最弱テイマーと呼ばれた俺が、契約したのは史上最強(?)のポンコツでした

月影 朔

第1話 最弱テイマー、史上最強(?)のポンコツを召喚する

 ――どうして、俺の従魔がこんなことになったんだ?


 目の前にいるのは、全長5メートルはあろうかという、巨大な虹色の物体だ。プルプルとゼリーのように全身を小刻みに波打たせながら、奇妙な光沢を放っている。まるで巨大な宝石が生きているかのようだ。


 いや、違う。よく見ろ。これは宝石じゃない。

 ナマコだ。どう見ても、デカい虹色のナマコにしか見えない。


 対するのは、ライナス・フォード。この大陸でも名の知れた魔法学園に通っている、万年落ちこぼれである。左手には魔力を込めるための水晶を握りしめ、右手は宙ぶらりんになっている。テイマーは己の才能と適性をもって魔物を召喚するのだから、武器など持たない。


 今いるのは、学園の広大な召喚術実習室だ。床に描かれた巨大な魔法陣の中心に、俺と、そしてこの規格外サイズの虹色ナマコがいる。およそ日常ではあり得ない、というか俺の人生で最悪の状況に陥っていた。


 今にも体積が変わりそうに、ナマコは全身を揺蕩わせる。


 なんでこうなった……ライナスは、あまりのシュールな光景に絶望を通り越し、乾いた笑いを漏らしそうになりながら、目の前の従魔を凝視した。卒業がかかった最後の試験で、召喚したのが巨大ナマコとは。


 遡ること数十分前――


 キン、と甲高い音と共に、巨大な水晶板に生徒の名前と適性が刻まれる。


『――素晴らしい! ジェラルド君、契約適性S! 召喚されたのは灼熱を纏う炎狼(フレアウルフ)! 未来の英雄だ!』

『うわあああ! すごい!』

『さすがジェラルド様! 強そう!』


 実習室に響き渡る、割れんばかりの歓声と拍手。学友たちの祝福の輪の中心には、燃え盛る炎の毛皮をなびかせる、精悍な姿の狼型魔物を従えたジェラルドが誇らしげに立っていた。彼は学園でも常にトップを走る天才だ。その彼が、その実力にふさわしい強靭な従魔を召喚したことに、誰もが納得し、羨望の眼差しを向けている。


 テイマー学科。それは魔物を召喚し、共に戦う力を学ぶ学科だ。魔物を使役する適性である「契約適性」は、残念ながら生まれつきのもので、努力でどうにかなるものではないと言われている。そして、その適性が低い者は、どれだけ血反吐を吐くような努力をしても、まともな魔物を召喚することすら難しい。


 ライナス・フォードは、その「適性が低い者」の、代表例だった。


 学園に入学して二年。基礎魔法すらまともに扱えない俺が、よりにもよって最も苦手とする召喚術を専門とする学科を選んだのは、完全に両親の期待に応えようとした結果だ。親に無理を言って学費を出してもらった手前、今さら辞めるわけにもいかず、ただひたすら地味で効果の薄い訓練を重ねてきた。


 だが、結果は変わらない。過去の召喚実習で召喚できたのは、魔力の形すら保てない「魔力のカス」や、一瞬で消滅する「幽霊ミミズ」といった、魔物と呼ぶのもおこがましい、文字通りのガラクタばかりだ。


 そして今日、卒業がかかった最後の召喚試験。ここでまともな従魔を召喚できなければ、俺は学園から放逐されることになる。両親に合わせる顔がない。


「次! ライナス・フォード!」


 担任のゴードン先生の声が響く。ジェラルドたちの喝采とは裏腹に、俺の名前が呼ばれた瞬間に実習室はシンと静まり返った。いや、静寂というよりは、どこか空気が冷たい。期待されていない、というより、むしろ嘲笑を堪えているかのような雰囲気が肌を刺す。視線が痛い。憐れみ、冷笑、そして無関心。様々な感情が、俺に向けられているのが痛いほど分かる。


 緊張と、どうせ失敗するだろうという強い諦めを胸に、俺は魔法陣の中心へと、重い足を引きずって進んだ。深呼吸を一つ。震える指先で、魔力を込めるための水晶を、今にも砕けそうなほど強く握りしめる。

「願わくば……我が魂と響き合う存在よ……この地に顕現せんことを!」


 掠れた声で召喚呪文を唱える。足元の魔法陣が、淡い光を放ち始めた。いつもなら詠唱が終わるか終わらないかのうちに萎んでしまう光が、今日は違う。ユラユラと揺らめきながら、徐々に輝きを増していく。


 あれ……? いつもと、全く違う反応だ…?


 胸の奥に、微かな、しかし確かに熱い期待の炎が灯る。もしかしたら、もしかしたら今日こそ、何かが起こるのかもしれない! 努力は無駄じゃない、奇跡だって起こるんだ!


 魔法陣の光はみるみる強くなり、白く眩い閃光となって実習室全体を包み込んだ。ゴーッという地鳴りのような轟音と共に強風が巻き起こり、天井の装飾がカタカタと音を立てる。これは、強力な魔物が召喚される際の前触れだ! 経験したことはないが、書物で読んだ通りだ!


 学友たちの間に、どよめきが起こる。ジェラルドも、先ほどの得意げな顔から一転、目を見開いて魔法陣を見つめている。ゴードン先生も、顎が外れそうなほど口を開けて立ち尽くしている。


 光が収まり、魔法陣の中心に姿を現した存在に、俺は息を呑んだ。


 巨大だ。想像を遥かに超える大きさだ。そして、全身から放たれるのは、圧倒的な威圧感と、荘厳さを感じさせる、神々しいとすら思えるオーラ。輝く虹色に包まれたその姿は、まるで世界の理そのものが形になったかのような、とんでもない存在に見えた。


 学友たちのどよめきは、完全に驚愕と、そして尊敬の叫びに変わる。

『な、なんだあれは!? 信じられない…!』

『見たことがない…! まさか、ライナスがこんなものを…!?』

『あれが従魔…? マジかよ…!』


 俺自身も、その場にへたり込みそうになるのを必死で耐えた。この俺が、あのライナスが、こんなにも圧倒的な存在を召喚できたのか!? 契約適性ゼロなんて、絶対に何かの間違いだったんだ! 俺には、とてつもない才能が隠されていたんだ!


 全身を歓喜が駆け巡る。これで卒業できる! いや、それどころじゃない! 落ちこぼれと呼ばれた日々は今日で終わりだ! これから俺は、学園の頂点を、いや世界の頂点を目指せるかもしれない!


 興奮冷めやらぬ中、俺は召喚された従魔に、震える声で呼びかけた。

「き、君が、俺の従魔なのか…!? 俺と契約してくれたんだな! ありがとう! 名前は…?」


 しかし、従魔は何も答えない。ただ、プルン、プルンと奇妙に体を波打たせているだけだ。そして、その巨大な姿を改めて、冷静に見つめた時――いや、冷静になんてなれないが、現実を認識せざるを得なかった時、俺はあまりのことに頭が真っ白になった。


 虹色に輝き、神々しいオーラを放っているように見えたその姿は、確かに巨大だ。しかし、どこにも角も爪も、翼も、強そうに見える部位が一切ない。ツルツルとした表面で、節のようなものもなく、ただひたすら長い筒状になっている。よく見れば、片方の端に微かにへこんだ部分があり、そこが口なのかもしれないが、目のようなものは全く見当たらない。


 そして、その動きは、勇壮な魔物とは程遠い、ひたすら緩慢で、力の抜けたものだった。魔法陣の上に、巨大な虹色ナマコが、だらしなく転がっている。それ以外の何物でもない。


 俺の渾身の召喚で現れたのは、史上最強に見えるオーラを放つ、巨大な虹色ナマコだったのだ。


 学友たちの興奮と驚愕は、完全に固まった沈黙に変わり、やがて、耐えきれないといったように、吹き出すような嘲笑が漏れ始めた。一人、また一人と、笑い声が広がる。


「え、なに…? ナマコ? なんで?」

「しかも、全然動かねえじゃん! マジかよ!」

「プッ、プププ…! 期待させといて、まさかのナマコ! ライナス、お前やっぱり最高だよ!」

「最弱テイマーが召喚したのが、史上最強(笑)のナマコってか!」


 ゴードン先生も、顔を覆い、肩を震わせている。笑っているのか、それとも呆れているのか。おそらく両方だろう。


 俺は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。渾身の召喚で、とんでもない存在が現れたと思った束の間、その正体は巨大ナマコ。しかも、何の反応も示さず、ただそこで鈍く光りながらプルプル震えているだけだ。たまに、大きく波打って体の向きを変える。その度に、ブシュッ、とか、プルルン、とか、変な音が響く。


 これでは、卒業なんて絶対に不可能だ。戦闘なんてできるわけがない。指示も聞かない。ただデカくて、シュールで、そして絶望的に役立たずのナマコだ。


 せっかく掴みかけた希望の光が、あっという間に粉々に砕け散った。歓喜は絶望に変わり、その絶望は、あまりにも現実離れした状況に、ただただ困惑へと変わっていく。


 どうして、俺の従魔がこんなナマコなんだ……。

 こんなナマコで、俺はこれからどうすればいいんだ……。


 巨大な虹色ナマコは、そんな俺の絶望と困惑など知る由もなく、ただ静かに、魔法陣の上に転がって、ぷるん、ぷるんと体を波打たせ続けていた。

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