第4話 ルナの石板

 オンボロの病室だけれど、朝の明るい日差しにかげりはない。今日もまもなくリトが来るはずだ。

(アカデメイアっていったい何?)

 風子は、だるそうに、昨日リトが持ってきたパンフレットを開いた。もちろん日本語版――。二十頁ほどの冊子で、高品質のカラー図版が鮮やかだ。

 とたんに風子の目が輝いた。


 冒頭に大写しになっていたのは、アカデメイア大学附属博物館。古代ウル帝国の図書館に起源をもつという世界有数の博物館で、古代学研究の世界的拠点でもある。

ページをる風子の目が驚きに変わった。

(うそおお。こんなのがあるわけ?)

 博物館が所蔵するウル古文書の写真が載っていたからだ。世界で数点しか発見されていないルナ石板の写真もある。


 まだらな記憶の中で、曾祖母たる大ばあちゃんの言葉が蘇る。大ばあちゃんは、何度もルナやウルの神々の物語を聞かせてくれた。


 大昔、天からあるところに神々が降り立った。ルナの神々じゃ。

 ルナの神々は、大海たいかい混沌こんとんの中から山をつくり、谷を削り、川を流し、平野を産みだした。そのあと、すべての生き物を創ったんじゃ。もちろん、ひとも創った。ルナの主神、月の神の涙からひとは産まれたという。

 国生くにうみをした神々は、すらりとしたお姿で、銀色の長い髪をもち、それはそれはきれいなお顔じゃったという。男でもない。女でもない。不老不死の神々には、お子を生み出す必要はなかったからの。

 ルナの神々が住むのは、緋月の村。飢えも病も死すらない楽園じゃ。じゃが、どこにあるかはわからぬ。天上か、地下か――いずれにせよ、ひとがたどり着ける村ではないという。

 ルナの神々は、ルナの民を生み出した。ルナの民は、ルナの神々に仕え、自然のことわりに背かずに限りある命を生きる者たちじゃ。彼らが作った小さな国が、ルナの国じゃ。ルナの神々に祈るために、人びとはあちこちに神殿を建てた。山が崩れぬよう、川があふれぬよう、雨が降るよう、作物が実るよう、病気が治るよう、そして、生きる世界も死後の世界も苦しまぬよう……。いろいろな願いを込めて祈ったという。

 だがのう、人間というものは勝手な生き物じゃ。非力ひりきで、神々に頼らざるをえなかったときは、せっせと祈り、折に触れて奉納ほうのうし、毎年、神々を寿ことほぐ祭りを行った。じゃが、いつしか、人間は、自然を支配したかのように思い上がってしもうたか。

 ルナの神々は、あらぶる自然の化身けしん。人びとがルナの神々を忘れていくとともに、ルナの神々も人びとを見捨てた。ルナの国の神殿は川に飲み込まれ、山津波やまつなみに押しつぶされ、すべてが土の下に沈んだという。ルナの民も死に絶えた。

 豊かなルナの国を荒れ果てた野に変えてしもうたのは、ルナの民じゃ。ルナの国は遠い昔の小さな国。じゃから、ずっと実在しないと思われてきた。ところが、百年ほど前にルナの大神殿が見つかっての。十年ほど前にはルナの石板も見つかった。今では、ルナの国はルナ古王国と呼ばれておるそうじゃ。

 風子よ。おまえの母さんは、ルナ古王国の石板を発見した一人での。その後もずっとルナ古王国のことを調べておる。じゃからな、風子。寂しゅうても我慢するんじゃぞ。このわしがついておる。わしゃ、死んでもおまえを見守り続けるぞ。


 その顔を覚えてもいない母。大ばあちゃんの語りの中でのみ知ることができた母。

アカデメイア博物館のルナ石板は、きっと母――「お母さん」と呼ぶのすら遠い人――が見つけたものの一つなのだろう。

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