28 希望である
妹と穂希さんが石を投げられたのに警察に取り合ってもらえなかった、というのはたいへん納得のいかないことだ。叔父さんも打ち合わせから帰ってきて、妹と穂希さんに説明されて不愉快そうな顔をしている。
「ダンジョン配信者も基本的人権を守られるべきだと思うけどねえ。当たりどころが悪ければガーゼ貼られるだけで済まないんだし」
叔父さんは手早く夕飯を支度した。もうすでに仕込まれて冷蔵庫で休んでいたカレーを温めてご飯にかける。例の牛スジの泳いでいるめちゃめちゃおいしいカレーだ。
「だいいちダンジョン配信者が発見してきたものから医療や環境保護や再生エネルギーといったものを支える技術が次々できているんだ。褒められこそすれ嫌われる理由がわからない」
「アカミチさんの件だって本当なら次の日に釈放されてもおかしくないはずなのに、なんで半月くらい収監して、家宅捜索だ配信者全員尿検査だ、ってなったんですかね。偏見そのものじゃないですか」
穂希さんが理路整然と憤っている。ぽてとは夕飯としてドッグフードを与えられてお腹いっぱいのネムネムになり、自分のベッドに転がってピヨピヨ寝ていた。
「おにーちゃん、なんとかなんないの?」
「とりあえず法務部が動いて、子供に見せるな条例作った秋田県を訴えるらしい。それから警察も相手にして訴えるって。でもそれきっと世の中には駄々っ子みたいに見えるんだろうなあ」
「難しいね……ダンジョンに潜り続けて証明するしかないね、ダンジョンがみんなのためになるって。穂希ちゃん、無理なら無理って言っていいんだよ」
「清花ちゃんだって骨折治ったばっかりじゃん。どうする? しばらく休んでアルバイトでもする?」
「元配信者ってバレたら雇ってもらえないんじゃないの?」
完全にお通夜テンションでみんなで落ち込む。その空気が伝わったのかぽてとがやおら起き上がり、「ほまれちゃん だっこ」とボタンを連打し始めた。これは最近ではすっかりぽてとの持ちネタになったのだった。
◇◇◇◇
法務部が動いた、という話題がオフィスの中を飛び交っていた。我々広報のやっているもろもろの公式アカウントへの誹謗中傷も情報開示請求が行われるらしく、みー先輩はすこし機嫌を直していた。
昼前くらいにパソコンが通知してきた。ビデオチャットのリマインダーだ。ビデオチャットを開くと、派手髪がすっかり地味な黒髪になってしまったアカミチさんがばんと映し出された。
すかさずえがそー先輩とみー先輩が俺の後ろに回る。
「お久しぶりです」
「……どもっす。やっぱ俺マズったのが悪かったんすかね? いまのこの世の中……」
「それを解消するために、なにが嬉しくて飲酒したのか教えて欲しいんです」
そんなに立派なことじゃねっす、とアカミチさんはちょっと訛って笑った。
「ダンジョン配信をバカにしてたって人から、ファンレターが届いたンスよ。いまどき紙で。病院で『椰子の実』歌ってる動画を観て、心が穏やかになった、って。それから俺の稼ぎと魔物の素材で、田舎のばあちゃんの曲がってた腰が治って……そんなもんすね」
「ながっち、この通話って録画してある?」
「もちろんです」
「……なしたんスか?」
「アカミチくん、アカミチくんは不当な扱いを受けて秋田の田舎に引っ込まざるを得なくなった。あーしらはアカミチくんを救いたい」
みー先輩が力強く言う。
「だから、さっきの……泥酔するほどうれしかったことを、SNSで公開したり、たとえばテレビの取材が来てアカミチくんやほかの配信者をこき下ろしたときとかにお出しして黙らせたいの。いいかな?」
「……おれなんかの話で、そんなことできるんすか?」
「できるよ。アカミチくんがダンジョンで頑張ってたのは、承認欲求とか乱暴な気持ちからじゃなくて、おばあちゃんの腰を治したかったからなんだよね? 確かまだ保険適用外で恐ろしいお金がかかるし素材も希少だよね? アカミチくんの優しさが、アカミチくんを救いうるとあーしは思う」
みー先輩、あまりにもカッコいい。しかし一人称が「あーし」なのはどうかと思う。
アカミチさんはへへへ、と照れくさそうに笑った。この人、ものすごく素朴な人だ。
「おれは……畑仕事とか田んぼの仕事もそんなに嫌いじゃなくて、というか東京からこっちに戻ったら、すごく楽しいことだって気づいて。でも、実家継ぎたいって言ったら、お前はダンジョンで稼げるんだからこんな田舎いなくていいって」
アカミチさんは穏やかに言う。
「それよりダンジョン学とやらを進展させてめちゃめちゃコメが穫れるようになる技術を見つけろって。おれはダンジョン学者じゃないから無理って言ったんだけど……おれ、ダンジョンに戻りたいっす」
「よしきた。いま法務部が警察相手にして、アカミチくんの長期間の勾留や家宅捜索は不適切だった、って認めさせるべく頑張ってるから。そう遠くないうちに戻って来れるようにするから……!」
アカミチさんにはダンジョンへの希望があった。それはお婆さんの腰を治そうという希望で、それが叶ったいまは田んぼを豊かに実らせる技術を見つける手伝いをするという希望である。
その希望を壊そうとしたのが、この国であり、警察であり、いまライヴダンジョン社公式や配信者のアカウントに誹謗中傷を投げつける連中なのだ。
希望を捨ててはいけない。しかしまだまだ、戦いは始まったばかりだった。(つづく)
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