィーン! もういい!」

 リロがボクの両肩を掴み、大きい声で制止させる。

 そして、苦痛で歪んだボクの顔を覗き込むと、

「もういいから。黙っていたのは悪かった。ジィーンに辛い思いをさせてしまった。すまない」

 ボクは申し訳ない思いでいっぱいになった。責めているのは自分の方だった。

「リロが謝ることじゃない。謝るのはボクの方だ。勝手なことして、迷惑をかけて、本当にごめんなさい」

 リロは優しく微笑んで、

「安心しろ。キールは大丈夫だ。明日には復活しているさ。自分の処置は完璧だからな」

 と、ウィンクした。

「本当に?」

「ああ。本当だ」

「じゃあ、どうして泣いていたの?」

「まだ言ってる。本当になんでもないから。少し、昔のことを思い出しただけだ」

 リロは微かに悲しそうな顔を浮かべたが、取り繕うように微笑むとサッと立ち上がり、

「さあ、もう行くぞ。遅くなった」

 そう言って、池に背を向け歩き出した。

 ボクは、置いていかれないよう素早く立ち上がると、リロの後を追った。

 宿へ着くと、階段でリロと別れ、風呂場へと向かった。そのまま部屋へ戻る気にはなれず、汗を流そうと思ったのだ。

 モヤモヤとした気持ちも一緒に。

 部屋へ戻ると、シェードはもうベッドで眠っていた。

 起こさないよう着替えを済ませベッドの中へと潜り込む。

 そして、布団に頭を突っ込むと声を殺した。

 未熟な自分を、皆が護ってくれている現実を目の当たりにし、今までの自分を反省した。

 覚悟なんて、できてるつもりでいた。ちっぽけな覚悟で満足していた。

 でも、彼らの覚悟を見せつけられ、このままではダメなのだと、自分は変わらなくてはならないと、そう思った。

 風呂場で全部流したつもりだったが、まだ足りなかったようだ。

 本当にバカだよボクは……皆の気持ちもわからないで一人、愚かだった……

 ボクは反省し、頬を濡らしながら眠りに就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る