溶けた雪、消えた命

 まあ、ただでさえ厳しい冬の季節。外に出ることもできない以上、実技と座学を(出来得る限りの範囲で)教えているうちに雪景色も次第に土の色が見えてくる時期になっていた。

 この頃になれば気の早いモンスターなどは姿を現し始める。

 冬眠からモンスターが覚めるとどうなるか。そう、冒険者の仕事がまた始まるという訳だ。


 という訳で俺達は現在馬車で半日ほどの農村、その近くの森の入り口にいた。


「ジョーさん! 今日からまた活動再開ですね!!」


「漸く外に出ることができたよ。狭い訓練場じゃ肩が凝るところだった」


 久しぶりの外にジェナの声に張りが出る。そんなに楽しみだったか。まあ、娯楽も少ないし身体動かす機会もそんな無かったからなぁ……。

 いや、彼女だけじゃないな。ルーメンとクリスも嬉しいのが表情に滲み出ている。練習場で訓練付けの毎日から解放されるのが嬉しいみたいだ。


「今回の、目的は今までの訓練の成果の、確認だ」


 これまでの訓練で実力の底上げと並行して連携の見直しもしてきた。実地で試して、問題のある個所を再度確認して修正していく。当たり前の話だが、これを繰り返していかないと俺と彼女達の実力差だと、ワンマンプレイになりかねない。それじゃあこいつらの成長に繋がらない。

 それに、俺もパーティーに入っている以上、合わせることを覚えていく必要がある。なので今回は装備を改めた。いや、装備を一つ追加した。いつもの大剣は保険として持っておきたいからな。

 重量は嵩むがこの程度なら別に大した負荷にもならない。

 

「はい! では早速始めましょう」


 ジェナの勇み声で俺達は森の中に入っていった。


 とはいえ、何も無闇矢鱈に獲物を探すわけじゃない。目標は決めている。

 この時期だとまだフォレストギープとかサーベルボアが近辺で活動している。今回はその片方、サーベルボアの方だ。

 前世のニホンイノシシと同じ体格ではあるが、真っ直ぐ突き出た角が厄介だ。特にこの時期は子育てを終え、群れも解散傾向にあるとはいえ、まだ数頭程度の規模はある。

 そんな奴らが並列に並んで突撃してくればそこいらの農民じゃ手が付けられない。柵で防御しようが平気で破壊して侵入してくる奴等だ。当然畑の作物も荒らしにかかるので見つけ次第積極的に討伐するようギルドからも推奨されている。


 雪解け水でぬかるんだ地面に気を付けながら、前方にジェナ、後方に背の高い俺、間にルーメンとクリスを挟み、整備されていない森の道を歩く。

 途中何かを見つけたクリスが方向を指さした。


「コレ、サーベルボアの引っ掻いた傷じゃない?」


 複数の樹木の根元、確かに何回も硬い何かで引っ掻いたような傷跡が見える。

 フォレストギープの物にしては高さが低く、且つ直線状の傷が何本も走っている。確かにサーベルボアの物に間違いはない。


「この近辺を活動範囲に収めていることは間違いなさそうですね」


 付近を注意してみるが、ぬかるんだ地面に足跡は残ってない。

 どうにも、雪が解ける前か或いは雪解け水が流れる際にかき消されたか。どちらにせよ、すぐ近くに居るという事はなさそうだ。


 ……待った、あそこにあるのは。


「ジェナ、あそこを、よく見てみろ」


 傷がついた樹木の内の一本。その根元。

 ジェナも何があるのか気が付いて顔を青くする。遅れて二人も同じ場所を注視した。

 此処からだと隠れていてよく見えないが、ブーツが転がっている。その傍には白い棒状の何か。

 言葉にしなくても分かる。サーベルボアの犠牲にされた、冒険者。その成れの果て。


「…どうする。どうしても無理なら俺が遺品を回収するが」

 

 ジェナは青ざめた顔のまま首を横に振った。


「いえ、いつかは、やらなきゃいけないことです。私も、一緒に、回収、します」


 震える声で一杯一杯になりながら、俺の後を着いて来る。ルーメン、クリスもジェナ程ではないものの顔を強張らせている。


 樹木の後ろ。凭れ掛かるようにして、雪に埋もれた冒険者の果てがそこにいた。

 硬く仕上げていたであろうレーザーアーマーは腹の所を無残に破られ、劣化した裏打ちされた金属板が散乱している。死因は見ての通り連中の牙に『抉り出されて叩き付けられた』といったところだろうま。


 首に掛けられた紐の先には同じように劣化した革のプレート。その朽ち果てた革の中から露出した、登録番号と『メルケス』とだけ打ち込まている鉄の板。

 恐らく村を飛び出したやんちゃな奴らか、あるいは家を追い出された次男以降の奴らか。いずれにせよ、後先の無い奴が冬の時期にギルドに登録したはいいものの、季節が悪く街中の任務も受けられず、かといって近場の森も封鎖されて狩りにも行けず。

 明日どころか今日喰う飯にも困った結果、この森で狩りをして再起を図ろうとした。そんなところだろう。

 コイツの仲間がどうなったかはわからない。見捨てて逃げたか、或いは森の養分になったか。どちらにせよ、碌でも無い目にあっているだろうな。


 最近になって冒険者になりたいって奴らが増えてきたせいで無茶してこういう成れの果てになる奴も増えて来た。

 ……増えて来た原因の一つに自惚れかもしれないが、多分俺も入っているんだろうなぁ。あの任務から半年した辺りから田舎からくる連中が増え始めたし。

 それまでは、次男坊三男坊は家から追い出されてどっかの工房で丁稚として雇われて技術を身に着けるのが当たり前だった。冒険者なんてのは、最終手段で丁稚しても親方とそりが合わないはねっかえりやら、碌でも無い奴等の為の最後の道だった。


 そこに、名前も知れない辺境も辺境のド田舎から来た男が実力を認められて国王に謁見を賜って……っていう一例が出来ちまったもんだから、『俺も』『私も』……と夢を見てギルドに足を踏み入れて来たんだろう。

 実際に『いつか沈黙の巨人の様な冒険者になる』なんて仲間に夢を語っていた初心者もいた。3か月後にはそのパーティーにそいつの姿は無く、別の奴が入っていた。

 夢を見て、現実を知り地面に足を付けさせられた頃にはどうしようもないところまで追い詰められて、無茶をして死ぬ。大して珍しくもない、どんな世界にでもよくある話だ。

 心の中で念仏を唱え、俺はジェナ達に注意する。


「……言うまでも無いが、冒険者はこういう職業だ。誰かが斃れても、助けることも出来ずに、置き去りにされることも、置き去りにすることもある。此奴の様に、誰かに見つけて貰えればいい方だ」


 中には誰にも見つからないような場所で死んだ奴等だっている。実力もそうだが、ある程度先を見通すだけの慎重さが無ければすぐに死ぬ。

 そうして死んだ同業から、自分の経験から学び知識と知恵を培う。此奴には悪いが、彼女達の学びの糧になって貰う。


「話が逸れたが、こうして死んだ冒険者を見つけた場合、遺品を回収することが推奨されている。この冒険者プレートと装備の一部、余裕が無ければ冒険者プレートだけでも良い。ギルドに報告すれば一応行方不明者発見の報酬が貰える」


 まあ、本当の所は亡くなった冒険者の登録抹消をする為なんだろうが。

 基本冒険者は一度ギルドに登録されると、犯罪とか滅多なことを起こさない限り抹消されることは無い。

 昔は数か月行方知れずの場合は抹消されてたが、ある時行方知れずの冒険者がひょっこり帰ってきて、てんやわんやの騒ぎになったらしい。何でも死亡登録され、戸籍も市民権も失った為に手続きが面倒くさかったみたいで、そんなことが何件かあった。と言うか俺もそのせいで登録抹消されかけた。

 そんなもんだから、そう言ったことが起きないように、もし起きたとしても死んだことが分かるようにプレートに番号と名前を打ち込んで、判別できるようにしている。


「ジョーさんは…」


 メルケスのプレートと、装備一式、後は遺体の一部を一纏めにし、収納袋に収めていると、ジェナが沈んだ様子で口を開いた。


「ジョーさんは今まで一人でいて、死にそうになったことは無いのですか?」


「…無い。と言えばウソになる」


 特にあのトカゲと戦った時は冗談抜きで死にかけたし。しかもあの野郎心臓破壊したのに最後っ屁でとんでもねぇ置き土産置いていきやがった。


「何故そんなことを聞く?」


「その、それでも何故一人でいるのか気になって…」


「ジェナ。それ以上聞くのは駄目だよ」


「そうです。冒険者として活動する人の中にも言いたくない過去を持つ方もいます。仲間にも、いえ、仲間だからこそ話せない事情と言うものもあるのです。いつか自分から話せるようになるまで干渉しない。暗黙の了解です」


 いや、あの。まるで俺に暗い過去があるせいでソロ活動してるように思ってるとこ申し訳ないんですけど。

 ただ単にコミュニケーションが致命的に苦手なだけなんです…未だに初対面の人とは会話ができないだけなんです…相手から話しかけてこないと会話すらままならないだけなんです……。

 と言うにはあまりにも場の雰囲気が重いので黙るしかない。

 いつかこの誤解が解けるタイミングがくればいいが。


 微妙な雰囲気になりつつ、遺品回収を終えた俺達は再び森の探索に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る