閑話  アッシュの事情

 バタンと音を立てて締まる扉。

 それはまるで、もう未練など何もないというような拒絶に近いものを感じた。


 彼女、ビオラが退出していくその背を俺は何も言えずに見ていることしか出来なかった。

 そしてまた後ろに控えていた二人の深いため息が室内に響く。


「だーかーら、あれほど言ったではないですか、坊ちゃん」

「坊ちゃんはやめろと何度も言っているだろう、アーユ」

「いつまでも子どものようなことをなさっているのですから、坊ちゃんで十分です!」


 普段はどこまでも温厚で、侍女の鏡ともいえるアーユ。

 彼女は元々俺の乳母だった人だ。


 昔からこの屋敷に仕え、俺が頭の上がらない人間の一人だった。


 子どものような、か。

 そんなつもりは……まったくなかったわけでもない。

 彼女のあの顔を見ていたら、俺などよりもずっと彼女の方が大人に見えた。


「まぁまぁまぁまぁ、アーユさんそんなにアッシュ様を責めないであげて下さい。事情が事情だったんで」

「何が事情なもんですか。たかだか一回結婚に失敗なさったくらいで情けない。今回のことだって、ビオラ様がいなければどうなっていたか」

「それは分かっている」

「分かっているではありません」


 ピシャリとアーユは言う。

 少なからず、こうなることは目に見えていた。


 ルカのこともビオラのこともそうだ。

 二人に関心がないという態度を示せば、付け上げる使用人が出てきてもおかしくはない。


 それが分かっていてもなお、二人にかかわることを俺は拒んだ。

 結果、ビオラに付けた使用人たちはビオラをいじめ抜いていたし、ルカに付けた乳母はルカを孤立させその金を横領していた。


 ビオラに先ほどもう興味も何もないと言われて初めて、自分がしでかした罪の重さを俺はやっと理解した。

 本当にバカだったとは思っている。


 ビオラへのいじめが発覚した時点で、アーユたちは彼女にもっときちんと接するようにと忠告してくれていたんだが。


「ダメですよ、アーユさん。なにせ、アッシュ様はいろいろ拗らせちゃってるんですから」

「だからなおさら悪いと言っているんです」

「その話はやめてくれ」

「いいえ。いい機会です。そろそろ本当にきちんとしないとダメです、坊ちゃん」


 アーユの勢いに、俺は額に手を当てた。

 分かってる。全ての原因は一度目の結婚だ。


 意にそぐわぬ結婚、そしてあの女……。

 ルカの母であり、一番目の妻は魔性という名がふさわしいほどの女だった。


「前妻であるノベリア様と国王様のせいで、ビオラ様のことを受け入れられない気持ちもわかりますよ。元々、ビオラ様こそ、アッシュ様の本……」

「ガルド! いい加減にしろ」


 無駄口を叩く秘書のガルドを睨みつける。

 しかしガルドはまるで気にしないというように、安定に目を細めた。


「いつまでも人の気持ちが自分に向いてるなど思っているから、こうなるんです」


 まったく二人揃うと、うるさいことこの上ない。

 そんなこと、言われなくとも分かっている。


 自分から拒絶しておいて、虫のいい話だとは思う。

 しかし何も思っていないと言った彼女を見た瞬間、過去の気持ちを思い出していた。


 そう。確かに彼女を好きだった頃のことを――

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