墳墓
坑道の壁に
ヘッドランプの明かりを手元の坑道図に落とす。
間違いない、ここだ。周囲の地形も、元
――ここは墓所だ。自然に還ることを拒み、時を止めた場所。死んだ土地だ。
――正常な「気」の流れから隔絶されたこの地には、もはや時が流れることもない。
不穏な思考が頭にこびりつく。それを無理に振るいおとすと、
三十分ほど土砂と格闘していると、ふいに、シャベルの切っ先が反対側に突きぬける感覚があった。荒い息をつきながら掘り広げる。やがて土砂の向こうに、ぽっかりと口を開けた空洞が現れた。
堂馬は注意深く、穴の奥をのぞく。
中は真の闇だった。ヘッドランプの明かりが、どこまでも吸いこまれてゆく。
堂馬は大きく息をつくと、ゆっくりと立ちあがった。天井は決して高くないが、成人男性の体格でも頭がつかえることはない。見あげると、
あった。本当に、墓はここにあったのだ。
堂馬の推測が正しければ、この
だが堂馬にはこの墓の発見者として名乗り出るつもりも、文化財として保護するつもりもなかった。
彼がやろうとしているのは、もっと尊い行いだ。真の英雄にしかできない偉業。いますぐには理解されないかもしれない。それでもいずれはみな、堂馬が正しかったことを理解するはずだった。
方位を確認する。幸い、地下でもコンパスは正常に動作した。
見たところこの空間は方形をしており、四方の壁は、ほぼ正確に東西南北を向いている。
堂馬がくぐり抜けた穴は、西側の壁の南寄りの位置。すぐそばには南側の壁があるはずだが、これは土砂の浸食によって半ば埋もれてしまっている。注意深くヘッドランプで照らすと、かすかに石段の名残めいたものが見えた。元々は地上とこの空間とをつなぐ回廊――
堂馬は荒い息をつくと、北に向かって壁際を歩きだした。
左右を見回すたび、ヘッドランプの作り出す陰影がくるくると形を変える。まるで悪趣味な
厚く土砂が堆積した床面には、ところどころ土の盛り上がっている箇所が見受けられる。副葬品として置かれた土器の類だろうか。あるいは――
堂馬は小刻みにあえいだ。
息が苦しい。酸素マスクを持ってこなかったのは
物理的に外気と隔絶されているだけでなく、
それは堂馬の妄想にすぎないはずだったが、彼は今、自分の考えが正しかったことを肌で感じていた。死んだ『気』で満ちた墓所の空気は鉛のように重く、冷えきっていた。
視界の隅を、一段高く築かれた、祭壇めいた影がよぎった。黒々とした直方体のシルエットは、墳墓の
吸い寄せられそうになる視線を、意志の力で正面にねじ向ける。
一刻も早くすべきことを終えて、ここから出ることだけを考えた。
北側の壁面にたどりつく。
壁面を調べると、こびりついた土埃の下に、彫りこまれた文字や
元鉱山技師から聞いた話は正しかった。この石壁の向こうを、銅山経営者を長年にわたって苦しめた地下水脈が流れている。本来ならば東の
堂馬はさっそく作業に取りっかった。
ザックから取りだしたのは、樹脂製のフィルムにくるまれた円筒形の物体だ。
石壁の亀裂は手首が通るほど大きく、深い。堂馬はそこへ、持ちこんだ六本の含水爆薬を順に挿入していった。最後に信管をつないだ起爆用の爆薬――いわゆる「親ダイ」を差しこむと、湿った土で亀裂を完全にふさぐ。こうすることで、爆発の威力を損失なく石壁に伝えることができる。
見よう見真似の装薬作業を終えると、堂馬は親ダイから伸びる導爆線をたぐりながら立ちあがった。導爆線の先はザックの中の発破器につながっており、所定の手順を踏めばいつでも起爆が可能だ。
たった六本の爆薬に果たしてどれほどの威力があるのか、素人の堂馬にはわからない。だが、非合法な手段ではこれだけの数をそろえるのが精いっぱいだった。
とにかく、やるしかない。まずは穴の向こうまで導爆線を引いて――。
ごりり。
重たい音。堂馬は、弾かれたように背後を振りむいた。
祭壇の上の棺。そのシルエットが、先ほどとは違っている気がする。記憶の中で、棺の
元々早鐘を打っていた心臓がさらに勢いを増し、痛いほど強く脈打ちはじめる。
堂馬は視線を棺からもぎ離し、震える指で導爆線をたぐりにかかった。一刻も早く、この場を離れなくては。脂汗が止まらないのに、手足の末端はみるみる冷えきってゆく。
ごり。
ごりりり……ごとん。
堂馬はふたたび振りむいた。振りむかずにいることはできなかった。
今や棺の蓋は完全に落下し、祭壇の上に転がっている。
蓋は見るからに分厚く、重い。とても、自然にずり落ちるようには思えない。
ぼ。
ぼ。ぼ。ぼ。
暗闇に、次々と新たな光源が浮かんだ。揺らめくオレンジ色の炎。祭壇の四隅にしつらえられた、青銅製の
炎に照らされて、棺の全容が見てとれる。
今や堂馬の体はがたがたと震えていた。
説明のつかない事象が目の前で起きている。棺を見つめることは恐ろしかったが、かといって目をそらすこともできなかった。棺を凝視しながら、横歩きで一歩、また一歩と動きだす。まばたきをすることすら恐ろしいのに、額から流れおちる汗が容赦なく眼球を襲う。
西側の壁にたどりついたところで、堂馬の靴が小さなくぼみを踏みぬいた。
足をとられてつんのめる。すんでのところで体勢を立てなおし、あわてて視線を祭壇に戻すと、棺から半身を起こした人影がそこにあった。
燭台の光に浮かびあがった横顔は、ざらついた青緑の
堂馬の喉から、笛のような悲鳴がもれた。
矢も楯もたまらず走りだす。
西壁の穴まで数メートルというところで、堂馬の足首が後ろからつかまれた。今度は踏みとどまれず、顔から地面に倒れこむ。半身をひねって振りむくと、青銅製の仮面に覆われた顔がすぐ足元にあった。
透かし彫りの金冠。針金のような長い
顔だけでなく、それは全身が継ぎ目なく青銅に覆われていた。関節も接合部も何もない、
堂馬は絶叫した。一瞬で息を吐ききってしまったあとも、下腹は空気を吐きださせようと
太く重い銅の指が、その顔を正面からわしづかみにした。
洞戸堂馬は人生の最後に、自分の頬骨が握りつぶされるめりめりという音を聞いた。
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