思わぬ再会、乱れる思い
第17話 サマー祭
サマー祭が開かれる日。
朝、目覚めると窓の外は晴天の青空が広がっていた。
ボクはシェードと二人仕度を済ませるとキューリー夫妻の部屋へと向かう。
だいぶボク達も偽りの設定に馴染んできた気がする。
そんな事を思いながら扉をノックしたが、シェードは返事を待たぬ間に扉を開けてしまう。
やっぱり彼は馴染んでいない。ここを会議室ぐらいにしか思っていなさそうだ。
一様ボク達は夫妻の使用人だって事になってるのだから、返事もなしに扉を開くのはどうかと思うのだが、開けてしまったものはしようがない。
結局、ボクもシェードに続いて部屋へと入った。
すると、また今日も、二人掛けソファーでキールは寝ていた。
朝やって来ると、彼はいつもソファーで寝ている。
どうしてベッドで寝ていないのだろうか? そう気にはなっているが、それを聞く事ができないでいた。
「おはようございます」
寝ているキールの傍まで行くと覗き込むように声をかけた。
「うぅつ。おう。来たか」
今起きた様子のキールが何度か瞬きをし見上げると体を起こす。
「リロは未だか?」
部屋を見回し、三人しかいないのを確認するとキールはそう言った。
「未だのようですね」
シェードはそう言いながら回り込み、向かいの一人掛けソファーに腰をかけると寝室の扉を見やる。
「起こしますか?」
そう尋ねながらも、もう足は寝室へと向かって歩き出していた。
「いや、いい」
「えっ?」
キールがそう制したので怪訝な表情で振り返りキールを見た。
早く起こさないと出かけるのに。そう思った思考が伝わったのか『もう出てくるから』と彼がそう言った瞬間、寝室の扉が勢い良く開いた。
「おはよう」
と元気にリロが登場する。
「おう」
軽く答えるキール。
「おはようございます」
シェードも当たり前のように挨拶する。
ついていけなかったのはボクだけだ。
リロはにっこりと笑い、当たり前のようにキールの横に腰かけた。
結局、最後にシェードの隣へ座ると前に座る二人を見て思った。
キールは何故、出て来るのが分かったのだろうか? 着替えの間だけ部屋を出ていただけ? それなら、一晩中二人は同じ部屋にいたのか!
キールとリロの顔をチラリと眺めると、一人勝手な想像で顔を赤らめた。
「なにを想像している?」
キールが呆れた調子でこちらを見て、冷ややかに声をかけた。
「えっ! なっ、なにも……」
慌てて言葉を詰まらせた。
「どうせ、ろくでもない事を想像してたのだろ」
バカにしたようにキールは冷たい目を投げかける。
「…………」
返す言葉も見つからず、黙って目を泳がせた。
「さっさと飯にするぞ」
キールは呆れたまま、早々と朝食を取り始めた。
朝食はキューリー夫妻の部屋で取る事にしている。その為、ボクとシェードは毎朝こちらの部屋へと足を運ぶのだ。
テーブルに並ぶのはサンドイッチ。手軽に食べられるよう用意してもらった。『今日は早く出かけたい』とアニーに言っておいたからだ。飲み物はドンバスがパンに合う紅茶をチョイスしてくれた。
四人は早々に朝食を済ませると、早速サマー祭が開かれている港へと出発した。
港へ着くと、そこは昨日と打って変わって、所狭しとテントが埋め尽くされていた。
「凄い!」
思わずそう口にしていた。
昨日は何もない広い空間があっただけの所に、今はザッと数えても二百軒以上の露
店が並んでいる。一軒の大きさは、大人が大股で三歩ほど歩くと、囲われたテントの布に顔が当たってしまうぐらい狭いが、ちゃんと雨や夏の日差しを遮るように屋根が設けられている。
広さはそう大きくないのだが、どこの店もたくさんの商品が並んでいた。
飲食店では出来上がった商品を店先に並べ、美味しそうな匂いを放っている。
それを求め、何処にこんなにも人がいたのかと思うぐらい、たくさんの人が買いに来ていた。
あふれんばかりの混雑だ。すれ違うのもやっとと言ったぐらいに。
しかし、その者達はビットラーブ国の者達だけではなかった。
多くの者達がエメラルドグリーンの瞳に白く透ける肌をしていたからだ。
「これは……」
混雑に紛れながらボクは呆然と立ち尽くしていた。
店の人も買い物客も殆どがバッハードリー国人なのだ。
想像していた光景から、かけ離れていた。
そこでリロは新しく仕入れた詳しい情報を話し出した。
直ぐそこにあるバッハードリー国との国境を越えると、そこには高級別荘が建ち並ぶリゾート地が広がっているそうで、夏の間だけ別荘にやってきた者の為に、このサマー祭は開かれているらしい。サマー祭が開かれる間は国境の出入りが自由になり、向こうのリゾート地入り口とアベット村の入り口で検問となる。
そう言えばこの村へ足を踏み入れた際、妙に仰々しい門構えに小屋が建っていた事を思い出した。
あそこで検問が行われるなら、それも分からなくもない。
だが、その事はベルバットも承知なのだろうか? そんな話、ボクは聞い事がないが? 期間は雪が溶け、暖かく穏やかな気候になる二ヶ月間の中、二週間に一度行われ、出店期間は三日間だそうだ。
何故アベット村なのか? それはバッハードリー国側の海岸線が断崖絶壁の為、船が着ける港が造れない。なので、アベット村の港を使用するそうだ。
港を貸す変わりにここでサマー祭を開き、場所代として露店商からお金を取っている。もちろん、その金は村人達に入る訳ではない。アベット村にも入っていないという。そしてボクもそんな話は聞いた事がない。という事はきっと国にも入っていない。
誰に納めているのか、それは謎のままだ。
納めなくてはいけないのはバッハードリー国の商人だけで、アベット村からの出店者は納めなくてもいいらしい。その為アベット村の住人からは元締めの情報を得られなかったのだ。
そもそも、このサマー祭が闇市だと思われるが、こんなに賑わい大っぴらに行われているとは思わなかった。売買禁止されている物が売られているかも、これから調査するのだが、バッハードリー国の商人がこれ程までに要るとなると、目星を付ける事もままならないだろう。
「まいったな……これじゃあ砂漠の中から星の欠片を探すようなもんじゃねえか」
キールは苦々しく呟いて頭を掻いた。
「そうですね。厄介ですね」
シェードは淡々と頷くが感情はまるで入っていない。本当に厄介だと思っているのかと突っ込みたくなったが止めておく。睨まれて返事など返ってきそうにないからだ。
「取り合えず歩いて見るか?」
綺麗なドレスを着たリロが格好に似合わない男言葉で話すと、
「歩きましょうか? だ」
キールがリロを睨んで言葉遣いを注意した。
「歩きましょうか? 貴方♥」
リロも黙って従うのはシャクだったのか、キールが困るように思う存分女の色気を出しキールの腕に手を絡めた。
「うっ、ばっ、バカ野郎! 人前でそんなことするんじゃっ、あぁっ!」
慌てたキールがリロの手を振り払おうと腕を引いた瞬間、足が縺れて彼はつまずいた。
「バ~カ」
そう言ってリロは舌を出してお茶目に笑う。
そんな二人をシェードは呆れた顔をし関わりたくなさそうに目を逸らした。
そしてボクは、そのキールの慌てっぷりに笑い出しそうになった。
だって、こんなにも動揺する彼は面白いじゃないか。
それを見たキールは真っ赤になり本当、情けない顔でこう言い肩を落としたのだ。
「あ~あ。こんな設定、止めときゃよかった」
ボクらは露店を覗きながら港を歩いて回った。
やはり、どこもかしこもバッハードリー国人で、怪しい者など、そうだと思えば誰もが怪しく見えてくる。そもそも怪しい奴が“私は怪しいです”とは見せないだろうから、すぐに見つからないのも当たり前なのだが。
それでもボクは、少し交ざった違う人種を捜せばいいと思っていた。
それが、殆どがその標的となったのだからガッカリもする。
『はぁ~』とため息を漏らしたその時だった。前方にメロリーを発見したのは。
「あっ、メロリー」
そう声をかけると、メロリーとその横に立つ者がこちらへと振り向いた。
男だった。きっと彼がメロリーと駆け落ちしてきた男だろう。
腰までの黒い長い髪を首の辺りで一つに纏め、ビットラーブ国人の特徴を持つ鋭く切れ長の黒い瞳。高い鼻に引きしまった唇。衣装も全身黒尽くめの長身の男だ。
ボクはその容姿に驚いた。当然バッハードリー国人だと勝手に思い込んでいたからだ。駆け落ち相手がビットラーブ国人だとは想像もしていなかった。
「あら」
戸惑うボクには構わず、彼女はそう言ってにっこりと微笑むとこちらへと歩みかけたが、隣に立つ男が酷く驚き、メロリーの手を取って踵を返したのだ。
えっ? なんで? そんなに男と話させるのが嫌なのか?
ボクが困惑していると、隣に立っていたキールが俊敏の早さで追いかけメロリーの手を掴んだ。
その行動にも驚いたが、同時にリロも飛び出していて、彼女は慣れないドレスの裾を踏み、つんのめるとメロリーへとダイブする。
それを受けとめたメロリーは一人では支えきれずグラリと傾ぐと咄嗟に男がそれを支えた。
だが、その後ろに回っていたシェードが彼の腕をねじり上げ拘束すると、メロリーはまたグラリとよろけ、今度はキールの手によって地面とのキスは免れた。
何が、どうなってんだ?
一人蚊帳の外で呆然と立っているボクには何が起こったのか見当もつかない。
キールは何故追いかけたのか? 何故、あの男をシェードが拘束したのか? なんだこの状況は?
彼らの様子を窺いながらゆっくりと前へ歩み寄り彼らの元まで近づくと、男はシェードを睨み、そしてキールへと顔を向けると観念したように大きなため息を零した。
次に男はメロリーへと顔を向けると、
「申し訳ありませんメロリー様。ここまでのようです」
「どう言うこと」
それを聞いたメロリーは眉間に皺を寄せ、キツい口調で答えを求めた。
ボク達を警戒しながら。
「この者達は、ビットラーブ国の王国護衛部隊の者です」
「なんですって!」
「それと、そこにおられる御方は、第五王子ジィーン殿下」
「放して!」
メロリーはそう言ってキールに支えられていた手を振り解くと男に近づいた。
バレてる! この男、何者だ? キール達の素性にボクの事、何もかもお見通しだというのか? あっ、もしかすると、キール達もこの男の素性を知っているからこんな事になったのか?
頭の中で色々と考え込んでいる間にも状況は進んでいた。
「こんな所で会うとは思わなかったぞ、カイム」
「それは、こちらのセリフだ」
「久しぶりだな、カイム」
「リロは見違えるほど女性らしい格好で、似合わないぞ」
「ほっとけ」
「君は、ガイル隊長の息子だったかな」
「覚えて頂いていて光栄です。カイム副隊長」
「それ、止めてくれる」
ふっ、副隊長! 彼が! ってもう一つ驚く内容が含まれてたぞ。シェードを彼はなんて言った? ガイル隊長の息子だって言ったよね。ガイルはまだ独身なはず。
あっ、そうだ! 彼は捨て子を拾って育ててるって言ってたか。それがシェードなのか!
驚いているボクに構う事なく、メロリーは怒り出した。
「貴方達、カイムをどうする気ですか! ここは都ではありません! 貴方達がカイムを捕まえる事は許されませんよ!」
捕まえるだって! どう言う事だ? メロリーがすごく睨んでる。
睨まれたキールは苦笑して片眉を上げると、
「知っているのか? だが、そう怖い顔をしなくても大丈夫だ。俺らはこいつを捕まえる為にここへ派遣された訳じゃない。ここは君らが何故こんな所にいるのか説明を聞く事で見逃してやる」
「なっ、それはこの間も言いましたよね。わたしとカイムは駆け落ちしてき」
「それはない。こいつはもう女を望まない」
「!」
メロリーの話を遮りキールが言った言葉に、彼女はハッとすると悔しそうに唇を噛んだ。
暫し沈黙の後、カイムがまだ警戒するようにキールに顔を向けると、
「キール、私はいい。メロリー様には手を出さないでくれ」
「カイム!」
焦ったメロリーはバカな事は止めて! とでも言いたげに彼の名を叫んだ。
すると呆れたように肩を竦めたキールが、
「心配するな。お前の事も目を瞑るって言ってんだ。そう言う事だからジィーン、お前も目を瞑れ」
突然こっちにふってきた。
急にそんな事ふられても、どう答えればいいのか分かる訳がないのだ。
さっきからずっと蚊帳の外で話は進んでいて、ボクなんてこれっぽっちも会話に入れてもらえてない。
そんな苛立ちからキールに吠えた。
「どう言う事だよ! ボクには全く話が見えないんだ。彼が何者で、今あんた達が話してる内容も全くだ。それを聞いてからじゃないと頷ける訳ないだろ!」
「今は俺の弟子だ。お前の立場も何もかも今は捨てろ」
「どうして!」
「任務の為に情報を得る。その代償でこいつらを見逃す。そう言う事だ。分かったな」
有無も言わさぬ眼力だった。どうせボクの意見なんて聞く気は全くないのだ。ボクは黙ってろと釘を刺したかっただけなんだから。
「……分かったよ」
結局、そう言うしかなかった。
「と言う事なのでカイム、どこか話せる所を提供してくれ」
「では、私達の家で」
「いいだろう。シェード、放してやれ」
「はい」
メロリー達が暮らす家は、この間送った先にあるレンガ造りのこぢんまりとした平屋だった。
この辺りではそれなりにマシな作りだったが、彼女が纏ってる衣装を着た者が住んでいるとは思えないほど質素なものだ。
「入って」
メロリーはそう言って軋みを上げる扉を開いた。
ジィーン達がぞろぞろとその扉を潜ると、直ぐの部屋には小さなテーブルと二脚の椅子が置いてあり、その脇には小さなキッチンが設けられている。奥には二部屋あるようで、彼らは別々の部屋を使っているようだ。片方の扉にぶら下がる札には“ノックしてね”と書かれていた。
二脚の椅子にはメロリーとキールが座った。リロはキールの脇に立ち、シェードはキールの座る後ろ側の壁に凭れている。ボクはリロとは反対側の脇に立っていると、カイムが何処からか持ってきた木箱をジィーンに差し出した。
「どうぞ。貴方を立たせたままでは話しづらい」
「どうも」
そう言ってその木箱に腰をかけた。
カイムはその後お茶を用意すると皆に配り、メロリーの座る脇に立ち話し始めた。
「彼女はバッハードリー国の貿易商の娘で、メロリー ハブリック」
「ハブリックって、あのハブリック社の娘か?」
「そうだ」
キールの問いに、カイムはそう短く答えた。
ハブリック社とは、バッハードリー国の王が住まうドリア城にも出入りが許されている唯一の商社で、この社の物なら間違いはないと太鼓判が押されるほど、信用できる品しか扱わないと言われている有名な商社だ。その愛娘が何故こんな所で?
その答えは、言葉を引き取ったメロリーの口から聞かされた。
「わたし達はこの界隈で、当社の名を語り売買している者がいると聞きつけ調査にきたの」
「それは、闇商人か?」
「まあ、そんな所でしょうね。その者達はこの村で買い付けをして、陛下も使っているやせ薬だと言ってそれを売り捌いているようなの。他にも妃殿下が使っている美容ドリンク等々」
「それは真っ赤な偽物だと言うのだな」
「当たり前よ。最近、陛下がお痩せになったから、いいように使われただけだわ。ハブリック社の名を語ればそれらしく聞こえるでしょうから」
「で、そいつらを捕まえようってか?」
「その為に、カイムが一緒に来たんじゃない」
「カイム一人でやれるぐらい、小さな組織なのか?」
「どうだろうな?」
答えたのはカイムだ。
「そんな曖昧な情報で乗り込んで来たのか?」
「情報収集が出来れば、大きいか小さいかは自ずと分かってくる。もし、手に負えなければ戻って被害届を出せばいい。そうすれば警備軍も動くだろ。陛下の名を出してるのだ。それぐらいはするはずだ」
「まあ、そうだろうな。で、どのくらい掴んでいる」
「お前らの欲しい情報はそれか?」
「内容は話せん」
「当たりだな。じゃあ、お前の読みは正しかった。私達は接触をしそうな奴をもうマークしている」
「誰だ?」
「この集落に住むドリー」
「テルの父親か」
「知っているのか?」
「ああ」
「彼は仲介人で、こちらの商人とのパイプ役をかっている。彼が近々金が入ると口にしている事からも、もう直ぐ取り引きが行われるのは間違いないだろう」
「そこを押さえようっていうのか」
「そうだ」
「俺らに譲る気はないか?」
「それは、そちらの内容次第だ」
「ここで買い付けていると言う事は、こちら側の人間が動いていると言う事だな?」
「おそらく」
「なら、ビットラーブの人間はこちらで処理をするので手出しはなし。そちら側には、こちらも口を挟まない。これでどうだ?」
「いいだろう。一ついいか。この調査は個々としてやっている。だから一切、ハブリック社とは関わりはない事を承知して欲しい」
「分かった」
「それでは私達は全ての情報をお前達に提供しよう。キール、こっちへ」
カイムはそう言って札のかかっていない部屋へと促した。
キールに続いてリロ、シェード、ボクの順でその部屋へ入ると、そこはどうやら彼の寝室のようだ。カイムは部屋に用事があった訳ではなく窓へと視線を投げかけた。
窓際までボクらが歩み寄ると、そこから見えたのは先日伺ったドリーの家が見下ろせたのだ。それを確認したキールが尋ねた。
「ここから監視してるのか?」
「ああ。私はここから、メロリー様は子供達に近づいて」
「始めから目を付けて来たのか?」
「当たり前だ」
カイムは何を今更訊いていると言いたげな顔でそう言った。
するとキールは苦笑すると親しみげに言う。
「お前らしいな」
「当然だ」
二人はなんでも分かり合えているような空気をかもし出している。
シェードが彼の事を副隊長と口にしながらも拘束し、キールは捕まえるのを見逃せとボクに言った。彼は護衛部隊の人間だが、今は追われているのだろうと推測できる。。
彼とキール達との詳しい関係と、彼が何故バッハードリー国の貿易商の家に仕えているのか、ボクには訊く権利があると思う。
仮にもボクに共犯になれと言ったのだから、彼が追われている理由ぐらい訊いたって罰は当たらないだろう。
キール達はダイニングルームに戻りながら今後の予定を練っている。
明日からはカイムとキール、シェードが二人ずつ交替でここからドリーを監視し、メロリーと共に内側から監視するのはリロとボクを宛てがおうと話は勝手に進んでいく。
「ちょっと待ってよ。なに、勝手に話し進めてんだよ。ボクはまだ訊いてない事がある。カイム、君は何者? 何故メロリーの家に仕えている。君は護衛部隊の者なんだよね」
そう言い切ると一瞬空気が固まった。
えっ? マズかったの?
戸惑っているとカイムが答えた。
「いいや、違う」
「えっ、違う? だって、さっきシェードが副隊長って」
「カイムは元、護衛第一部隊副隊長だった」
言葉を引き取ったのはキール。
「元? じゃあ、辞めたの?」
「まあ、そんな所だ」
でも、ただ辞めただけで追われるのは可笑しくないか? カイムはな何か追われてしまう事をしたはずなのだ。
「納得がいかないって顔、していますね」
「あっ」
カイムに指摘され慌てて頬を触った。
するとカイムはフッと笑って、
「国王暗殺未遂事件」
「えっ?」
それは二年前。自分が住まう西館に侵入者が立てこもり、その隙に国王暗殺を狙った事件だ。父上は護衛部隊に護られ無事で、西館にいたボクや母上もガイルのお蔭で難を逃れ無事だった。現行犯で捕まった者は思ったよりも軽い刑で、本来なら死刑になっても可笑しくはなかったが、十四歳の少女ということもあって、国外追放の刑とし命までは取らなかった。それがカイムと何の関係があるのだろうか? その時、攻め入られた責任でも取らされたのか?
「首謀者は私だ」
「なんだって!!」
「違う!」
カイムの言葉に反応しボクと同時に叫んだのはキール。
「違うだろ!!」
勢いづいたキールはもう一度強く叫んだ。
「違わない。私の刑は、国王暗殺未遂事件の首謀者として都追放だ」
「それは……」
キールはその先の言葉を呑み込んだ。カイムが威圧するようにキールの顔を見つめ、小さく首を横に振ったからだ。
「私は都を出た後、命を狙われ重傷を負った。その時、助けて下さったのがメロリー様。私を犯罪者と知りつつも、彼女の家族は私を暖かく迎え入れて下さいました。ですから、私はこれからの命、彼女とその家族の為に使わせて頂くとそう思っております」
「わたしは貴方に幸せになって欲しいだけで、命はいらないって言ってるでしょ」
「それでは私の生きる意味が」
そう言いかけたカイムの言葉を遮り、窓枠に腰をかけていたリロが、苛立ちを隠す事なくこう言った。
「相変わらずガキに弱いな。いい加減、賢くなれよ。カイム」
いつもは周りを和ませ明るく振る舞う彼女にしては珍しい事だった。
それに抗議して怒り出したのはメロリーだ。
「なんなの貴女は! カイムは賢いわ。貴女に何が分かるのよ!」
「こっちはあんたと違って、ガキの頃からずっと一緒に生活してんだよ! たかが二年やそこら一緒に居たぐらいで、全部知ったような気になってんじゃないよ!」
「リロ!」
このまま放っておけば、大喧嘩にでもなりそうな気配を察したキールが制したが、リロはそれが気に食わなかったのだろう。今度はキールに向かって吠えた。
「あの時、キールだけが悔しい思いをしたと思ってたら大間違いだぞ! 自分だって、唇噛みしめて堪えたんだからな! カイム! お前は周りの者が、どれほど辛かったか考えたことがあるか! お前はそれで良かったかもしれない。だが、自分達がどれだけ悔やんだか、お前は知らなくてはならない! そして償え! 這いつくばってでもいいから、生きろ!」
「…………」
カイムは黙って俯いていた。きっと皆の思いが心に刺さっていたに違いない。何故なら彼は、涙を堪えているように見えたから。
メロリーは悔しそうにリロを睨んでいたが、彼女も生きて欲しいとカイムに言いたかったのだろう。同じ考えだったと知ると、ため息をついて顔を顰めた。
ボクはその光景を眺めながら、さっきキールが『違う!』と言った事や、リロが
『ガキに弱い』と言った事などを踏まえ考えた。
もしかすると、犯人の少女が死刑を免れたのはカイムが庇ったせいではないだろうか?
それで自分に罪がかけられ首謀者とされてしまった。だが、それは偽りだと誰もが分かっていたのかもしれない。だから公にはされなかった。そしてカイムは都を去った。
きっとそうなのだ。首謀者のわりに彼の刑も軽い。だから見逃せとボクに言ってきた。
だってカイムは生きなければいけないから。皆の思いを受けとめ、償わなければいけないから。
そう言う事なのだと納得した、ことにした。
そう考えなければ、今ここでカイムに斬りかかってしまうかもしれない。もし、カイムが本当に首謀者なら父上の命を狙った敵だ。
でも堪えたのは、キールやリロ、シェードの事を信頼しているからだ。
彼らが違うと言うのだ。生きろと言うのだ。だから、カイムにはその価値があるのだと解釈した。
カイム達は手掛かりのドリーを追ってあのサマー祭の会場にいたそうなのだが、自分達との騒動で結局、彼を見失った。
もう一度ドリーを尾行する為、彼を捜すこととなり一行は家を出発した。
リロとメロリーは今後、行動を共にしなくてはならないのだが、両人とも仲良くしなくてはと思っているのだろうが、どうもぎこちない。先ほど派手にやりやったのだ。二人の笑顔も引き攣っている。それに加え、ここはドリーの住む集落の中だ。自分達の素性を偽りながらの会話は当人達には苦痛でしかないのだろう。
「あら、リロはキールと夫婦になってどのくらい経つのかしら?」
「ええっ! っと~……五年くらいかしら?」
「あら、キールは早々に身を固められたのね。その頃は若かったのよね、リロも。今はおばさんだけど。お見合いなのかしら?」
「なっ、いいえ。わたし達は幼馴染みなのよ。だから、ずっと幼い頃からあの方だと決めていたの。彼もわたしの他には考えられないって」
リロはおばさんと言われた事にムッとし、さも年の差なんて関係なくキールは自分を愛しているのだと主張したところ『ぶっ!』と吹き出したのはキール。
作り話だというのに、何をそんなに慌てる事がある。心の中を言い当てられ動揺でもしているのだろうか? その慌てっぷりが可笑しくて笑える。
あれは相当惚れてるな。
そう思い小さく『ぷっ』と吹き出していた。
「キール、唾が飛んだ」
「あっ、すまん」
キールの横を歩いていたカイムが嫌そうに顔にかかった唾を拭きながらそう言うと、キールは慌てて謝った。
引き攣りながら話す彼女達は、周りが今どんな状況になっているのかは全く気にしてない、というか、気にする余裕がないというのが正解だろう。
リロはさっきの仕返しだというように、
「メロリーはカイムと駆け落ちですってね。若いってお得よね。彼、ガキなら誰でもいいみたいだから」
『なっ!』と言葉を詰まらせ焦ったのはカイムだ。
彼は何か言おうとしたのだが透かさずメロリーが口を開く。
「言っときますけど、カイムは本当にわたしの事を愛してくれているのよ」
今度はカイムが吹き出した。
リロとメロリーは睨み合い、二人の間には火花が飛んでいる。
「貴女は、愛の何を知っているのかしら? ごっこ遊びじゃなくてよ」
「枯れそうな方には分からないかしら? 情熱的な愛は」
「なんだって!」
「なによ!」
「いい加減にしなさい。二人とも!」
「いい加減にしろよ。お前ら!」
カイムにキールが、同時に二人の口論を止める。
カイムは大きなため息を、キールは首を横に大げさに振ると『仲良くやってくれ』と嘆いた。
「…………」
「…………」
彼女達は今こんな口論をしている場合じゃないとようやく気付いたのか、バツ悪そうな顔を浮かべると双方が相手の顔を伺い、目が合うと気まずそうに明後日の方向を見つめた。
港に到着すると、サマー祭は相変わらず賑やかで、昼時ということもあって飲食店からはとてもいい匂いが漂ってきた。
「お腹、減った」
我慢できずにそう呟いた。
それを目ざとく聞きつけたメロリーが、今度は皆に主張するように宣言する。
「わたしも何か食べたいわ。カイム、歩きながら食べれるものでいいから買ってちょうだい」
「それでは、あれなどはいかがでしょう?」
そう言いカイムが指差したのはハンバーガー屋だった。
肉を焼く匂いが腹の虫を刺激する。
「ボクも食べたい」
「仕方ないな。それじゃあ俺らも食べるか」
「キール太っ腹」
「ごちそうさまです」
リロとシェードも次々に同意しキールに奢ってもらうつもりだ。
「俺が払うのかよ!」
慌てたキールがそう言うと、
「だって貴方、妻や使用人に払わす事なんてできて? 出来ないわよね」
「ちっ!」
リロはこれみよがしに妻の座をちらつかせてキールにねだった。
任務中に使われた経費は基本は後から支払われる。だが、それには領収書が必要で、こういった露天では殆どが扱っていない。だからここでの支払いは自腹になるという事だ。
「ねえ貴方、美味しそうよ。ほら」
そう言ってリロはちゃっかり自分のをダブルバーガーにしていた。
「あっ、ボクもダブルで」
「オレも」
「こら使用人共。遠慮って言葉を知らんのか」
ここはボクも調子いい事言っておこうかな。
「キール殿は大変心の大きな方だから、こんな小さな事で怒ったりしませんよね」
「尊敬してます。キール殿」
棒読みのシェード。
「お前ら、覚えとけよ」
悔しそうにキールはそう吐き捨てると、自分もしっかりダブルを頼み支払いを済ませた。
ハンバーガーをパクつきながら一通り港を探したが、ドリーを見つける事は出来なかった。
この後何処を探そうかとサマー祭の会場から脇に逸れ相談していると、建物の陰から話し声が聞こえてきた。そっと陰から覗くと、そこにいたのは黒尽くめのスーツを着た男が二人。
「ファージー様、お金の準備、出来ました」
「そう」
「後は明後日の最終日まで、ゆっくり休みましょう」
「そうだね。彼ももう用済みだから、適当にお金渡して帰ってもらいましょうか」
「わかりました。取り引きまで首を突っ込まれては厄介ですね」
「バット、口には気をつけなさい。何処で人が聞いているか分からないのだから」
「あっ、すみません」
ファージーと呼ばれた者は金髪の長髪で、エメラルドグリーンの瞳に白く透ける肌をしている。
バットと呼ばれた者はダークブラウンの短髪にエメラルドグリーンの瞳。体格のいい筋肉質の透けるような白い肌だ。
ファージはボク達の視線を感じたのか当たりを警戒した様子で見回すと、誰も見つけられなかったのだろう。首を傾げ、小さなため息を落とした。
「戻りますよ」
「はい」
ファージーに促されたバットが返事をすると、彼らは港を出てバッハードリー国方面へと続く坂道を登って行った。
「怪しいな」
カイムがファージーの背中を見つめながら呟くとキールは片眉を上げ指摘した。
「怪しい? あれはビンゴだろ」
「だが確信はない。調べて裏を取らなければ」
「そんなの分かってるよ。お前に言われなくても。幸い、相手は明後日まで動かないらしいから、こっちが調べる時間はあるって事だ」
「そのようだ」
「それじゃあ、早速調べに」
そうキールが話し出した時『きゃぁ!』『止めろ! なぜ追いかけてくるんだ! うわぁ────────!』とキールの話を遮るように、サマー祭の会場から女の悲鳴と男の雄叫びが聞こえてきた。
一番に反応したのはリロだ。
彼女は険しい顔つきで『なんだ!』と一声上げると、ドレスの裾を今度は転ばないようにと思ったのか、膝が見えてしまうほど捲り上げ駆け出した。
その様子をメロリーは貴族の女にあるまじき行動だと言わんばかりに顔を顰めると呆れたように首を振る。
キールもカイムもそれを追って駆け出す。
リロのように慌てた風ではないのは、どうせ買い物客の小競り合いか何かだと思っているからだろう。
二人の後にシェードとボク、メロリーが歩き出すと、前を走っていたリロが建物の角を曲がり姿が見えなくなった次の瞬間、彼女は仰向けになり倒れてきたのだ。
「!」
リロに覆い被さるように倒れ込んだのは細身の男。
その男はあろう事か、リロの上に馬乗りになると『何故着いて来るんだ! 止めろ、止めろ! 殺してやる、殺してやる、殺してやる─────────────!』と発狂しリロの首を絞め出した。
慣れないドレスの裾を踏まれガッシリと固められたリロは身体を動かす事が出来ず、必死に首に巻き付く腕を掴み引き離そうとしているのだが、力が入らないのか男を退ける事が出来ないでいる。
いち早く駆け出したのはキールだった。
キールはリロの上にのった男の脇腹を容赦なく思いっきり蹴り上げた。
加減の欠片もない蹴りだと誰もが思うくらいに男は吹っ飛び転げていく。
それを追い掛けキールはもう何度か足蹴りを食らわし胸ぐらを掴むと、今度は腹を数発殴り最後に頬をぶん殴ると男はまた地面に転がり落ちた。
その頃にはその男の意識は飛んでいたのだが、まだキールが掴みかかろうとした所で、カイムがキールの腕を掴み制止させた。
「そのくらいで止めておけ。気を失っている」
「うっ」
その言葉でキールはようやく我に返ったようにハッとした表情を浮かべると、急いで上体だけを起こし咳き込みながら座り込んでいるリロの元まで行き『大丈夫か?』そう声をかけながら立ち上がらせるためリロの腕を掴んだ。
「嫌!」
だがリロはそう言ってキールの手を払いのけながら拒むと、キールは固まってその場を動けなくなった。
「あっ、違う」
自分の行動がマズかったと思ったのかリロは焦ったように否定したが、その声には全く説得力はなく、キールは余計に傷ついた表情を浮かべてしまった。
何故そうなったのかは見当がつかなかった。
リロがキールを拒む事が想像出来なかったのだ。
さっきの男と勘違いしただけのわりには、キールの動揺っぷりはまともじゃない。二人の間にはもっと何か色々な事があるのではないかと思ってしまう。
「自分は、大丈夫だから」
リロはいつものようにそう言って立ち上がるとドレスの汚れを払い、だが態度の方はいつも通りとはいかず、気まずそうにキールと目線を合わそうとしない。
その間にもシェードが気を失った男を拘束し二人の様子を窺っていたが、固まった空気を打破するには自分の口利きが必要だと判断したのだろう。
「どうしますかこの男? 警備隊にしょっ引きます? それともこのまま放置ですか?」
何事もなかったかのように事務的な台詞を口にした。
「あっ、ああそうだな。しょっ引くか」
キールは気を取り直しそう言うと男の意識を取り戻そうと頬を数回手の甲で軽く叩いた。
「うっ、うっ……うわぁ──────────!なんだお前らは!」
男はそう大きな声を張り上げると必死に藻掻き、拘束を逃れようとジタバタし出した。
それをキールが押さえ込み、何故リロを襲ったのか話を聞こうとするのだが、訳の分からない話ばかりで会話が成立しない。
「おいキール。この男、
そう言いだしたのはカイムだった。
「
「これは幻覚症状では? 言動も可笑しい」
そう言われればそんな気がしてきた。何かに怯えた様子なのは幻覚の何かに襲われ
るのじゃないかと案じているから。
「仕方ない。このまま連れて行く。リロ、俺の妻としての役目はまだ果たせそうか?」
「事情聴取だろ。大丈夫だ」
キールが何故そんな確認を取ったのかこの時のボクには分からなかった。
警備隊とは、正式名称“王国警備部隊”と言って、市民の安全と治安を護る部隊の事だ。アベット村には南部と北部の二カ所に警備部隊基地が設けられ、随時数十名が待機し村を護っている。
ジィーン達はその北部にある基地へと男を連行している所だ。
男は歩きながらもかなり発狂し、訳の分からない事を喚いている。
だが、それには全く動じる事なくキールは淡々と歩いていた。
その後ろをリロが俯いたまま黙って歩く。
二人の後ろをボクとシェード。カイムにメロリーが歩いているのだが、その距離はかなり離れている。何故ならカイムが警備隊に見つかると厄介だからだ。
あのように大騒ぎする男を連れて、ぞろぞろと六人が歩いているとかなり目立ち目撃者
も出てくる。そうなれば六人とも事情聴取を受けるはめになり、カイムやボクの正体がバレかねない。
だから連行するのも警備隊へ引き出すのもキールとリロの二人だけでやる事になった。
もちろん貴族の夫婦として。
前方を歩くリロの後ろ姿を見つめながらカイムがぽつりと呟いた。
「まだ、治っていなかったのだな」
えっ、何が?
と、ボクはカイムを見上げ首を傾げた。
何を言っているのか今の言葉では全く意味が分からない。
だが、カイムは答えを求めたのではなく、ただ一人呟いたといった感じだったが、その問いに答えたのがシェードだ。
「いいえ、治っていましたよ」
彼は、カイムが言わんとした事が分かったようだ。
何が治ってたんだ? ボクには何がなんだか?
同じように分らないメロリーと顔を合わせると二人揃って首を傾げた。
シェードの答えに納得出来なかったのか、カイムは疑うようにシェードを見た。
その視線に答えるよう、またシェードは話し出した。
「最近では自分から触れる事もしていましたし、キール隊長が触れても平気でした」
「さっきので蘇ったか」
「どういう事?」
ボクはとうとう口に出して訊いた。
今の会話からすると、キールとリロの間には何かがあるのだろう事は分るが、内容は
全く読めてこない。一緒に旅をしている仲なのだ。二人に昔何があったのかボクは聞いていいのではないかっと思った。まあ、差し障りがなければの話だが。
カイムは言っていいのかと迷ったようでシェードの顔をチラリと見やった。
するとシェードは『さあ?』と肩を上げ、オレに聞かないで下さいと言いたげな顔を浮かべた。
カイムは『う~ん』と唸り考えた。
「言いにくかったら、別にいいけど」
あまりにも悩んでいるのでそう言った。もういいかと思ったのだ。
ボクにも他人に知られたくない事の一つや二つ、五つや六つぐらいは……もうちょっとあるかな~ぐらいはあるし、二人のいない所で聞いたのもルール違反だろうし。
「いや、貴方にも知って頂いた方がいい。話しましょう」
「えっ、でも二人もいない事だし」
「護衛部隊の者なら大抵は知っている事です。彼達も貴方の耳に入ったからと言って、懸念する事ではない。事実なのだから。もしこれが引き金になり症状が長引けば、貴方も無視出来なくなりますから」
カイムはそう説明すると、また話し出した。
「リロに出会った当初、彼女は男に触れられると恐怖ですくみ上がっていた」
「えっ、あのリロが?」
「ええ。リロが遠方攻撃を得意とするのもそのせいです。だが、キールにだけは触れられても平気だった。元々二人は幼馴染みで、護衛部隊には一緒に入ってきた。あいつの事は信用しきっていた。二人は自分を犠牲にしてでも相手を護るとどちらもが思っていて、実際相手の事ばかり気にしていた。その均衡が崩れたのが六年前。二人の故郷へと遠征に行った時です。二人の間に実際何があったのかは分らないが、その時から他の男は良くてもキールが触れると怯えるようになった」
「どうして?」
「私の推測では、男女の関係を求めたのではないかと思う」
「無理矢理!」
「さぁ? そこまでは私の知る範囲ではないので。だが、そうでなくてもリロからすれば弟のよう、いや、息子のように思っていた者から女を求められれば、そのような反応になっても不思議ではない」
「何故息子? 四つしか変わらないのだから弟でいいのでは?」
カイムが言い直した事がどうも引っかかり、そう口にするとカイムはこう返してきた。
「あの二人は先の戦争で家族を失った」
「えっ!」
答えにもなっていないし、何故そのような事を話すのかも分らないが初めて聞かされた二人の過去に動揺した。
ボクが産まれる半年ほど前に勃発し、一年程続いたあの“バズー村戦争”で、キールとリロは家族を失ったというのか? 当時の二人はまだ子供だったはず。その思いが伝わったのか、カイムはこう切り出し続けた。
「当時の二人は、八歳と十二歳だった。ただ一人生き残った者同士、二人は寄り添うように共に暮らしだした。それがリロを母へと目覚めさせてしまう結果になったのだろう。だが、キールはそうじゃなかった。あいつがリロを護りたいのは愛した女だからだ。間違っても、彼女を母親だと思った事は一度もないはずだ。その二人の気持ちのズレが、あのような形で現れてしまい、そして今も二人を苦しめている」
あの二人にそんな過去があったなんて思いもしなかった。なんだかんだ言ってもあの二人は円満にいっていると思っていた。
この旅での二人の仲を微笑ましく思っていた。
だがそれは、表面だけだったのかもしれない。
キールはどんな気持ちでリロに接していたのだろうか? 一度拒まれた
「酷な話だな」
そう呟きキールに同情した。
「これは二人にしか解決出来ない事ですから周りは見守るしかないのですが、出来るだけ刺激を与えないように振る舞って頂きたい。キールの機嫌に左右しますから」
「わかった」
話を聞いた後だからか、前を行く二人が、お互い距離を置き気まずそうに歩いているように思えて心を痛めた。
リロだってきっとキールの事は好きなのだと思う。信頼していると言っていたし、毒に侵された時だって一生懸命看病していたのだ。キールに出来るだけ触れようとしていたのだって克服したかったからではないかと思う。
そう思うと何もしてやれない自分が情けなくて、どうか二人の仲が上手くいきますようにと、勝手に神に祈る事ぐらいしか出来なかった。
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