7 でっかいため息
妹の「さやかチャンネル」は、ダンジョンを探索しつつ、リスナーのチャットとおしゃべりするという実に穏やかなチャンネルで、武技で魔物を圧倒! とか魔物の生態を研究! みたいな危ないことをしていなくてホッとしていた。
しかしダンジョン配信を観る人たちはスリルを求める人たちも少なからずいるようで、そういう人たちには妹の配信は刺激が薄いようだ。
妹がスライムやマッドフォックスを討伐する様子を、パソコンで多窓しながらボヤイターをいじる。きょうもえがそー先輩がすこぶるカッチョイイ写真を撮ってきてくれたので、それを「#きょうのダンジョンオフショット」としてポストする。今日は超強豪の武技系クランの人たちが、ファイアグリズリーをグーパン一撃でやっつけている画像だ。
最近ちょっとダンジョンに出る魔物に詳しくなった。妹からさんざん聞かされているからだ。妹はセンスがあるのでマッドフォックスくらいまでなら討伐できるらしい。
第一層は広いが出てくる魔物はさほど強くない。しかし配信界隈では「第一層に始まり第一層に終わる」と言われており、強豪クランも第一層に新発見がないか探索することもよくあるようだ。
妹にはダンジョン友達ができたようで、しょっちゅうその友達の話をしている。穂希という名前の同世代の女の子で、ダンジョン配信を始めたのもほぼ同じ時期。同期といっていいらしい。
しかし心配なのはその友達、穂希さんにいいように使われているのでは? と思ってしまう話をときどきしていることだ。お揃いの武器を持とう、と提案されてちょっと高い武器を無理して買ったり、ダンジョン探索終わりに一緒にコーヒー飲もうよとお高いカフェに行ったりしている。
身の丈というのが大事だと思うのだが、妹は「穂希ちゃんにガッカリされたくなくて」とよく言っている。ガッカリされたくなくて無理して付き合う友達は、果たして友達なのだろうか。
◇◇◇◇
さて、カロリー軒で腹ごしらえをし、午後の仕事に取り掛かる。
昼の「少年漫画みたい #きょうのダンジョンオフショット」は、いつも通りドンドコドンドコバズっている。もうバズるのにも慣れたしおまじないのやり方も覚えた。
『少年漫画は草』
『俺たちの戦いはこれからだ!!』
などのリプライが寄せられている。きょうは配信者のアンチからのリプライはほぼない。
それでもリプライが多くなって見づらくなってきたし、いつ気づかない悪口がくるかわからない。「我が家のかわいいワンちゃんを見ろ!」とおまじないをする。もう身バレしても構わない、くらいの境地であった。
最近はボヤイター以外の広報の仕事も少し任されているので、ダンジョン探索体験の印刷物の仕事や、今年冬に開催される「超ダンジョンフェス」の出し物募集の仕事もした。
きょうの仕事、おわり!!
ダッシュで駅! ダッシュで電車! ダッシュで帰宅!
……なにやら玄関が騒がしいな。
「ちょ、ぽてと! うれションはやめて!」
「キャンキャン! キャンキャン!」
「ワンちゃんかわいいー! そっかそっか嬉しかったんだあ」
「ただいまー……」
ドアを開けると嬉しそうにぴょんぴょんしていたぽてとが俺のほうを睨んで「ウー」と唸った。玄関には黄色い水たまりがあちこちできている。お客さんが嬉しくてうれションしてしまったようだ。
叔父さんが出てきて黄色い水たまりを片付ける。ぽてとは叔父さんが飼いたくて飼い始めた犬なので、散歩もご飯の用意も予防接種も出したものの始末もすべて叔父さんがやっている。手伝いたい、と言っても「これは私のエゴだからねえ」と断られてしまうのだった。
「清花、この人は?」
「穂希ちゃん! 明日一緒に配信するから計画立てつつうちに泊まってもらうことにした!」
「初めまして、小石浜穂希といいます。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
フレネミーかと思いきや思いのほかちゃんとしたお嬢さんだった。挨拶を返して、叔父さんの作った夕食を囲む。
きょうの夕飯は菜の花のペペロンチーノである。うまそうだ。ニンニクと唐辛子の刺激を味わい、菜の花のちょっと苦味のある風味を満喫する。
穂希さんと妹が代わりばんこに風呂に入り、穂希さんと俺と叔父さんが茶の間に残された。
「あの、もしかして、ライヴダンジョン社の公式ボヤイターって、お兄さんがやってたりします?」
「どうしてそう思われたんですか?」
「いえ……チワワの写真がよく上がってるので。血統書付きの犬は似ちゃうっていうから、違うかなって思ってたんですけど、玄関マットが同じだし、着せてる洋服と首輪も同じだし」
「ええ、その通りです……妹には内緒で」
「わかりました。ヒミツですね」
妹が風呂から上がってきた。配信と戦利品の収益でちょっといいパジャマを買ったらしい。穂希さんとホットミルクなんぞ飲みながら、妹は明日の配信の計画を立てていた。
◇◇◇◇
翌朝出社するとまだみー先輩もえがそー先輩も来ていなかった。
誰もいないオフィスでついに身バレしたという現実を噛み締める。でっかいため息が出る。
「どうしたんだい」
掃除のおばちゃんが話しかけてきたので、悩みを少しだけ話す。
掃除のおばちゃんはただただ悩みを聞いてくれて、「それは大変だねえ」と頷いてくれた。
「いまはその、妹さんのお友達を信じてあげるほかないんじゃないかい?」
「そうですねえ……すみません、愚痴なんかこぼして」
「いいんだよ。あんたは頑張ってる」
ちらりと、掃除のおばちゃんの名札を確認する。「山﨑弥生」とあった。(つづく)
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