第34話 女王陛下の切り札・神眼《ゴッド・アイ》


 炎を纏ったプラズマと激しい白い火花を散らす雷が同時に放たれる。


 ――二人の魔法師名が使った大魔法の衝突。


 鼓膜破れるような轟音と身体ごと軽々吹き飛ばす衝撃波が生まれる。

 地下から生まれたエネルギーが地下の構造物を木端微塵にしていく。

 ありとあらゆる物が粉々になり塵すら残ることを許さない一撃が分解・燃焼させてこの世から消滅させていく。


 神々しく燃える赤い炎が揚羽をありとあらゆる物から護るが……。


「チッ」


 舌打ちした。


「やはりもたないか!」


 後先考えずに揚羽は固まり怯える妊婦たちの元に行き結解の補強に努める。


「即時展開:多重再生結解!」


 ヤバいッ! 一流の魔法使いは察した。

 だが、躊躇うことはない。


「おおおおおお!」


 自身を守る炎の鎧を自ら破棄し、全ての魔力を再生障壁に注ぐ。

 それでも足りない魔力は強引に心臓から供給する。

 魔力タンク内にはまだ魔力がある。だったらやるしかない!

 自分の身の心配なんて後回しだ!

 それになんだこの違和感……まさかッ!

 ここには三十人近い妊婦がいて六十を超える命があるんだ。

 一つの犠牲で全てが救われるなら迷うな!

 自分の心に言い聞かせた男は牧が無事なのを遠目で確認した。

 どうやら向こうも牧には被害が及ばないように攻撃を調整しているらしい。

 つまりそれだけイージスにとって牧は価値があるというわけだ。

 ならば、と目の前の対処に全神経を集中させる。


 ドドドドドドドドドッ


 エネルギーが力を失った後の光景は……弱者にとって……。

 目を潰りたくなるものだった。


「あれ? 地面で寝るほど余裕があるみたいだねぇ~☆」


 天から聞こえてくる声に絶望する。


「この人私たちを守って……死んだの?」


 信じられない光景でも見たと言わんばかりに妊婦たちは自分たちが生きている事実とこの国を代表するマントを羽織った軍人が倒れている二つの事実に気が可笑しくなり始めた。

 僅かに見えた希望の光が今消えたのだ。

 それなら最初からない方が心としては如何に楽だっただろうか。

 でもずっと望んいただけに……やっぱり期待してしまったのだ。


「あの時もそう。君たちは強いのに、余計な足枷を自分に付けるから弱くなるんだよ? そして権力を持つ者はいつも自分を過信し、どうでも良い時は警戒して肝心な時は警戒すらしない。まさに君たちのことだよ? 本当に人って自意識過剰で愚かな奴が多いんだよねぇ~。前国王・女王陛下もそうだった、俺が側近のメイドちゃんに変装して午後のアフタヌーンティーに毒を入れるとは思わなかったんだろうね。警戒がガバガバだった。君や『神殺し』がいないとなにが本当に危険で何が許容できる危険なのか判断できない人間だった」


 イージスが見下ろす男は何も答えない。


「…………」


 ピクリとも動かない。


「あっ! 忘れてた。さっきの攻撃に毒を入れておいたんだった♪ それもちょっとでも吸い込んだら即死級のね♪ 一応毒は君たちの周りにしかいかないようにしたんだけど、それにしても良かったぁー、ありがとうね♪ 僕に選ばれた彼女は皆生きてる♪ 信じていたよぉ~、君ならそれに気付いて彼女たちを守り余計な力を使うって。まぁ、俺本来の武器が毒なんだけどね。と言っても保険で予め幻竜ちゃんの体内には既に抵抗を持たせているし牧ちゃんにも呼吸を通じて既に仕込んである。つまり俺に選ばれなかったもしくは価値ある人間かどうか試練を与えられた者たちだけが生と死の狭間を彷徨いその結果がこれってこと☆彡」


「……先生!」


 牧のか弱い声が戦場に響く。

 だが、涙混じりの声は聞こえない。


「無駄だよ。彼は自分の絶対防御を捨て、毒の成分だけの燃焼に努めた。それも部分的な燃焼という実に難しく魔力消費が激しいことを息をするようにね」


「……だったら先生も無事……のはず」


「本来ならね。でも後ろにいる数が多かった。彼女たちの身体は牧ちゃんと違って熱に耐性がないからね。当然、神経を使う。ちょっとしたことで火傷しちゃうんだよ。普通の魔法使いなら一人護れるか護れないか。その三十倍近いことをしたんだ。自分を気遣う余裕なんてあるわけないだろぉ? 牧ちゃんは彼に無理難題を与えるのが好きみたいだね♪」


「そ、そんなぁ……揚羽先生……」


 膝から崩れ落ちた牧にもう希望はない。

 それを失った人間にとって生とは一体なんだろうか。

 生きる理由がない人間はただ生きているだけ。

 屍となにもかわらない。

 心がないのなら傷付くことはない。

 初めからコイツ等の言いなりになっていれば目の前の大切な人は死ななくて済んだのではないか……。

 そんな思いが少女の中で生まれる。


 よく見ればイージスは肩で息をしているだけで、傷すら負っていない。


 ここまでして勝てない相手に揚羽は臆することなく立ち向かった。

 それだけじゃなくて、あの日のように弱気者の味方で希望であろうとしてくれた。


「先生、先生、先生」


 ボロボロと涙が止まらない。

 目の前の光景がまだ受け入れられないのだ。


「へぇー、アンタがあの日の黒幕だったんだ」


 太陽の陽をバックにイージスいや全員を見下ろす女が一人巨大な穴の上から視線を飛ばす。


「この辺吹き飛ばさないでよ。改修に何億で済まないんだから」


「んん~、誰が来たのかな~☆」


 イージスの笑みが消えた。


「まぁいいや。国が落ちるに比べたら安いか。それより心配して来てみたけど助けいる?」


「彼は死んだよ。残念だけど――」


 イージスの言葉を遮って田中が言う。


「違う。アンタと幻竜に言ってるの」


「へぇ?」


「俺に?」


 イージスと幻竜の顔が困惑に満ちる。


「それはどういう意味かな~?」


 はぁ~と大きなため息を見せて田中が親切に教える。


「魔力回路を制御して心臓を強引に止めることで毒の巡りを止める。そして魔力による分解。いや正確には燃焼による解毒をしてるやつが目覚めたら、アンタたち五体満足じゃ居られないってこと」


 その言葉にイージスが「ありえない!」と倒れて動かない揚羽を見る。


「私の魔法師名は『神殺し』。神眼ゴッド・アイのように神のような力を持つ者でも殺せるって所から由来されてるみたいよ。まぁ私は普通の人間で特異体質者でもないんだけどね。それとアンタたちが過去知りたがっていた神眼ゴッド・アイはそこにあるじゃない」


 その言葉に逃亡しようとしていた者たちがピクリと意識を戻す。

 田中が指をさすその先には死体になったと思われた揚羽の姿。

 彼の指先が動き、ゆっくりと立ち上がり始めた。


「暴走するか賭けたわね。ったく賭けに勝って面倒な仕事を増やしてくれなかっただけ良しとしてあげる」

(まぁ、最初から一ミリも心配してないけどね。ったくこんなにも愛されて羨ましいやつね)


 田中は面倒そうに言った。

 まるでもう決着は付いたと言わんばかりに。


「揚羽動くな! 動けば――」


 嫌な予感に駆られた幻竜が泣く牧の首に剣を突きつけるも、


「――幻竜の右腕が吹き飛ぶ」


 突きつけた剣と一緒に幻竜の右腕が弾け飛んだ。


「ぐあああああああ」


 八十メートル近くある距離を瞬きの一瞬で詰め、幻竜の右腕を切り落とした田中の魔法師の腕はこの場で軍を抜いていた。


「黙れ、うるさい」


 顔面に膝蹴りをもらった幻竜は気を失い地面に倒れ込んだ。


「さぁ。牧ちゃんおいで」


 そう言って近くにいた牧を優しく抱きしめる田中は母のように暖かい温もりでか弱い女子高生を包み込む。


 その近くでは揚羽が立ち上がり、深紅色の髪が赤い星のように眩しく綺麗に輝き始める。


「お願いします。先生を助けてください、あの日のお姉さん」


「大丈夫よ。牧さんが知る揚羽先生は実は超強いのよ」


 背中を優しく擦りながら、優しい声で耳元で囁く田中の声に安心したのか牧の涙は止まる。

 そして。

 揚羽の敗北を機に気が狂い始めていた妊婦たちも冷静さを取り戻し始める。


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