墳墓

 坑道の壁に穿うがたれたその穴は、素人目しろうとめにも雑に埋めもどされていた。


 ヘッドランプの明かりを手元の坑道図に落とす。

 間違いない、ここだ。周囲の地形も、元鉱員こういんの老人から聞きとった体験談と完全に一致している。この場所が優に三十年以上、地の底に放置されていたことを考えると、それは驚くべきことだった。

 ――ここは墓所だ。自然に還ることを拒み、時を止めた場所。死んだ土地だ。

 ――正常な「気」の流れから隔絶されたこの地には、もはや時が流れることもない。

 不穏な思考が頭にこびりつく。それを無理に振るいおとすと、洞戸ほらど堂馬どうまは傍らのシャベルを取りあげた。


 三十分ほど土砂と格闘していると、ふいに、シャベルの切っ先が反対側に突きぬける感覚があった。荒い息をつきながら掘り広げる。やがて土砂の向こうに、ぽっかりと口を開けた空洞が現れた。


 堂馬は注意深く、穴の奥をのぞく。

 中は真の闇だった。ヘッドランプの明かりが、どこまでも吸いこまれてゆく。

 逡巡しゅんじゅんののち、堂馬は腹ばいになって穴をくぐった。中年を迎えてりだしてきた下腹をどうにかこうにか引きぬくと、かついできたザックを苦労して引きずりだす。

 堂馬は大きく息をつくと、ゆっくりと立ちあがった。天井は決して高くないが、成人男性の体格でも頭がつかえることはない。見あげると、氷柱つららのような石筍せきじゅんがいくつもぶらさがっている。体感だが、体育館ほどの広さはありそうだ。

 あった。本当に、墓はここにあったのだ。


 堂馬の推測が正しければ、この墳墓ふんぼが造られたのは一五〇〇年以上前ということになる。おそらくは天然の洞窟を利用したのだろうが、その時代にこれだけ広大な地下空間を確保していたこと自体、驚くべきことだ。秦の始皇帝やエジプトのファラオならまだしも、渡来系とはいえ日本のいち豪族がこれほどの大墳墓を築いていたというのは、歴史を揺るがす大発見と言っても過言ではない。

 だが堂馬にはこの墓の発見者として名乗り出るつもりも、文化財として保護するつもりもなかった。

 彼がやろうとしているのは、もっと尊い行いだ。真の英雄にしかできない偉業。いますぐには理解されないかもしれない。それでもいずれはみな、堂馬が正しかったことを理解するはずだった。


 方位を確認する。幸い、地下でもコンパスは正常に動作した。

 見たところこの空間は方形をしており、四方の壁は、ほぼ正確に東西南北を向いている。

 堂馬がくぐり抜けた穴は、西側の壁の南寄りの位置。すぐそばには南側の壁があるはずだが、これは土砂の浸食によって半ば埋もれてしまっている。注意深くヘッドランプで照らすと、かすかに石段の名残めいたものが見えた。元々は地上とこの空間とをつなぐ回廊――墓道ぼどうだったのだろう。本来の開口部は、長い時の中で文字どおりうずもれてしまった。三〇年前に偶然、端迦銅山はかどうざんの採掘作業員が壁を掘りぬいてしまわなければ、今も発見されないままだったに違いない。


 堂馬は荒い息をつくと、北に向かって壁際を歩きだした。

 左右を見回すたび、ヘッドランプの作り出す陰影がくるくると形を変える。まるで悪趣味な回転覗き絵ゾートロープだ。

 厚く土砂が堆積した床面には、ところどころ土の盛り上がっている箇所が見受けられる。副葬品として置かれた土器の類だろうか。あるいは――殉葬じゅんそうされた犠牲いけにえを埋めた跡かもしれない。牛馬、犬――そして人間。


 堂馬は小刻みにあえいだ。

 息が苦しい。酸素マスクを持ってこなかったのは迂闊うかつだった。

 よどんでいる。

 物理的に外気と隔絶されているだけでなく、龍穴りゅうけつの真上に建てられたこの墳墓は、周辺一帯の風水的な『気』を吸いあげ、無限に内へ溜めこむ装置と化していた。自然の中を循環するはずの『気』はここできとめられ、朽ちて、死んでいく。

 それは堂馬の妄想にすぎないはずだったが、彼は今、自分の考えが正しかったことを肌で感じていた。死んだ『気』で満ちた墓所の空気は鉛のように重く、冷えきっていた。


 視界の隅を、一段高く築かれた、祭壇めいた影がよぎった。黒々とした直方体のシルエットは、墳墓のあるじたる者の棺だろうか。

 吸い寄せられそうになる視線を、意志の力で正面にねじ向ける。

 一刻も早くすべきことを終えて、ここから出ることだけを考えた。


 北側の壁面にたどりつく。

 壁面を調べると、こびりついた土埃の下に、彫りこまれた文字や浮き彫りレリーフ凹凸おうとつがあるのがわかった。だが、堂馬が求めているのはそれではない。さらに注意深く石壁を観察していく。やがて、期待どおりのものが目に入った。経年によって生じた、石の亀裂――そこからわずかに、水がにじんでいる。

 元鉱山技師から聞いた話は正しかった。この石壁の向こうを、銅山経営者を長年にわたって苦しめた地下水脈が流れている。本来ならば東の斗村とむら川に流れこんでいたその流れを、他ならぬこの墳墓がきとめ、断ち切っているのだ。


 堂馬はさっそく作業に取りっかった。

 ザックから取りだしたのは、樹脂製のフィルムにくるまれた円筒形の物体だ。

 含水爆薬がんすいばくやく――現在、ダイナマイトに代わって一般的に用いられている工業爆薬である。安全性が高く、水中で起爆することも可能らしい。

 石壁の亀裂は手首が通るほど大きく、深い。堂馬はそこへ、持ちこんだ六本の含水爆薬を順に挿入していった。最後に信管をつないだ起爆用の爆薬――いわゆる「親ダイ」を差しこむと、湿った土で亀裂を完全にふさぐ。こうすることで、爆発の威力を損失なく石壁に伝えることができる。

 見よう見真似の装薬作業を終えると、堂馬は親ダイから伸びる導爆線をたぐりながら立ちあがった。導爆線の先はザックの中の発破器につながっており、所定の手順を踏めばいつでも起爆が可能だ。

 たった六本の爆薬に果たしてどれほどの威力があるのか、素人の堂馬にはわからない。だが、非合法な手段ではこれだけの数をそろえるのが精いっぱいだった。

 とにかく、やるしかない。まずは穴の向こうまで導爆線を引いて――。


 ごりり。


 重たい音。堂馬は、弾かれたように背後を振りむいた。

 祭壇の上の棺。そのシルエットが、先ほどとは違っている気がする。記憶の中で、棺のフタは隙間なくきっちりと閉じられていた。だが――今は――四分の一ほど横にずれているようには見えないか?


 元々早鐘を打っていた心臓がさらに勢いを増し、痛いほど強く脈打ちはじめる。

 堂馬は視線を棺からもぎ離し、震える指で導爆線をたぐりにかかった。一刻も早く、この場を離れなくては。脂汗が止まらないのに、手足の末端はみるみる冷えきってゆく。


 ごり。

 ごりりり……ごとん。


 堂馬はふたたび振りむいた。振りむかずにいることはできなかった。

 今や棺の蓋は完全に落下し、祭壇の上に転がっている。

 蓋は見るからに分厚く、重い。とても、自然にずり落ちるようには思えない。


 ぼ。

 ぼ。ぼ。ぼ。


 暗闇に、次々と新たな光源が浮かんだ。揺らめくオレンジ色の炎。祭壇の四隅にしつらえられた、青銅製の燭台しょくだいに灯がともったのだ。

 炎に照らされて、棺の全容が見てとれる。青錆あおさびにびっしりと覆われ、全体が青緑がかっている。木棺でも石棺でもない。銅器政策の技術を誇示するような、青銅の棺……。


 今や堂馬の体はがたがたと震えていた。

 説明のつかない事象が目の前で起きている。棺を見つめることは恐ろしかったが、かといって目をそらすこともできなかった。棺を凝視しながら、横歩きで一歩、また一歩と動きだす。まばたきをすることすら恐ろしいのに、額から流れおちる汗が容赦なく眼球を襲う。

 西側の壁にたどりついたところで、堂馬の靴が小さなくぼみを踏みぬいた。

 足をとられてつんのめる。すんでのところで体勢を立てなおし、あわてて視線を祭壇に戻すと、棺から半身を起こした人影がそこにあった。

 燭台の光に浮かびあがった横顔は、ざらついた青緑のさびに覆われている。


 堂馬の喉から、笛のような悲鳴がもれた。

 矢も楯もたまらず走りだす。

 西壁の穴まで数メートルというところで、堂馬の足首が後ろからつかまれた。今度は踏みとどまれず、顔から地面に倒れこむ。半身をひねって振りむくと、青銅製の仮面に覆われた顔がすぐ足元にあった。

 透かし彫りの金冠。針金のような長いひげ。落ちくぼんだ両目とぽっかり空いた口の中はひたすらに暗い。

 顔だけでなく、それは全身が継ぎ目なく青銅に覆われていた。関節も接合部も何もない、銅無垢どうむくのかたまりが動いている。

 胴をうねらせ・・・・・・、それは堂馬の上にのしかかってきた。動くたび、金属がひずんでこすれる不快な音が響く。

 堂馬は絶叫した。一瞬で息を吐ききってしまったあとも、下腹は空気を吐きださせようと痙攣けいれんを続ける。

 太く重い銅の指が、その顔を正面からわしづかみにした。

 洞戸堂馬は人生の最後に、自分の頬骨が握りつぶされるめりめりという音を聞いた。

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