第4輪

 火華は、今までの『彼岸花』の摘花の様子は全て見てきた。


 今日も今までと変わらず、「せっかくなんで何かお話ししませんか?嫌なら大丈夫ですよ」と言われて、とりあえずガゼボでお茶を飲みながら見ていた。


 のだが……



 スポーン


 スポーン


 スポポポーン



「よっ


 ほっ


 えいさっ!」



 今目の前で起こっている光景に、流石の火華も声をかけざるを得なかった。



「……移植鏝も使わず手袋を嵌めただけでそんなにスポスポと…どう言う手品だい?もしかして普通の彼岸花が紛れ込んでるの?」



 そんな質問に、華鋏は慣れているのだろう、やんわりと笑った。



「手品じゃぁないですよ。気になるなら火華さんも抜いてみますか?」


「…」



 少し間をおいて、少女は立ち上がった。


 美しい黒のスカートの裾が土に汚れることさえ気にせず、整えられた『彼岸花』畑に足を踏み入れ、華鋏の隣にしゃがみ込み、『彼岸花』の茎に触れようと手を伸ばした。


 そこで華鋏はすぐに止めた。



「あ、火華さん、一応手袋をこちらに変えてもらえますか?『彼岸花』の根は危険ではあるので…」


「ん?あぁ、そうだね。その方が……」



 そうやって元々着けていた手袋を脱ごうとした、その手をすぐに止めてしまった。


 そこからは、じっとして動かなかった。


 大きすぎる帽子が相変わらず表情を隠している。


 何か、手袋を外すのに抵抗する理由があるのだろうか?


 だが、少しだけ。ほんの微かに震える少女の手から、目が離せなかった。


 何かを考えてから、ゴソゴソと華鋏はベルトポケットを漁り始める。


 少ししてから、ビニール袋を取り出し、火華に渡した。



「これを使いましょうか。これの上からなら、触らずに済むでしょう」


「!お気遣いありがとう」



 どこか安心した様子で、火華はそれを受け取り、ビニール袋の中に左手を入れて『彼岸花』の茎を握り、グイッと引っ張った。


 のだが…



「むむむ……むむむむ?………んー!っう、むっ、はぁっ。はぁ、はぁ、やっぱ、り……抜けな、い……っ」



 うんとこしょ、どっこいしょ、それでも——


 と言わんばかりに引っ張ってみたり左右に揺らしてみたり、色々と踏ん張ってはみたが、『彼岸花』が抜けることはなかった。


 むしろ生き生きしている。


 少し動いただけで息を切らす火華に少し笑みを浮かべて、頑張って握っている左手の反対側に、自分の右手を添えた。



「せーので抜きましょうか。せーのっ!」



 すぽんっ…!


 抜けた。


 花火のような『花』が、彼が手を添えただけで簡単に抜けてしまった。


 本当に、あっさりと。


 華鋏が入れた力はほんの少し。


 雑草を湿った土から引っこ抜くような感覚だった。


 最も容易く抜けた『彼岸花』に目を少し見開いている隙に、華鋏はどんどん次の『彼岸花』を抜いていっていた。



「火華さんから咲く『彼岸花』には、2種類に分かれているようで……9割は火華さんが手に持っているものと同じように球根部分が存在しないもの。これは簡単に抜けますね。それから残り1割は………お、あった」



 華鋏の左手には周りと何ら変わりない『彼岸花』がある。


 それをベルトポケットから、取り出した移植鏝でサクッと根元を掘り起こす。


 ぱっぱっと土を払い、火華に見せてくれた。



「残り1割は、こうやって根本に球根があります。このタイプは摘花に抵抗してくるので、流石に掘り起こさないと難しいかと」


「ふむ……でも、以前摘花してもらった時は、こんなのはなかったと思うんだけど…」



 今まで摘花してきたのはコレと一緒。


 と『彼岸花』をくるくると回しながら言った。


 華鋏は立ち上がって腰を軽く叩きながら首を傾げ、左手に持つ『彼岸花』を見つめながら言う。



「うーん……断言は出来ませんが、『花』は案外少女の感情などによっても変化したりします。火華さんのような『広開花型』の一例だと…恥ずかしい、と思った時に色が濃く、根を強く張っていました。ので恐らく『彼岸花』も、火華さんがここで何かがあったから咲いたんじゃないかなぁと……」


「ここ……ここか…」



 そう呟いたまま火華はじっと、その場を見つめた。


 何を考えているのかは相変わらず分からない。


 何か心当たりがあるのだろうか?


 だが、そこまで聞く必要はない。


 少女が話したらでいい。


 話して楽になることもあれば、苦しくなることもある。


 だから、無理には聞かない。


 華鋏は、自身がやれることだけをやる。



 とりあえず、通路となっている石畳で区切られたこの一面をやり終えよう。


 また彼は黙々と『彼岸花』を抜き始めた。


 スポン、


 スポン、


 ザクッ、


 スポン、


 ザクザク、


 スポポポーン…



 相変わらずとんでもないスピードで摘花していく華鋏。


 なぜこんなにも早いのかは、確実に経験によるものだろう。


 だが、華鋏は『彼岸花』の摘花経験はなかった。


 ここに来る前に、店に連絡を入れて確認しておいた。


 華鋏花園に残る『彼岸花』の摘花履歴は1件のみ。それも摘花したのは彼ではなく彼の師匠だ。


 その上以前は『広開花型』ではなかったと言う。


 初見、初摘花


 だが、それでも他の『花』を摘花してきた経験は、彼の中に残っている。


 まぁ……



(正直摘花っていうか、草むしりに近い…)



 当の本人はそんなふうに思っているのだが。



 抜かれた『彼岸花』は、そのまま華鋏が持ち帰る。


 少量は『花医者』の紫が研究に使い、


 残りは後輩の花粧はなよそおい彩花が使う予定だ。



「よし、とりあえず一面は終わりかな」



 と立ち上がって伸びをしてふと足元が目に入った。


 忘れてはならない。彼は休暇でこの街に訪れていると言うことを。


 今日は仕事服じゃない、いつの日だったか、彩花が出張帰りに寄った服屋で選んだものだ。


 つまり私服。


 裾の広いズボンが土に汚れまくってる上、綺麗な服にも土埃が付着していた。


 これはバレたら彩花にしばかれる。


 とりあえず旅館に帰ったらこれは洗濯するか、と次の一面に足を向けたその時。



「!?」



 グイッと襟元を掴まれ、前に歩き出した勢いで首がしまる。


「うえっ」と情けない声を出して振り返ると、火華が手を離し、こっちに来なさいなとガゼボに連れて行かれた。


 正直土で汚れた靴や服であんなに綺麗なところに座るのは気が引けるが……とりあえず従っておいた方がいいと心が叫んでいた。


 さっきとは違う、背もたれのない椅子に座らされ、火華は先ほどまで華鋏が座っていた椅子に座る。


 隣りにいるが向かい合わせではなく、華鋏が少女に背を向けている状態だ。


 頭に無数の「?」が浮かび上がる。


 一体何をするのだろうか?


 少し怯えて待っていると、少女の手が優しく華鋏の髪に触れた。


 突然のことに体が固まった。


 いや、本当に何事だ?


 聞こうにも聞けないし、本当にどう言う状況だ?


 驚きで思考がまとまらないままの華鋏に、火華は少し呆れたように言う。



「作業中、ずっと気になってたんだよ。せっかくの綺麗で長い髪が地面に擦れてさ。ほら、土埃が絡んでるじゃないか。ちょっとは気にしておくれ」



 それにようやく思い出した。


 本当だ。今日は休みだからと髪を纏めずそのままだったんだ。


 ようやく理解した華鋏は、苦笑しながら応える。



「すみません…お手数をおかけします…」


「髪を伸ばすのであれば、ある程度自分で管理しないとダメだよ。いっそのことバッサリやってやろうか」


「勝手に切ると後輩が怒るんですよね。「切りたかった」って……帰ったら切ることにします」


「そう。うん、土埃は取れた。髪をまとめるのだけど……髪ゴムは?」


「旅館に置いてきちゃいました」


「そう……なら…君が嫌じゃなければ、『彼岸花』を使おうか。さっき君と一緒に抜いた時、かなり茎が強かったから」


「……あ、かんざし代わりですね。どうぞ。大量にありますよ」



 と、手に持っていた『彼岸花』から数本抜き取られ、火華は器用に髪を纏めていった。


 きっと、今のこの2人を何も知らない人たちがみるとすると、その姿はまるで、妹の髪を結ってあげる姉のようで。どこか、微笑ましい。



「……君が泊まっている旅館は、妻恋つまこい旅館だったよね。ボクについては、どこまで教えてもらったんだい?」



 ふと少女はそんなことを言った。


 少女がどんな顔で質問をしているのか分からないが、その声は、不安を帯びている。


 そりゃそうだろう。怖いに決まっている。


 自分が他人からどんなふうに言われ、見られているのか。


 それを知るのは、何よりも怖いことだ。



……華鋏が女将から聞いたことといえば、



・火華が『彼岸の魔女』と呼ばれていること。


・少女は滅多に家から出ず、周りには『彼岸花』が咲いていること。


・ある日、3人の子供たちが敷地内に入り、その日の晩に3人の家が火事になった。



 ざっくりとまとめるとこんな感じだろうか?


 これを伝えてみると、火華は「はい、できたよ」と鏡を貸してくれた。


 かんざし代わりに使われたキラキラと輝く『彼岸花』が華鋏の藍色の髪をまとめ上げ、ご丁寧にアレンジまでされている。


 お礼を言うと、火華はうっすらと笑い、自身の定位置に戻ると紅茶を一口飲んでから、こう言った。



「そうだね。予想通りかな。『彼岸の魔女』なんて呼び名は前に住んでいた場所でも言われていたし、家の敷地内からもよっぽどのことがない限り出ることはない。人と会わなくて済むからね」


「……寂しくはないんですか?」



 ふと聞いてみると、火華は困った笑顔で答えてくれる。



「寂しくないと言えば、嘘になるかな。でも、ボクに取っては都合がいいんだ。誰とも、関わらなくて済む」


「……」


「…で、3つ目についてだけど…発火の原因は聞いたかい?」


「?えっと、火元の確認し忘れと、コンセントからの発火…と聞いてます」


「うん、ボクもそう聞いてるよ。あの発火を街の人々は『魔女の呪い』だなんて言ってるけど、ボクは正真正銘人間だ。魔法なんてものは使えないし呪いもできない。それでも、わざわざ警察方が事情聴取をしきに来てね。その時に聞いたのは君が言った2つが原因。でも、もう一件が問題だったんだ」



 バサッ



 濡羽色の羽が空を舞う。


 まるで火華に呼ばれたように、そのカラスは舞い降りてきた。


 ガーデンチェアの背もたれに静かに降り立ったカラスは、嘴にくわえた薄汚れた野球ボールをころん、とテーブルに転がす。


 火華は小皿に1枚、クッキーを乗せてカラスの前に置き、ボールを手に、思いもしない言葉を口にしたのだ。



「この子なんだよ。最後の1人の家を、火事にしたのは」

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