第12話 天志教団
月光は二人を照らし続けた。告白の内容に似ず、マイの声は淡々としていた。サキはマイの手を握りしめ、尋ねた。
「聞いてもいいか? お母さんはなんていう宗教組織に属したんだ?」
「天志教団」
「天志教団? 最近、このアカデメイアにも進出してきたというカルト系の新興宗教か?」
「うん。でも、ホントは新興宗教じゃなくて、古代宗教の流れを汲む。最近、急速に大きくなって、教理も整理されたらしい」
「ふうん」
「宗教組織は課税されず、蓄財には好都合。離脱者や背反者には天罰が下るといって脅すから、いったん入り込むと抜け出せない。いいことがあれば天の恵みと説明される。母も自己暗示にかかっていたのだと思う。母の心の弱さだろうけれど、きっかけはわたしの身体の弱さと父の死――。母だけを責めるわけにはいかない」
「いったい、どんな宗教なんだ?」
「「月の男神」を最高神、「日の女神」を配偶神、「大地の女神」を娘神として信仰する。もとは、古くからカトマール西部の山岳地帯に存在した少数部族の土着宗教らしい。でも、五百年ほど前に教祖を名乗る人物が教義を定め、その弟子たちが教団を組織して、教会を作り始めたとか。その後いったん滅んだらしいけれど、五十年前に教祖の再来と呼ばれる人物が教義を整理し、いまの天志教団を再建したという。カトマールやミン国で急速に信者を増やしていて、いまや世界中に信者がいる」
「へええ」
「自然を尊重し、家族こそすべての秩序の源泉と唱えて、同性愛者やトランスジェンダーは自然にも家族秩序にも反するといって排除する。政治的にはかなり保守的。でも、自然保護や環境保護にも熱心でね。そこは今風。自然災害を予見したり、被害者救済に尽力したりするわけ。けれど、自然災害に見舞われるのは、不信心な人のせいだと脅すので、地域で「犯人探し」が始まってしまう。LGBTのひとたちは不信心の筆頭とされる。熱心な信者とそうでない人に、地域が分断されてしまう」
「巧妙だな。群集心理を逆手にとってるわけか……」
「うん」
「教祖とやらは独裁者なのか?」
「これも微妙。教祖は、たしかに絶対視されるけれど、その地位は世襲ではない。月の神が選ぶとされていて、何らかの選抜基準と選抜儀式があるらしい。教団内部には厳格なヒエラルヒーがあって、それを否定することも、批判することも許されない。いったん教団に入っても抜けることはできる。でも、それは平信徒に限られる。信仰が篤い者は地位が高くなっていくけど、そうなると抜け出せない。実際に抜けようとした人はいずれも行方知れずになっているとか」
「怖い組織だな……」
「そう。天志教団の教理が保守的なので、極右の政治集団と結びついているといううわさもある。教団のバックには何らかの強力な秘密組織があるみたい。その組織の名も、組織の姿もわからない。どんなに調べてもまったくわからなかった。けれども、最近ふっと思い出したことがある。あれはまだミン国にいたころ。わたしに結婚を勧めた相手について、母はこう言った。教団幹部だから、きっと〈天明会〉の一員だろうって」
「〈天明会〉?」
「うん。それがきっと秘密組織の呼び名じゃないかな。正式名称はわからないけれど。その組織の力が宗教を超えているのは確か。わたしの論文データを盗み、他の研究者に渡して、その研究者を守るだけの力を学術界でもつほどにね。わたしの論文も専門誌に載ったものだし、名前も変えていたから、ふつうなら母が気づくはずはない。なのに母はすぐに気づいた。これも誰かが母に伝えたのだろうと思う」
「じゃ、ずっと監視されてきたわけか?」
「そうだと思う。迷惑がかかると思って、あなたにも近づかなかった。研究はインターネットから切断したパソコンを使って行うし、スマホにも学校とあなたの連絡先以外は残していない。メールもSMSも電話も使わない。すべて一人でやるつもりだった。でも、あなたが古代文化同好会の副顧問になってくれて、とてもうれしかった。あなたは信頼できる」
「そんなこと言われたの、はじめてだな。どうしてそう思う?」
「わたしには見える。異能の〈気〉が……。あなたは普段は隠しているけれど、ごくたまにとても強い〈気〉が一瞬スッと立ち上る。あなたが本気で怒ったときかな。あなたの〈気〉はまっすぐで、きれいな色をしていて、陰りがない。だから、強く、ウソをつかないはずだと思った。あなたを巻き込みたくはなかった。でも、あなたしかいない。わたしには無理だけれど、あなたならできる。わたしに何かあったら、あなたに託したい。あの女子生徒を守ってほしい」
「守る?」
「うん。あの子は、自分でも気づいていないけど、きっと何らかの異能を持っている。ふだんは〈気〉のかけらもない。でも、ルナ遺跡で一度強烈な〈気〉を感じた。あなたも一緒にいたときのこと。あの子の表情が一瞬変わった」
「あの時か。……覚えている。わたしも一瞬驚いた。だが、それが強烈な〈気〉の現れというのか?」
「そう。ほんの一瞬だけど、あの子の目が朱い色を帯びて、神々しいほどに美しい表情をした。そのときは、夕陽が瞳に映ったのだろうと思った。でも、気になって調べ直したら、ルナ神話にこういう一節があった。「月の神は、白銀の髪、緋色の瞳を持ち、地上に舞い降りる」」
「あのリクが「月の神」だと?」
「まだわからない。でも、「月の神」に何らかの関わりをもつのかもしれない」
「伝説の〈月の一族〉かもしれないということだな?」
「うん。天志教団のヒエラルヒーで試される力は、どうやら〈月の一族〉がもつ異能みたい。天志教団は、宗教組織の名を借りて、〈月の一族〉を探し出し、集めようとしているんじゃないかな」
「碧海リクが狙われるかもしれないってことか……?」
「そう。……でも、リクは普段はまったく〈気〉を発していないから、いまはだれも気付いていないはず。でも、もし神殿遺跡でわたしが感じた〈気〉がわたしの錯覚じゃなく、本物の〈気〉だとすれば、天志教団は何としてもリクを欲しがるはず。あの組織にとらわれたら、リクは何もかも失う。わたしの母のように。……それどころか、リクの力が利用されて、恐ろしいことが起こるかもしれない」
「恐ろしいこと?」
「〈月の一族〉は、天の気を操る力を持つ。天変地異を引き起こし、世界を破滅させることすらできる。ルナ神話に、破壊と再生の物語がある。一種の終末神話。天志教団が何を目指しているのかはわからないけれど、終末に向けた「救済」を語って、「人の選別」を行っているのは確かだと思う」
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