あなたは私にとっての悪魔です
楸
【東野 花凛】視点
煙草のおいしさ
◇
「退屈そうな顔だねぇ」
開口一番、失礼としか思われないだろう言葉を、私は何となく彼女にかけていた。
昼間、屋上。夏も近づくような春末の空気に包まれながら、黄昏るように彼女はそこにいる。実際、私が彼女に言った言葉の通りに退屈そうな顔を浮かべながら、ただ真上に広がっている空を眺めている。あらゆるすべてがどうでもいいというように、投げやりに過ごしている彼女の、木下 水月の姿。
昼間の屋上なんて暑いものでしかない。日射が照るだけの環境の中、冷たい風が吹いたとしても、暑さを紛らわすものにもならない。それでも彼女はこんな場所で息をついているし、同様に私もここにきている。どれだけ暇なんだろう、と私は自身にも呆れた息をついてしまう。
馬鹿と煙は高いところを好むという。それなら、私は馬鹿で、彼女は煙だ。……いや、きっと彼女も馬鹿だ。
「まあ、退屈だからね」
彼女は、やはりどうでもいい、というように答えた。
私が選んだ表現の通りというべきなのか、その口からは煙が生まれていた。だから、彼女のことを煙だとも思うし、ただ馬鹿だとも思えてしまう。
身長に合わないような、もしくは身なりに合わないような煙草の影。彼女は、すー、と煙草のフィルターで息を吸いながら、当然のようにそれを吸い込んでいく。
見た目だけなら文学少女、というか、真面目な生徒、という感じ。
長い黒髪に包まれていて、その髪の先まで艶が生まれている。その艶は日光を反射しているのか、ちらちらと光が鬱陶しく感じるほどには、正直きれいなものであり、だからこそ煙草という存在が彼女というものを歪めているような気がする。
私は彼女が吐き出す煙を気にしないようにしながら、同じように空を眺めることにした。
少し、たばこくさい。
風が強いせいで、煙がすぐに靡いて消える。その良いとは思えない香りの束が顔の前を通っては、少し苦しくなるような感覚に陥る。それでも風は暑さを拭うことはしなくて、ただ浮かんでいる雲のそれぞれをちぎっているだけ。それを眺めている彼女も、私も、ただただ馬鹿だ。きっと、たぶん、いや、十中八九。
更に上を覗けば、頭が痛くなるような眩しさ。それを目に入れるだけで溶けだしてしまいそうなその感覚に、私はすぐに空を見ることをやめてしまった。
見るものがなくなってしまったから、仕方なく彼女の姿を眺めてみる。
品行方正でしかない身なり、制服を着崩したりもしていない、真面目な優等生という風貌。けれども、その煙草という存在があるだけで、どれだけ彼女のことを理解できていないのか、ということを私は考えてしまう。
人の印象を見た目だけで判断してはいけない。ある意味、目の前にいる水月がその証明になるだろう。もしかしたら、金髪で制服を着崩しているような、あからさまとしか言えない不良でも、隣にいる彼女に比べれば品行方正かもしれない。
……いや、どっちもどっちか。
私は心の中でそう思いながら、あからさまに息をついた。
◇
「煙草って美味しいの?」と、暇でしかない私は彼女に問いかけていた。
私が来てからも、水月は何本も煙草を吸っている。そんな頻度で吸うほど美味しいものなのかはわからないけれど、それだけ吸うっていうことはそれだけの理由があるのかもしれない。だから、私は彼女にそう聞いていた。
ふうう、と彼女は大きく息を吐いて、白い煙を薄くする。風が吹いてさらにそれをちぎっては、また改めてそれを加えこむ。本当に慣れ親しんでいることを示すように、特に咳払いとかもないまま、はあ、と煙を再び吐き出した。
「んー、普通?」
「……普通ってなにさ」
彼女の言葉だけでは何も捉えることはできなくて、呆れながら私は彼女に返した。
私は煙草を吸ったことがない。当たり前だ。だって、私はまだ高校生なのだから。高校生じゃなかったとしても、二十歳になるまで禁止されていることは、なかなかやれるものでもない。
その有害さを知っているのであれば、必然に近い形で吸うことはなくなっていく。だからこそ、当たり前のように吸い上げている彼女の姿に、私は首を傾げることしかできない。
困ったように何度か水月は息を吐いた後、うーん、間延びした声を上げる。
「なんか、油性ペンみたいな味がする。マッキー、みたいな?」
「……それって全然美味しくないよね」
「うん、美味しくないねぇ」
彼女は口を丸く広げた後、口づけをするようにとがらせて息を吐く。ふっ、という勢いのままに吐き出された煙は、一瞬だけ円を形作るけれど、風がその形をすぐに殺していく。水月はそれを少し残念そうに見つめた後、もう片方の手で持っていた携帯灰皿に、その吸殻を落とし込むようにする。
「真面目だ」
「うんうん、真面目真面目。屋上で吸殻なんて見つかったら大変だからねぇ」
「真面目だったら、そもそも吸わないと思うんだけどね」
私が彼女にそう言うと、水月は、それもそうだ、と苦笑をする。
なんとなく、こんな非行を行うのであれば、そのまま床に吸殻を落としそうなものである。けれど、その吸殻の欠片ひとつでさえも逃さないように、彼女は灰をそれに落とした後、満足そうにそれをしまう。
「それじゃ、いこっか」
彼女は私に微笑みかけながら、すっとその場に立ち上がる。少し胸を叩くようにしながら、喫煙していた証拠は残さないように。
まあ、それでも臭いは消せないけれど。
私は、それについて何か言葉をかけることはない。きっと、何かしらの対策を後でやるだろうから、私が気にすることでもない。
私は、立ち上がった彼女に続いて、一緒に教室へと向かうことにした。
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