信頼してもいい?
第7話 戦闘
毎晩、野営をしながら、外套のベッドで夜を過ごし、果てしない森を進み続けて三日目を迎えた今日も、朝から変わらず森を進んでいる。
暫くすると、ビットラーブ国を南北に分ける、この国、一番の高い山、サンドラ
坂道となっただけで、木々が被い茂った景色は、さほど変わりはしないのだが、まあ、変わった所といえば、木の種類が南国の木から、寒さに強い木に変わってきたことぐらいだろう。
砂漠を歩いていた頃より北に位置することに加え、頂上へと向かっているせいか、若干涼しくも感じられた。木々のお蔭で、日差しが柔らかいせいもあるかもしれない。
そんな森の中を登り続け、ようやく半分ほどを登った頃だった。
キールが目線だけで辺りを見回し、前を向いたまま低く静かな声で、一番後ろを歩くリロに声をかけたのは。
「リロ」
そう言われたリロは、無言で頷くと草むらへと消えていく。
「えっ?」
それだけを交わした二人の意図が、ボクには全く読めず、なにが起こったのか見当もつかなかった。困惑しながら、前にいるキールと後ろのシェードを交互に見た。
シェードは険しい表情で背中に担いだ大剣の柄に手をかけ、抜こうとするが、
「まだ早い」
そう、キールに止められ手を離した。
「五十……くらいか。もう少し引きつけるぞ」
小さな声でキールが呟くと、シェードは小さく頷き、険しい顔のまま前へと進む。
なんだ?
戸惑いながら二人を見るが、キールもシェードも無言のまま、怖い顔をして語ってくれそうにない。
なんだよ? 何かいるのか?
凶暴な動物だったら嫌だなと思い、辺りを見回し様子を窺ったが、ボクにはわからない。
そうすると、段々腹が立ってきて、なんだよ! ボクだけ蚊帳の外かよ! と、また一人取り残された気分になり落ち込んだ。
流石に、この緊迫している空気で、声を発するのは無しだなと、罵声は心の中だけに留めておいた。
そのまま少し進むと、開けた場所に出た。
右側には、肩ほどの高さの草が被い茂り、その先に五階ほどの高さの崖が聳え立つ。
左側には底の見えないほどの谷底だ。前には、また木が被い茂った森が見えている。
その前方の森から、ガラの悪い連中が現れた。
後ろからも現れ、総勢三十人ほどに囲まれる。
なんだ、こいつらは! 山賊か!
そう、焦りながら立ち止まると、周囲を見回した。
すると、前から来た図体の大きな男が声を張り上げる。
「お前らを、この先に通すわけにはいかねえ!」
キールとシェードは、ボクを背で護るように囲む。
そして、シェードは背中から大剣を抜き構え、キールは腰の剣に手をかけ構えると、二人は無言のまま鋭い目つきで敵を見た。
嘘だろ! この人数、三人で倒せるわけないだろ。どうするんだよ! リロはどうした。何処に行ったんだよ!
……ってリロ一人いた所で状況は変わらないけど。
切羽詰まった状況に思考は混乱し、手は汗ばみ自分の剣に手をかけることも忘れ、拳を握りしめていた。
また、男が声を上げた。
「俺達は、パッティーン国人が嫌いでね。そこの二人。そうだろ」
男はニヤリと笑い、ボクとシェードを見ると続けた。
「お前も残念だな。こんな奴らと一緒にいたばっかりに巻き添えだ」
今度はキールを見て哀れんだ。
黙って立つキールとシェードの表情は、鋭く妙な目つきをしていた。
どこか、この状況を楽しんでいるかのようで、恐ろしくなってきた。
黙ったままの三人に男はまた続ける。
「悪く思わないでくれよ」
男が同情を買うような言いぐさで、困った顔を見せたかと思うと、素早く鋭い目つきに変わりこちらを睨んできだ。
「お前らには、ここで死んでもらう」
周りの敵が待ち切れないと言わんばかりに、少し足を擦り寄せてきた。
キールとシェードが、ジリジリと草むらへボクを追いやりながら下がると、
「やれ!」
男がそう叫んだと同時に、敵が押し寄せてきた。
「!」
固まって動けないでいると、後ろから誰かが腕を掴む。
「ひぃ!」
恐怖に声を引いて驚いた。
「こっちだ」
「リロ!」
今度は目を丸くし驚いた。
予想だにしなかったからだ。
リロに手を引かれ、草むらの中へ引っ張り込まれると、崖の一部がポッカリと口を開き、二人を出迎える。草むらに隠れて気付かなかったのだ。
その中へとリロに引っ張られながら中腰で潜ると、以外と天井は高く、二人は難なく立つことができた。
リロに腕を捕られながら走り、考えた。
この人達について行っていいのだろうか?
そんな思いが脳裏を過ぎる。
キールもシェードも、今まで見たことのないような恐ろしい形相をしていた。
特に、キールは獲物を捕らえた獣のように戦いを楽しんでいた。
怖くなったのだ。
信用して大丈夫か? リロも今まで、何をしていたのだ? ここを進んで本当に助かるのか?
頭の中で一人、走りながら格闘していた。
だが、そんな事より、あの人数、二人で倒せる数じゃないだろ。と思い直す。
どうする……
このままリロと行くか? 何処か一人で逃げるか?
それとも、戻って二人と一緒に戦うか? そう思ったが、既に答えは出ていた。
先は、初めての境遇に戸惑っただけだ。
王子たる者、こんな所で逃げるわけにはいかない。もう大丈夫。ボクなら出来る。
そう自分を奮い立たせた。
王族の中でも、ベルバットに次いで第二位の剣の腕前なのだ。
ボクが、そう易々と負けるわけがない。戻ろう! そう決めた時、
「ここまで来たら大丈夫だ。この先に行けば頂上に出る。急ごう」
リロが前を向いたまま、ボクの腕を放し喋り出した。
チャンスだ。
放された場所で立ち止まり踵を返すと、勢い良く駆け出した。
それに気付くのが一瞬遅れたリロは、振り返るとようやく走り去ったボクを確認したのだろう。
「ジィーン、ダメだ! 戻れ!」
そう叫んでいたが、答えることなく走り続けた。
暗い洞窟の中、微かに光る発光性の苔が足下を照らしている。ここまでは一本道のはずだ。
ひたすら坂道を下った。
来た時より長く感じるのは、先は考え事をしていたからなのか? それとも早く着きたい、という思いからかはわからないが、まだ出口は見えてこない。
まだか? まだなのか!
焦りを感じながら走り続けた。
リロが追いかけて来る足音が響いている。
捕まったら引き戻される!
そう思った時、前方に明かりを確認した。
見えた! もう直ぐだ!
徐々に光は大きくなり、外へ飛び出すと、太陽の光が目を射した。
「うっ」
眩しくて、数回瞬きをして暗んだ目を慣らすと、何人もの人が倒れているのを発見した。
……死ん、でる……
目の前の光景に吐き気を覚えた。
咄嗟に口を押さえ込む。当然だ。今までの人生、死体など見たこともなかったのだ。
しかし、気を取り直すと、頭を左右に勢い良く振り、怯んだ心を払いのけ状況を確認した。
キールの周りに三人。シェードの周りに二人が囲み、今にも斬りかかろうとしている。
ザッと死体を数えたが、転がっている数と、始めの数が合わない。他の死体は谷底へと消えたのだろうか。そう思うとゾッとした。
キールが動き一人を倒すと、ジリジリと残りの敵が間合いを計る。
自らを奮い立たせ剣を抜いた。
そして、近くにいるキールの方へと走り出す。
「ボクだって戦える!」
そう言って、茂みから飛び出したボクを見つけたキールは驚いて叫んだ。
「ジィーン! なぜ!」
こちらに目を向けたキールが、崖の上を見上げ、また叫ぶ。
「ジィーン! 危ない!」
その声にハッとし立ち止まると、後ろを振り向いた。
あっ! 矢だ!
キールは目の前の邪魔な敵を一人叩き切ると、その勢いのまま走り込んできていた。
矢に気をとられてる間に、背中へ衝撃を受けると前へと倒れ込む。
「キ────────────ル!」
激しくリロが叫んだのを耳にした。
倒れ込んだまま地面に這いつくばり、上にキールがのしかかっているため、動かせる首だけを上へ持ち上げリロを見た。
リロは矢が飛んで来た方向を見上げ、素早く懐から細い筒を取り出し口に咥えると、何かが崖の上へと飛んでいく。
吹き矢か!
吹き矢の針は敵の胸元に命中し、敵は前のめりになると、真っ逆さまに落ち、草むらへと消えた。
「あっ!」
思わず声を上げていた。
あの高さから落ちれば助からないだろう。敵であるのだが、目の前で人が死ぬのを目の当たりにすると、正気を保つのが困難なのだと思い知らされた。
「この野郎!」
後ろから声がし、今度は首をできるだけ後ろへ回すと、先ほど話していた大きい体格の男が、高々と剣を振り上げ、ボクの背中に覆い被さったキール目がけて、振り下ろそうとしていた。
「止めろ─────────────!」
恐怖で悲鳴を上げるかのように叫んだ。
その時だ。
ビクリと男の体が後ろに仰け反り静止すると、そのまま地面へと崩れ落ちたのだ。
その後ろには、最後の敵を倒し、涼しい顔をしたシェードが立っていた。
「シェード……」
そう呟き安堵したまでは良かったが、この状況、上に載っかるキールの状態が気になった。
まだ、彼は動いた形跡がないのだ。
「キール、隊長?」
恐る恐る声をかけた。
「…………」
返事はない。
慌てて、無理矢理に下から這い出て上体を起こすと、キールを確認した。
すると、キールの肩には矢が突き刺さっていたのだ。
「ひぃ! キール隊長!」
全身の血の気が引いていくのがわかった。
指の先は急速に冷え、呼吸をするのを忘れるくらいに固まる。
リロが歩み寄り、倒れているキールの脇を縛り、肩の矢を引き抜くと矢の先を嗅いだり、ジッと眺めたりと調べていた。矢が抜かれる瞬間、キールの口から微かに呻き声が漏れたのを確認しながら。
「一応、応急手当だ」
リロが、そう言ってキールの肩の傷口に、唇を押し当て血を吸い出す。
その間も、キールはボクの太股に顔を埋めたままピクリとも動かない。
不安が募り、こちらも動くことが出来ず固まっていた。
このままキールが死んでしまったらどうしよう。大人しくリロについて行っていたら、こんな事にはならなかったのに。
彼らはボクの助けなんてこれっぽっちも期待していなかった。というより、当てになどしなくても
足手纏いになっただけ。反って邪魔になっただけ。ホント、嫌になる。
ボクは彼らを全く信用していなかった。そのツケがこれだ。
結果、キールがこんな目に……。
落胆している間にも、リロはテキパキと処置を施している。
傷口にガーゼを当て、包帯を巻くと『OKだぞ』と、大した事なさそうに、リロが声をかけた。
そんな軽く話しかけても、キールは苦しそうに倒れ込んでるじゃないか。
リロの態度に困惑した。なぜ、そんなに平然としていられるのか。
そう思っていると、キールはムクリと体を起こし、こちらを睨みつけると、
「どうして戻ってきた! この、バカ者が!」
と、かなりの剣幕で怒鳴りつけられた。
「えっ?」
キールの突然の復活に、一瞬、なにが起こったのかわからなかった。
戸惑っていると、リロが、
「悪い。自分の責任だ。油断した。しっかりとジィーンを見ていたらこんな事にはならなかった。あれを取り逃がしていたのも自分のミスだ。本当に、すまない」
そう言って深々と頭を下げ謝ったのだ。
それを聞き、ハタと我に返った。
えっ。この人は、騙したのか。心配していたのに、からかったのか。
唇をキツく結んで立ち上がると、両手をギュッと握りしめ、座り込んでいるキールを睨んだ。
「リロが謝ることはない! ボクが言われたことなんだ。だけど、ボクは謝りませんよ! 今、騙しましたね! からかいましたね! 心配したのに……絶対に、謝りませんから!」
無性に腹が立った。
無事でホッとしたことや、心配させてからかったこととか。色々心が乱れて怒らずにはいられなかった。
本当に怖かったんだ……
それを悟られないように、必死に涙目をなんとか堪えキールを睨み唇を噛む。
キールは勝ち誇ったかのようにニヤリと笑うと、立ち上がり服についた埃を払った。
「これに懲りたら、勝手に動くな」
そう言い、厳しい表情でジィーンを睨み返した。
くそっ!
心の中でそう舌打ちをすると、顔を顰め髪をクシャクシャと掻き回した。
そして、苛立ちながら、大きなため息を吐き捨てた。
「リロも気にするな。こんな怪我、なんともねえから。大丈夫だ」
そう微笑しながら静かにキールが告げると、一瞬、リロの眉がピクリと動いた。
「これ、飲んでおけ」
そう言うと、小さな筒の蓋を開け、黒い小さな粒を三粒差し出した。
「サンキュー」
キールは軽く礼を言うと、それを受け取りパクリと口に放り込む。とても苦そうな顔をして。
「先を急ぐぞ」
表情を引き締めたキールがそう言うと、また、先頭を歩き出し山を登り始めた。
ボクはキールの斜め後ろから、横顔を面白くない思いで睨み歩いた。
しかし、キールは涼しい顔で、怪我のことなど無かったかのように平然と歩いている。
もう、嫌だ! キールは全く信用できない! ……まあ、あの人数を二人で倒した戦闘能力は認めるが、人としては最低だ!
と、心の中で罵声を浴びせながら歩き続け、ようやく頂上にたどり着いたのだ。
するとキールは足取りを緩め立ち止まった。
彼は風を感じながら、遠くの景色を眺めるよう下界に目を向けると、後ろを振り返ることなくジィーンに促した。
「おい、見てみろ」
こちらは、まだ機嫌を損ねているのだが、キールはそんなこと関係ないように、これから向かう方向を見据えている。
なんだよ。全く!
わざとらしく舌打ちをし、苛立ちながらも、言われた方向に目をやると、暫し言葉を失った。
手が届きそうな鮮やかな青い空に、ふわふわと真っ白い雲が幾つも浮かび、風が運んでいる。
その風はボクの背中を追い越し、斜面を滑るように緑の絨毯を揺らした。
麓には小さな屋根が建ち並ぶ街があり、そこを越えると、今度は規則正しく並んだ黄緑色の稲が並ぶ。
そして、そのずっとずっと先には海だ。空との境の地平線までもが見えたのだ。
「どうだ。広いだろ、この世界は」
前を見据えたまま、横に立つキールが尋ねてきた。
「ああ、広い。とても広い、素敵な景色だ」
素直な、心から出た言葉だった。感動していた。素晴らしい景色に心が洗われるようだった。今までのムッとしていた心は、嘘のように晴れていた。
「ここから見える土地は、全て、ジィーン、お前が背負う土地だ」
「…………」
キールの放った言葉の重みを知り、なにも出てこない。
クルリと周囲を見渡すと、この広大な土地に住む人々を、自分が護ることになるのだ。
「ジィーンの剣の腕は戦闘向きじゃない。戦闘は俺達に任せろ。俺を信用しろとは言わねえ。だが、絶対に死なせねぇから。だから、お前は生き延びることだけを考えろ」
厳しい表情でキールはそう言った。
黙ったまま、リロとシェードは後ろで景色を眺めている。
今までに至る、自身の甘い考えを、反省せずにはいられなかった。
情けないを通り越して本当、大バカ野郎だ。
下を向き落ち込んでいると、キールは表情を和らげ、下界を見つめている。
「今夜はあの街で泊まるぞ。頑張って歩け」
そう言うと、キールは、麓の街を指差した。
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