領主失格、新しい出会い
エルフォンス・ラ・カーランド公爵は頭を抱えていた。
言うまでもないことだが、彼女は首都ヨルアクの統治を任されている立場であり、与えられている裁量もそれに見合ったものである。
当然、ヨルアクの治安維持も彼女に課された責務の一つになる。
それ故に彼女は目の前の書類に書かれている内容に苦慮しているのだ。それが自身の治める街に危険を及ぼす可能性がある故に。
「バーアライド卿の異形化と暴走……か」
一体全体、厄介な爆弾を抱えて冒険しているものだなと彼の妙な方向への度胸に苦笑する。
密偵から送られた報告書をテーブルに戻し、背もたれに身体を預けた。質の良い木材は物音一つ立てずに重量を支え、柔らかなクッションがその背中を受け止める。
――救国の騎士とドラゴンの呪い。
この報告書を読んでいる最中、ちらと幼いころに聞いた夢物語が脳裏によぎった。
ドラゴンに襲われた王国を守るためにドラゴンに立ち向かい、そして討ち倒した騎士の物語。結末はあまり気分の良いものではなかったことを子供ながらに思っていた。
――騎士はドラゴンを倒し、王国は喜びに包まれました。しかし、騎士は呪いで自身もドラゴンと成り果てました。ドラゴンとなった騎士は、自分が王国に被害をもたらさないようにするため、何処かへと飛び去っていきました――
ナッパロー王国の子を持つ親は寝物語として語り継いでいる。彼等もまた自身が子供の時に親から読み聞かせられたように。
しかし、その物語が事実に基づく物かどうかは意見が分かれる。
ある者はドラゴンは災害の揶揄であり、騎士とはその災害を食い止めるために命を賭した者であると解釈し、またある者は一部が事実であると解釈する。
魔物が溢れ、魔法も存在する世界で何故こうも解釈が分かれるのかと言えば、ドラゴンと云う魔物の特殊性にある。
ドラゴンは人前に姿を現すことは殆どなく、文献に記されている例でも数回。そしてつい最近の記録は数年前まで数百年もの間ルクレベを根城にしていた個体が当たる。
要するに何もわかっていないのだ。現在、討滅された個体は研究所によって回収され、厳重な管理とセキュリティの下で分析が進んでいるが、他のサンプルが無いために比較検証も出来ず現状では推定の域を出ていないのが実情だ。
しかし、彼女は報告書を読み進めれば読み進めるほどに、あの物語を唯のフィクションと切って捨ててしまうには出来すぎているように思えてならないのだ。
仮にこの物語が本当だとして、親交のある彼を安易に処刑しても呪いと言う不確定要素が如何働くかわからない。精神的な負担も
国外へ追放しようにも、火種がどこかで発火するのかわからなくなるだけである。それならば手元に置いておく方が良い。
その上で持てる手段を使って解析するしかない。ドラゴンの呪いなど如何解析すればよいのだという話ではあるが。
取り敢えず、この情報は現状当主である自分と、密偵の間でしか共有されていない。
幸い、正規が入るのはこちらの部隊の調査が終えてからになる。情報を知っている者には箝口令を敷き、王城に渡らぬように封じ込める。
報告書によれば暴走はある程度自分でコントロールできる様子。本格的な暴走は追い込まれた時と考えれば、まだメリットはある。
他の不届き者どもの手元に渡る可能性が在るくらいならば、鬼札は自分の手元に置いておいた方が良いだろう。
冷徹な思考を無理矢理な理屈でねじ伏せた。これが何の交流も無い他人であったのならば、即座に研究所へ送り込んでいただろう。そうでなくとも、何かしらの対策は即座に練っていた筈だ。
「……為政者としてはさっさと排除するべきなのだろうな。良くない癖だ」
気に入った物には甘くなってしまう。
ふと現実に戻る。思ったよりも思考の沼に沈んでいたようだ。
深呼吸をして思考を切り替える。まだまだ対処するべき事案はある。背もたれから身体を起こすと机に積み重なっている書類に手を伸ばした。
ゴブリン騒動も落ち着きを見せて、街も日常を取り戻しかけた……いや、騒動のすぐ後でも割と日常を送っているのはいたか。ともかく、街の修復が一通り終わった。
今日も今日とて冒険者日和。晴れだろうが雨だろうが雪……は命が割と危ないので休むが、基本的に冒険者ギルドは年中無休だし依頼も首都だけあって結構ある。
「今日こそエント討伐の任務を受けますよ!!」
やけに気合の入っているジェナが板から依頼書を剥して受付に向かっている……んだが。
見られてるなぁ……。
他の冒険者の目線が俺に向かっている。特に気の強そーな奴らから。
心当たりはある。多分騒動の時に居なかったからだろう。そりゃそうだ、普段からギルドにいたやつが肝心な時に居なきゃ『アイツ何してたんだ』ってなるわな。
受付早く終わってくれねぇかな。このままじゃ絡まれそうだ。
「おい、黒級冒険者様の御登場だ」
「ああ、普段無駄飯食っているくせに何の役にも立たなかった奴か」
そんなことを思っていると早速後ろから聞こえてくる皮肉。いや、聞こえる様に態と言ってるんだろうな。
しょっちゅう、という訳じゃないがこんなことはよくあることだ。このツラとガタイのせいで面と向かって言うような勇気もない奴等の常套手段。
傍で言い返そうとしたのか動き出したルーメン達を無言で制する。言い返したところで良い事なんてないからな、売り言葉に買い言葉にしかならん。無視だ無視。
その後も調子づいた連中の皮肉を受け流していると、段々とルーメン達の様子がおかしい事に気が付いた。
どうにも怒ってはいるものの、何かを恐れているような感じだ。ひょっとして俺が怒りのあまりに手を出すと思っているんだろうか?
今更この程度で我を忘れる程青くはない……筈だ。自分でいうのもアレな話だが。それを知らない彼女達ではない……と思いたい。ある程度理解しているよな? あれ? 自覚してないだけで結構顔に出てる?
いや、視線を辿ると俺じゃなくて後ろに居るジェナに向いているのか? 受付の人が受け取って事務処理を粛々としているのを見て落ち着いていない様子だ。
あ、受付終えてこっちに来た。ルーメンの方を見ると距離が近くなるにつれて顔が青ざめる。
ひょっとしてこの間の試験の時の主犯ジェナか? あの時全員が怒っている様子だったが、この反応見る限り彼女が何かやらかした感じか?
「みなさーん! 早速任務行きましょー!!」
段々と近づいて来るジェナ、顔が真っ青になる二人、なおも皮肉を言い続ける名も知らぬ冒険者二人。
彼らの言葉がジェナの耳に入るか入らないか、といった距離で突如ギルドの広場にデカい声が響き渡った。
「ジョー・バーアライド! 指名依頼の報酬がエルフォンス・ラ・カーランド公爵から届いてる!!」
ギルド長のギルバートが二階から降りてきながら俺を指名した。
それを聞いて思い出した。そういえば公爵から報酬は屋敷じゃなくてギルドで受け渡しする旨を伝えられていたことを。
最初聞いた時は『まあ、騒動が収まったばかりだしそんな暇もないんだろうな』としか思っていなかったが今か。
「此方に!!」
ギルド長が俺を呼ぶ。
それに応えるように歩くと傍でさっきまで威勢が良かった名も知らぬ冒険者達はすっかり黙り込んだ。いや、すれ違いざまにぼそっと何か聞こえたな……まあその度胸は認めるよ、ウン。
「待った待った、ジェナ、待って……落ち着こう、今は抑えて……!」
「ジェナさん、落ち着いてくださいまし……クリスさんの言う通り此処は穏便に……!」
後ろで聞こえる微かな声にジェナが主犯である確信を持ちつつギルド長の元に着く。
ついた途端、彼は周囲を見渡しながらはっきりと聞こえる清涼で再び言葉を発する。
「この度、ジョー・バーアライドはエルフォンス・ラ・カーランド公爵からの依頼により、ゴブリンキングを討伐したその報酬である金貨15枚を此処に支払うものとする!!」
瞬間にギルド内がざわつく。成程、俺に集中した悪感情を解消するのが目的か。
ギルド長から重みのある袋を受け取る。これから任務に行くのになぁ……。これから口座に金を入れて一部を共有口座に入れる手間が出来ちまった。
とは言え、目の笑っていないジェナをこの場から離すには丁度いい。彼女を抑えるのに体力を使ったであろう二人を見ながら俺はそそくさとギルドを出ていく――つもりだったのだが。
「君を今日限りで追放する」
唐突に聞こえたある意味馴染のあるフレーズに俺達は足を止めてしまった。
それはあまりおおきな声ではなかったが、先ほどの仕込みを感じる一幕で静かになったギルドでは耳に入るには十分だった。
そこを見るとつい先程、ギルド長の宣言が終わったぐらいの時にギルドに来たであろうパーティーが一人の冒険者を言葉通りに追放している所だった。
それだけなら彼女達は兎も角、俺はそのまま歩みを止めてなかっただろう。
足を止めたのはその追放される人物が、あまりに珍しかったからだ。
冒険者用に改造された、汚れの目立たないような色合いのベールに修道服。修道女の姿を模した少女の、その首元には鉄の識別板ともう一つのロザリオ――それは孤児院を兼ねている教会が、独立した孤児に対して渡す物であり、更にそれは特殊な意匠が組み込まれている。
それは、彼女が医療魔術を使えることの証左であり、さらに言えばそんな貴重な人材が冒険者という職種に居る事への物珍しさを物語っていた。
それを眺めるジェナの横顔は怒りを忘れ、何か考えているように見えた。
結論から言うと、追放された彼女をジェナは拾うことになる。そしてそれは、また一つの国を巻き込みかねない、大きな事件の始まりでもあった。
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