第8話

ハルモ村での日々は、アシュパルの心に新しい色を加えていた。離宮の静寂とは違う、子供たちの賑やかな声、土の匂い、森のざわめき。それらは皆、彼にとって新鮮で、生きていることの実感を伴っていた。ミルンという得難い友人もできた。彼に連れられて、アシュパルは村の子供たちの遊びにも、少しずつだが溶け込めるようになっていた。



その日も、アシュパルはミルンたちと連れ立って、村の近くを流れる川へ来ていた。初夏の陽射しは強いが、川の水はひんやりと心地よく、子供たちにとっては格好の遊び場だ。

「アシュパル、こっちだ! 浅いけど、たまにでかい魚が隠れてるんだぜ!」

ミルンが手招きする。彼はもうすっかり水に浸かり、小さな魚影を追って川底の石をひっくり返していた。他の子供たちも、思い思いに水しぶきをあげたり、川岸の草むらで何かを探したりしている。


アシュパルも、ためらいがちに水に入った。最初は冷たさに驚いたが、すぐに慣れ、むしろその清涼感が気持ちいい。彼はミルンのように魚を追うのは苦手だったが、水面にキラキラと反射する光を眺めたり、流れに足を任せたりするだけでも楽しかった。

しばらくそうして遊んでいた時だった。


アシュパルが、ふと流れの少し淀んだ、深みのある場所に目をやった。太陽の光が水底まで届き、小石の一つ一つがはっきりと見える。その、水が揺らめき、光が屈折する奥に、彼は信じられないものを見た。

魚…いや、魚ではない。

半透明の体が、内側から発光するようにキラキラと輝いている。魚の形をしているが、鱗もなければ、生身の持つ確かな存在感もない。数匹…いや、よく見れば、数十匹かもしれない。それらが、まるで水と戯れるように、あるいは水そのものが意志を持ったかのように、流れの中を滑るように泳いでいる。

それは、この世のものとは思えないほど美しかった。人の手が到底作り出せない、完璧なまでの輝きと透明感。

だが、その美しさは、アシュパルに歓喜よりも先に、ぞくりとするような畏れを抱かせた。綺麗すぎるのだ。あまりにも現実離れしていて、少し怖かった。

「ミ、ミルン!」

アシュパルは、自分でも驚くほど上ずった声で友人を呼んだ。彼が見ているものが、彼だけの幻ではないことを確かめたかった。

「あれ…! 見て! 川の中に…ほら、光ってる…!」

彼は必死に流れの中の一点を指さした。

「ん? なんだよ、アシュパル?」

ミルンは、魚を追う手を止め、きょとんとしてアシュパルが指さす方を見た。しばらく目を凝らしていたが、やがて不思議そうに首を傾げる。

「何かって…ただの魚だろ? 小さいのがいっぱい泳いでるけど。それがどうかしたのか?」

彼は屈託なく言うと、いたずらっぽく笑ってアシュパルの腕にばしゃりと水をかけた。

「なんだよ、アシュパル、疲れてんのか? それとも、日差しが強くて目がくらんだか?」

「違う! 魚じゃないんだ! 半透明で、体全体がキラキラ光っていて…!」

アシュパルは躍起になって訴えた。もう一度、彼が指さした水面に視線を戻す。しかし、先ほどの光景は、まるで白昼夢だったかのように跡形もなく消えていた。ただ、陽光を反射して輝く、見慣れた川の流れがあるだけだ。

ミルンは「ふーん、変なアシュパル」と面白そうに呟くと、「まあいいや、こっちにもっとでかいのがいたぞ!」と、すぐに別の獲物に興味を移してしまった。他の子供たちも、二人のやり取りに一瞬注目したが、アシュパルの必死の訴えには特に反応を示さず、また自分たちの遊びに戻っていく。


アシュパルは、ミルンの声も遠くに聞きながら、呆然とさっきまで精霊たちがいたはずの水面を見つめていた。心臓がまだ、バクバクと速く打っている。

あの、綺麗で、少し怖かった輝きは、本当に幻だったのだろうか? 強い日差しのせい? それとも、自分の体調がまた悪くなったのだろうか?

いや、でも、確かに見たのだ。あの現実離れした美しい生き物たちを。

あれは一体、何だったのだろう…?

アシュパルの心に、強烈な疑問と、未知なるものへの畏敬の念が、深く刻み込まれた瞬間だった。

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