ダンジョンの公式さん 〜ダンジョン事情をぜんぜん知らない男、ダンジョンの公式SNSの中の人になる〜
金澤流都
1 アスキーアートの顔
いま俺はたいへん悩んでいた。そりゃもう、毎晩うなされ仕事も手につかないレベルで悩んでいた。
なにに悩んでいるって、大学受験に見事に失敗した妹が、「ダンジョン配信者になる!!」と言って聞かないことに悩んでいる。
いやダンジョン配信者というのは一度衰退したこの国を再び先進国たらしめた先進的な素晴らしい仕事だからダンジョン配信者が悪いなんてPTAみたいなことは言いたくない。
事実ダンジョンからは次々と新しい科学的発見が相次ぎ、治療法がわからなかった病気の完全な治療方法が見つかり、また地球温暖化や海面上昇、氷河の流出なんていうものすげぇレベルの危機に対抗する策が生み出されている。それらは全て、ダンジョン配信者が発見したダンジョン内の生命体、魔物に由来するものだ。
しかし妹がそういう志を持っているようには見えない。なんというか平成の子供が漫画家に憧れたのとあまり変わらない気がするぞ。楽しそうだからやってみたいというのはよくないのではないか。
そういうわけで、家族会議がきょうも催されていた。俺たち兄妹の育ての親である叔父さんと、俺である長澤健斗、妹の長澤清花、チワワのぽてとが、ちゃぶ台の中央に置かれた鍋料理を睨みつつ睨み合っている。
「清花ちゃんがやりたいならやらせてあげればいいんじゃないのか?」
叔父さんは冷静にそんなことを言う。
「ダメですよ叔父さん。清花は『この国を救う!』とか息巻いてますけど、ホントのところは『楽しそうな仕事』だからやりたいんですよ。仕事は楽しいからやるものじゃないんですよ!?」
俺がそう反論すると妹はつんと口を尖らせた。
「お兄ちゃんさあ、自分の仕事が楽しくないからって、そういう言い方することないんじゃない?」
「そうだよ。私だって楽しいから小説家をやっているわけで」
叔父さんは本屋大賞を取ったこともあるものすげえ人気作家である。10代のうちにライトノベルの賞を取ってコツコツ書き続け、いまではすっかりベストセラー作家だ。
「そりゃ叔父さんの場合特殊な才能があるからできるわけで……」
「まるであたしにダンジョンの才能がないみたいに言うじゃん」
「あるのかよダンジョンの才能」
「キャンッ」
ぽてとが吠えた。鍋料理を食え、御相伴にあずからせろと言っているらしい。あずからせろって御相伴にあずかるヒトのセリフではなくないか。
「でもそれはダンジョンに入ってみないと分からないんじゃないのかい、健斗くん。一回だけ許してみたらどうだい?」
「……ううん……」
「だいじょぶだよ、毎日有名クランの動画観てるし、ダンジョンフォーカスも毎週観てるし、お兄ちゃんくらいなら投げ飛ばすよ」
確かに妹とガチの殴り合いの喧嘩をすれば間違いなく俺が負ける。しょうがなく思いながら俺が鍋料理を取り分ける。
その後家族全員難しい顔をして、いちどダンジョンに入ってみてうまく行きそうだったらチャレンジしてみよう、ということになった。
心配だ。ダンジョンに入る免許は国家資格だが原チャリレベルのペーパーテストで、アホの妹でも容易に突破できると思われる。つまり妹は確実にダンジョンに入れることになる。
というか毎日有名クランの配信にかじりついているから受験を見事にしくじったのではないか。
妹は中学生のころ、「戦国武将に生まれたかった」とよく愚痴っていた。気持ちは分からないでもないが、本能が闘争を求めるタイプの子供というのはいちばんダンジョンに入れてはいけないタイプではないのか。いや、18歳だから子供ではないけれど……。
鍋料理を家族3人と1匹もぐもぐする。我が家の鍋はぽてとも食べられるようにネギ類は入っていない。塩分控えめの出汁で煮て、セルフでポン酢やゴマだれをかける感じである。
ぽてとのぶんの取り皿によく煮えた豚肉を少し入れてやると、ぽてとはモグモグモグモグと小さな口で豚肉を咀嚼している。
そんな夕飯のあとスマホをチェックしていると、転職相談エージェントから連絡が来ていた。いま俺は市役所で社会の歯車として毎日ギリギリと回転している。あまりにもしんどいので転職相談エージェントに頼ってみた次第である。
まあ高卒のいち地方公務員にオファーをくれる会社なんてそうなかろう。そう思いながらメッセージを開くと、「ライヴダンジョン社からのオファーがあります」と書いてあった。
目玉が飛び出して、戻してゴシゴシして、また飛び出すアスキーアートの顔をした。
ら、ライヴダンジョン社?
国からダンジョン関係の仕事を一手に任されている、あのライヴダンジョン社?
ダンジョン用の武器防具の製造販売・ダンジョン動画配信サイトの運営・ダンジョンの情報発信・ダンジョン配信者のライセンス管理・ダンジョン戦利品の換金・ダンジョン学者への研究材料の提供……。そういったことをぜんぶやっているのがライヴダンジョン社である。
いったいなにが理由でオファーが来たのか。部署によるだろうが今以上の激務であることは察される。しかしこれはいまの仕事と違って「やりがいのある仕事」というやつではないだろうか? ダンジョンのことはあまり知らないものの。
妹が部屋で寝転がりスマホでダンジョン配信を視聴している間に、叔父さんに相談してみる。
「そうだ、健斗くんが清花ちゃんの味方になればいいじゃないか。インサイダーにならない程度に」
そういうわけで、俺は受かるとは思わないまま面接を受けてみることに決めた。そしてなんと見事に面接の現場で何の仕事を任されるか教えられないまま「明日から来てください」と言われ、俺は冴えない地方公務員から、今をときめく大企業、ライヴダンジョン社の中途採用社員になったのであった。(つづく)
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