お言葉通り「買って」あげましたわ

第1話 始まりは胸くそパートから

「僕は両親に売られ、君の家に金で買われた。だが心まで自由にできると思うなよ。決して君に屈したりしない。愛するなんてもってのほかだ」


 冷徹な瞳、憎々しげな声。


「っ――!」


 胸を抉るような言葉を真正面からぶつけられ、セリアはよろめいた。


「逃げられるのなら逃げたいくらいだ。だがこれも貴族の家に生まれた者の務めだから受けいれる」

「カ、カインツ様……」


 裕福な子爵家と、斜陽の侯爵家。

 セリアとカインツは婚約関係にあったが、二人を結びつけていたのは恋慕ではなく子爵家の潤沢な資金だった。


「いずれ僕は君と結婚する。僕の意思とは関係なく。だから言いがかりをつけて束縛しようとしたり、周囲に迷惑をかけるのは止めてくれないか」

「めい、……わく……」

「ああ、そうだ。授業で僕とパートナーになりたいだとか、昼食を一緒に食べたいだとか、あまつさえ僕の交友関係に口出ししてくるなんて。すべて迷惑極まりない」


 呆然と呟くセリアを、カインツは睨みつけた。


「でも、それは……」


 たしかにセリアはそれらの行為を強固に要求した。

 感情が高ぶるあまり攻撃的な物言いになったり、皮肉を織り交ぜてしまったのは反省している。

 でもそれは、そこまでしなければどれも叶わなかったからだ。

 セリアが動かなければ、カインツから彼女を誘うことはないと言い切れる。


 幼少期に婚約して早十年。

 婚約者に一目惚れした少女は、最初はこんな素敵な人と結婚できるなんてと喜びで胸がいっぱいだった。

 だがあまりにも素っ気なく、それどころか彼女から声をかける度に嫌そうな顔をされて、期待は年々すり減っていった。


 侯爵家が資金援助を受けるための縁談。それがカインツの矜持を傷つけていたのは理解していた。

 親に売られたように感じるのも致し方ないだろう。

 だからセリアは、カインツ個人を愛しているのだと伝えてきた。

 しかしカインツからすれば「自分を買った」女が何を言っても、心に響くどころか不愉快でしかなかった。


 お互いに一介の学生なのだから、特別扱いを要求するのはどうか。

 学生でいられるのはわずかな時間だからこそ、他の生徒との交流を優先すべきだ。

 そんなもっともらしいことを言って、彼はセリアを遠ざけた。


 廊下ですれ違っても気付かぬふりをされたときの胸の痛み。

 目の前で女性と親しげに歓談されたときの屈辱。

 セリアが同じ教室にいるというのに、男友達に婚約者の愚痴を零されたときには、体が震えて目の奥が熱くなった。


 特にここ一年間は地獄だった。

 離宮に閉じ込められて生活していた悲劇の王女――アビゲイルが、晴れて王族として認められて学院に通うようになったからだ。

 王女の世話役として選ばれたのがカインツ。高位貴族家の人間で、異性であるが婚約者がいるので王女の醜聞にならない。そんな理由だった。


 だが実際は名ばかりの婚約者を差し置いて、カインツは時間の許す限りアビゲイルの側に侍った。

 そしてアビゲイルもそれを笑顔で受けいれた。

 まるで恋人のような距離感で笑い合う二人。

 他の生徒と積極的に交流を、なんて言いつつ二人は毎日一緒にランチをした。

 朝はわざわざ王宮まで馬車で迎えに行き、帰りは送る。兄王子も通学しているにも関わらずだ。

 休日に会っていたという話もちらほら聞いた。



 亡くなった側室の娘で、長年王族として認められていなかったアビゲイルには、年頃だが婚約者がいない。

 こんなにカインツと親密にしていては、今後の縁談に差し障りがあるにも関わらず、国王が注意しないものだから誰も止めることができない。

 王妃の策略でアビゲイルが不義の子だと思い込んでいた国王は、新たに開発された魔法で側室の潔白が証明されてからは王女に激甘だった。

 そこには罪滅ぼしも含まれており、アビゲイルの望みであればなんであろうと叶えようとする。

 他でもないアビゲイルが、カインツと今の関係でいることを望んでいる。

 対象であるカインツだって、嫌がるどころか喜んでいる。

 唯一二人の関係に反対できるのが婚約者のセリアだった。

 王族であるアビゲイルの行動をどうこうすることはできないが、カインツ個人に物申すことはできる。


 もはや恋心はずたぼろだったが、かろうじて残っていた矜持をかき集めてセリアは婚約者に直談判することにした。

 店に呼び出しても、嘘を並べてすっぽかすのは目に見えている。

 だから授業終わりに他の生徒の前で、空き教室に呼び出した。

 ここまでしないと話ひとつ満足にできない。

 クラスメイト以下の扱いをされる自分が惨めだった。

「お願いだから結婚するまでは構わないでくれ。残りの人生は君に付き合ってやるんだから、ひとときの自由くらい許してくれ。それすら許せないほど心の狭い女なのか」


 セリアの手を振り払い、カインツは教室を出て行った。

 ふらついた彼女は黒板に頭をぶつけ――


「あー、そういうこと?」


 静かな教室でセリアはひとりごちた。


(はいはい、たしかに私の名前は『エリナ』です。それに『喪女』で『社畜』だっけ? まあ、そう言えなくもないわね)


 前世の記憶が蘇った――と言っていいのだろうか。

 初めてそのマンガを読んだときには「へー。名前同じじゃん。あっちはカタカナで、こっちは衣梨奈かんじだけど」と思ったが、まさか自分が物語に組み込まれるとは思わなかった。


(ヒロインの設定がまんまだから、これは作中にあった『原作』じゃなくて私が読んでたマンガの世界で間違いなさそうね)


 今しがた婚約者に酷い扱いをされたセリア(エリナ)は、この世界のヒロインである。

 衣梨奈が仕事の待ち時間に読んでいた縦コミ「不誠実な婚約者なんていりません、愛され王女様にさしあげます!」はジャンルとしては悪役令嬢転生ものだ。

 さきほどの二人の会話は、第1話の冒頭で間違いない。



 ある日、頭をぶつけた拍子にセリアは、日本人・エリナとして生きた前世の記憶を取り戻す。

 そしてここが「いまさら王女と言われても~離宮から出たら溺愛が待っていました~」の世界であり、自分は悪役令嬢だと気づく。


「いまさら王女~」は王女アビゲイルがヒロイン、嫉妬深い婚約者を持つカインツがヒーローの小説だ。

 カインツの婚約者であるセリアは、二人の仲を裂こうと奮闘するが、適度な障害物化したおかげで二人はどんどん絆を深めてしまう。

 エスカレートしたセリアが常軌を逸した行為をするようになり、周囲も「あれでは愛想を尽かされて当然だ」とセリアの方を鼻白むようになる。

 最終的に爵位を得たカインツはセリアと婚約破棄して、アビゲイルと結婚。

 捨てられたセリアは社交界で立場を失い、心も病んで領地で療養。ひっそりと息を引き取って終わる。


 そんな未来、認められるか!

 十六歳のお嬢様ならまだしも、こちとら喪女の社畜として社会人していた経験がある。

 この先になにが起きるかも知ってるし、あんな男とはさっさと縁を切るに限る!

 セリアの前では可哀想なボクちんムーブかまして、王女とはキャッキャウフフの恋人ごっことかクソくらえ!


 原作の知識があるセリア(エリナ)は悪役令嬢の座からおりるべく、婚約解消に向けて行動する――というのがマンガのあらすじだ。

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