番外編「観察記録」

観察記録:ロルフ=コルネリウス

記録番号:EX-072

分類:非戦時心理観察ログ

対象:交信個体LUX


第1記録:言葉にならない言葉


 午後14時32分、居住ユニット内。被観察個体LUXは、交渉班所属のムスタファ・ライラより語りかけを受けていた。

内容は、旧時代の児童文学。色褪せた紙面とシンプルな文章で構成された、ごくありふれた「昔話」だ。内容の多くは比喩や抽象的な教訓に富み、ルクスにとって意味を持つとは考えにくい――当初は、そう思っていた。

 ところが数日後、状況は変化を見せる。ページをめくる動作に合わせて視線が文字列へ移り、ムスタファの語調に反応する形で眉の筋肉が僅かに動いた。意味を理解しているとは言えないが、興味の前段階、刺激としての感受は始まっていた。


「これは狼じゃない。……人間の顔をした、孤独なものだ」


 そんなムスタファの一節に、ルクスがページを自分でめくろうとしたのを見て、私はこう記録しようと思う。


《初期言語受容の兆候。共鳴波ではなく、言葉に対する反応》


* * * * *


第2記録:夢を見る機械


 午前03時47分。警報無し。異常振幅が観測された。対象個体の脳波は安静時パターンを大きく逸脱していた。夢を見ている――そうしか思えなかった。いや、「夢を見ているとされる状態」と言うべきか。

 午前06時05分。ルクスは目覚め、通常通りの覚醒反応を示す。

 私は試みにこうたずねた。


「今夜は、何か夢を見たか?」


 少し考えて、彼はこう言った。


「……おんなのひとがでてきて、“ひかりのこだよ”って、そういってた」


 私は問い詰めず、ただうなずくことにした。


《夢の中の他者が対象の自我形成に影響している可能性。音声記録なし。だが、内容の一致があまりに人間的だ》


* * * * *


第3記録:家族の形式


 夕食の時間。配給ラインの簡易食を手に、アビゲイルがルクスの隣に座る。


「いただきます」


 ルクスが自然にそう口にしたとき、私は記録端末の画面を見返した。教えていない。命じてもいない。


「どこで覚えた?」


 アビゲイルが笑ってたずねると、ルクスは「ジョウがいうから」と返した。

 ほんの些細な会話だった。だが、アビゲイルが言った「ごちそうさまも教えてあげる」にルクスが「うん」と返したその一瞬に、模倣ではない感情があった。

 それは、恐らく学習とは違う。ほんの少し「家族」と呼ばれる関係性に似ていた。


《この子は、人類に“感染”している》

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