第3話 仕込みは上々
両親に婚約解消を願い出た翌朝。教室に入ったセリアはカインツを素通りすると、奥に座る王太子に話し掛けた。
王妃の子であるデイツ王子は、アビゲイル王女とは異母兄妹だ。
生まれ月でデイツの方が長子として扱われているが、二人は同い年である。
このデイツであるが、異母妹との仲はすこぶる良い。俗にシスコンと呼ばれる部類だ。
「いまさら王女~」でアビゲイルがカインツに嫁げたのは、頼りない父王を退けて若き国王となったデイツが、妹が好いた相手と一緒になれるよう叙爵したからである。
アビゲイルがヒロインの物語では、セリアは悪役としては雑魚にすぎない。メインの悪役として立ちはだかったのは、なさぬ仲の王妃であった。
王妃の企みによって離宮に追いやられ、冷遇されていたアビゲイルは、こっそり抜け出した先で異母兄に遭遇する。
そして初対面で兄の心の氷を溶かして、彼を味方にする。
半分だけど血が繋がっている、だから結ばれることはないとわかっていても……と、カインツと双璧をなすサブヒーローの役目を担っていたのがデイツだ。
側室の不貞が事実無根だったと証明されても、王妃の権力は揺らがなかった。
アビゲイルを潰そうとする実母から愛しい異母妹を守るため、デイツは王となり王妃の権力を削ぐのだ。
「王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「……ここは学び舎だ。かしこまった礼は必要ない」
王族に対する正式な作法で挨拶するセリアを、デイツは笑顔で窘めた。
「では遠慮は無用と?」
「教室内では私も君も等しく生徒だ。常識的な範囲であればかまわない」
「ではお言葉に甘えまして。生まれてから一度も心から笑ったことのない王子様。クラスメイトとして、あなたが本当の意味で笑顔になれる日が来るようお祈り申し上げます」
「なに――?」
「そして『私があなたを笑顔にします!』みたいな、ありふれた口説き文句を口にする女に絆されることのないよう願っております」
いつも柔らかな笑みを浮かべているデイツだが、それは作り笑いだ。
初対面で彼の笑みが偽りであることに気づいたアビゲイルは、先ほどセリアが言ったのと同じ宣言をする。
デイツがアビゲイルに陥落したエピソードを、セリアはなんてことの無いように口にした。
「急に失礼じゃないか。君に何がわかる」
「いえ。私だけじゃなく、皆わかっておりますよ。お立場を慮って口にしないだけです。ですが先ほど無礼講と仰ったので、周囲を代表して言わせていただきました」
「みんな、だと……?」
「ええ。交流の浅い私ですら簡単にわかるくらいですから、近しい方は殿下の心情を思いやるあまり口にできなかったのでしょうね」
アビゲイルだけがデイツを理解しているのではない。
彼女は特別なんかじゃない。
むしろ周囲がデイツを気遣って指摘しなかったことを、無神経に口にしただけだ。
アビゲイルとカインツは繋がっている。王女に肩入れした王太子に、敵にまわられたら厄介だ。
セリアは、王太子の妹に対する印象を操作した。
*
「お前の言ったとおり、婚約解消は突っぱねられてしまったよ」
「それは残念です。素直に解消するのがお互いにとって最善でしたのに、拒否するなら仕方ありませんね」
マンガでは「今まで支援した分は返金を求めない」というのを条件に交渉して失敗した。
なので今度は「新しい事業を始めるので援助を半分に減らす。これは決定であり、不満があるなら婚約解消してもらってかまわない」と強気に出た。
豊かな子爵領だが、災害などなにが起こるかわからない。援助することは記されているが、その額については契約書に明示していない。
これには侯爵といえど子爵の決定を契約違反に問うことはできない。
「先方は半額でもかまわないと?」
「新事業が成功すればうちの収入が増える。だから反対しなかったのだろう。軌道に乗るまでの辛抱だと考えているに違いない」
「まあ、それはそれは。そんなに短期間で軌道に乗ると思っているなら、楽観視しすぎではありませんか?」
「いいや、結婚までの辛抱だとすれば二年もない。カインツ君が子爵家の財政に関わるようになれば、我が領を手に入れることができるとでも思っているのだろう」
「それはお家の乗っ取りではないですか。婿養子が入り婿先を簡単に掌握できると思っているなんて驚きですわ」
「子爵家相手なら、侯爵家の威光でどうにでもなると考えているのだろう。それに以前のお前なら、カインツ君を立てようとしただろうからな。ええと、お前の方はどうなんだ? その、学院の方は……」
お年頃の娘に踏み込んだ話をしづらいのか、子爵は言葉を濁した。
「ご安心を。カインツ様とは距離を置き、勉学に集中しております」
――喪女で社畜のエリナ。
交際経験が無い。それどころか異性との接触が最低限だったのを喪女とするなら、衣梨奈もそうだ。
なにせ幼い頃に芸能界に放り込まれ、事務所との契約で異性関係は厳しく制限されていたのだから。
それに社畜というのも間違いはない。休みなんてあってないようなものだった。
映画、ドラマ、CM撮影、バラエティ番組、雑誌の撮影……
肉体の限界に挑むようなスケジュールを組まれて「今が正念場」「売れている間に稼がないと」などと言われて、何年も過ごしてきた。
「自慢ではありませんが、短時間で本を読むのも暗記も得意ですの」
それに立ち回りもね――。
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