第37話 一つの疑問

「アッシュ様、それは何に対する謝罪ですか?」

「いや、いろいろすべてだ」


 そう切り返されると思わなかった公爵が、やや困ったように眉を下げた。


 すべてじゃ分からないし。

 まったく、口下手なのかしら。


「初めからキチンと説明して下さらなければ、全てと言われてもこちらは分かりません」

「……ああ、そうだな。まずはどこから話そうか……。この前、ルカと三人で買い物に行った日、屋敷から緊急の遣いが来たのは覚えているか?」

「はい。広場で待っていて欲しいとおっしゃられたので」

「そう。あの時、ノベリアから急ぎでと屋敷に連絡が来ていたんだ」


 急用だとしか教えてくれず、一人で馬車に戻ったから変だとは思っていた。

 護衛として来ている以上、急な仕事くらいではこの人は私たちから離れたりしないって思っていたから。


 だけどそれがノベリアからの連絡だったなんて。


 なんか、そっち優先するってどうなの?

 やっぱりルカの母親で、一応は元妻だからかな。


 二人の仲は良くなかったとは聞いていたけど、それは離婚に至ったからであって、その前は違ったとか……。

 

 なんだろう。このモヤっとくるのはビオラの感情かしら。


「その時はルカに会いたいとかではなく、俺の次に出来た男と離婚したから、一度屋敷に来たいというものだった」

「離婚……」

「今は離婚して実家である子爵家に戻っているらしい」

「で、アッシュ様はそれに対して何と答えたんですか?」

「もちろん断ったさ」

「断ったというのに、その結果、こうやって押し掛けてきたと言うんです?」

「……ああそうだな」


 もしかして公爵と離婚した後に結婚した男とダメになったから、元鞘にでも戻りたいなんて思ったのかしら。


 でも今は私がいる手前、離婚しない限りはノベリアは再び妻の座に戻れない。

 あり得そうと言えば、あり得そうよね。


 もっとも、あとは公爵の気持ち次第なんだろうけど。


「ノベリア様はアッシュ様のことがまだお好きなんでしょうか?」


 私の言葉に、公爵は思いきり顔を歪ませる。


 えええ。何この反応。思っていたのと違い過ぎる。


「それはないはずだ。元々あの結婚には愛など欠片もなかったからな」

「ではなぜ、今さらなんです?」

「子爵家の当主がうるさいとは言っていた。跡継ぎもいない状態で、出戻ったことに反感を買っているようだ」


 次の結婚相手とは、子どもが出来なかったのね。

 確か子爵家の当主にはノベリアしか子どもはいない。


 男の孫がいなければ、家を継がせることが出来ないんだ。

 だから今頃になってルカを欲したってことかしら。


 でもこの公爵家にだって、ルカしかいないのだから手放すわけないじゃない。


 そうじゃなくても、私はあの人の元にルカを引き渡すなんて、絶対反対するけど。


「あれ……でもそれなら、もしかして」


 いろんなことのタイミングの良さに、私は一つ疑問が頭をよぎる。


 自分の頭の中だけで留めておけないそのことを、私は公爵に投げかけた。

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