番外編「ミスミとヨーコ②」

 爆音。空が、裂けたような音を立てて砕けていく。燃え上がる建物、崩れ落ちた道路。死の匂いが街のすべてを包んでいた。

 走って、転んで、また立って。

 視界の端に、瓦礫に埋もれた子ども。助けに行こうとした瞬間、上空から降ってきた“あれ”に阻まれた。

 ブリーダント。蠢く触手、腐食した甲殻、肉のような音を立てる呼吸。

 銃声が響く。叫び声が混ざる。どこかで誰かが泣いている。


「……ハルト!」


 声がかれた喉から、ようやく彼の名を呼ぶ。視線の先では、ハルトがこちらを見ていた。顔が、こわばっていた。

 走ってこないで。お願い、逃げて。そう言おうとした瞬間。

 背後から、粘着質なものが背中を絡め取った。足が、動かない。腕が、引かれる。


「ッ……いや……ッ!」


 重力が反転したような感覚。地面に叩きつけられ、泥が顔に跳ねる。咄嗟に身体を丸めるも、容赦なく腕を引き裂かれ、制服の布地が裂けていく。


(やだ、ハルトにだけは……見られたくない……こんな姿……)


 涙が、勝手にこぼれた。恐怖ではなく、悔しさで。

 ミスミの顔が、遠くに見える。動けずにいる。震えて、銃を握りしめている。


 ――そんな顔、しないでよ。


「……ハルト、ごめんね」


 心のなかで、何度も何度も謝った。できれば、もっとちゃんと伝えたかった。手を伸ばしたかった。彼の傷に触れたかった。

 でも、もう遅い。

 制服が裂け、肌が露出していく。泥と血と、見えないものが体を這いまわる。ブリーダントの接触部が、脈動するのを感じた。


(痛い……冷たい……)


 けれど、不思議と心はまだ透明だった。恐怖よりも、罪悪感よりも、最後に残ったのは――祈りだった。


 ハルト。あなたが、この地獄で光を失わないように。この私の最期が、ほんの少しでも、誰かを救う火になればいい。


「……私……あなたの光に、なれたかな」


 笑おうとした唇が、震えていた。

 最後に、見えた。彼が足を動かせず、銃を握ったまま、声の出せない顔で泣いていた。


(大丈夫だよ、ハルト。私、ひとりでもいけるから)


 ブリーダントの触手に引きずられながら、ヨーコは、暗闇へと消えていった。泥に濡れた指が、かすかに、かすかに、前へ伸びたまま。

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