第24話 星野きらら


 ■■■


 カウンセリングが終わると、急いである人物の元へと向かった。

 今の時間帯はちょうど多くの教員が授業中で人目が少なく声もかけやすい。


「星野先生」


「揚羽先生? どうしたの?」


「ちょっとだけ教えて欲しいことがあるのですが」


「いいわ。ここだと目立つといけないから図書室に行きましょう」


 周囲の目が気になるのか、星野は揚羽を図書室に連れて行く。

 この時間帯だと図書室には誰もいない。

 でもその気持ちがわかる揚羽はそこについてはなにも言えなかった。


 虐めの対象になるってだけで本当に辛いから……。


 「それでなにが聞きたいの」


「星野先生はなんの特異体質者ですか?」


「えっ? どうして?」


「実は『Luminous』が狙う特異体質者に関連性がないかな? と思いまして」


「そういうことね」


 星野は納得した顔を見せる。

 図書室で数ある机と椅子。

 それにもかかわらず、図書室の一番奥の方で目立たない場所に対面で座り合う二人。揚羽が座った後にわざわざ対面に座ると言うことは少なくとも嫌われてないのかな? と考える揚羽。ここが図書室ということもあり、先ほどあることを思い出した。女性はコミニケション能力が男性より上手いのでまぁ大抵の場合は騙されて終わる。女性は嫌いな人とでも普通に会話ができ、男性は女性と少しでも話せたら気があるのかな? と勘違いしやすい。なによりその手の勘違いで告白して撃沈、なんて話しは歴史の数だけこの世にはあると何かの文献で読んだことがある揚羽は勘違いだけはしないように気を付ける。

 先に言っておくけど別にモテない男が過去にモテる努力と女性の恋についての本ばかり読んでとかじゃないから!!!

 と、しっかりと心の中で意味不明な言葉を付け加えて自分を納得させる揚羽は過去の黒歴史を払拭したいと思い始めた。ぎゃあああああ!!!


「魅惑よ。異性を惑わす眼を持っているわ」


 つまり今の『Luminous』は牧響子は必要としていて星野きららは必要としていないということか?

 流石に情報が二つだけってのは厳しいか。


「私特有ってわけじゃないから最近は狙われてないけど今朝から一応警戒はしてるわ」


「それがいいと思います。軍も完璧ではないですから」


「そうね。ねぇ? いざって時はアンタが私のことを守ってくれたりしないの?」


 その言葉にフラッシュバックした。

 過去の記憶が脳内で一瞬再生された。

 その光景は戦場。

 思い出したくない記憶が言葉をきっかけに思い出される。


「……そうですね」


 その先の言葉は荷が重い。

 目の前で何人が犠牲になり守れなかったか……。

 用済みと判断され『Luminous』に殺された女性特異体質者を何人も知っている。

 その者たちは人形のように死体置き場に裸で無造作に捨てられていた。

 救助が間に合った者達の多くは心に深い傷負い、今も治療中だ。

 本当の意味で守れた人間の数などたかが知れている。


「やっぱりアンタも無理っていう?」


「いえ……はい……そうかもしれません」


「だよね。相手が『Luminous』なら尚更ね」


 星野きららの悲しげな表情を見た時、揚羽は後悔した。

 誰かを悲しまるつもりじゃなかったのに。

 真実が彼女を傷つけてしまった。

 かといって嘘は……。

 そこまで考えた時、ある一つの答えが脳内で生まれた。

 彼女たちは希望が欲しいのだと。

 その希望になろうとして、かつては奮闘していた。

 記憶が徐々に蘇り、記憶と共に心も強くなっていく。


「それは違います。昔軍に居た頃、本当の意味で救えた人の人数は救えなかった人数の半分以下です。だから守りたいと思ったけどそれを口にするのを躊躇いました。過去に沢山失敗してて怖かったから」


「そっかぁ。アンタって理想高い人間でしょ?」


「さぁ? 自分ではよくわからないです」


「高いよ。この世の全ての特異体質者の女性を救う。本当にできると思ってるの?」


「そ、それは……」


「できるわけないじゃない。個人の力なんてそんなものよ。でもさ、私みたいな人間は少しでも自分が助かる見込みがあるならそれに縋るのよ。それが嘘だとしても。でもね嘘すら信じられなくなった時心がなくなって抵抗を止めてアイツらの人形になるんだと思う。だからまずは希望を見せてくれるだけで充分なのよ。わかった?」


 星野の言葉は彼女も当事者だから出た言葉であり、そこに説得力があるのだろう。聞いていて揚羽はその通りなのかもしれないと思った。

 理想と現実の狭間がごちゃごちゃになり始めた。


「はい……わかりました」


 星野は揚羽の様子を伺いながら言葉を続ける。


「そう言えばアンタ小田信奈について知りたがってたよね。これあげる」


 そう言って星野は胸ポケットから一つのUSBを渡す。


「これは?」


「私の立場だとそれが限界。でもちょっとぐらいは役に立つかな~って。周りに誰も居ない時、私が閲覧できる情報入れておいた」


「ありがとうございます」


「小田信奈は生きているわ。私の持ってるデータは改ざんされる前の物。サーバー更新面倒でサボってしてなかっただけなんだけど……あはは」


「それで更新しなおしてデータを入れたら相違点が沢山あった。そのUSBにはどっちも入ってる。アンタの立場なら証拠さえあれば国家でも動かせるんじゃないの?」


 なにかを確信したように呟く星野。

 揚羽は敢えて否定しないで最後まで聞くことにする。


「あの日私はアンタに救われたのよ。だからもう一度救って欲しいの。覚えているでしょ? 前両陛下が亡くなられた日のことよ」


 その言葉に突然の頭痛が襲う。

 今も無意識に遠ざけようとしているあの日の光景が思い出されていく。


「これは一人の少女の昔話。人とは違う体質を宿した少女は物心付いた時よく夜遊びをしていたわ。ある日。大学生になった少女は夜道を一人歩いていた。いつも通りの帰り道。いつもの夜遊び。でもその日はいつもと違った」


 話を聞くだけで痛々しい記憶が蘇ってくる。

 まるで目を背けるなと言わんばかりに。


「その日はある組織に拉致され監禁された。それから数日とせず妊娠したわ。死にたいと思ったわ。好きでもない男の子供を産んだらまた産まされて子供とは産んだ瞬間離れ離れになると別の被害者から聞いたときはね。でもしばらくして奇跡は起きた」


 それは――。

 それ以上は聞きたくない……だって沢山の守れなかった人たちから死んだような目で見られたあのなんともいえない感情は今思い返しても気持ちの良い物じゃないから。


「国家が滅びるかもしれない。でもこの地獄が終わり助かるかもしれないと思ったから。まぁ嫌な思いは沢山したけどさ、今の人生があるのはアンタのおかげなの。守護者紅様。あの日助けてくれてありがとう」


 頭痛に苦しむ揚羽のほっぺに柔らかい唇が触れた。


「私が知ってるヒーローは完璧超人じゃない。神じゃないただの人間。それにどうしようもなく運がないのか悪い噂ばかり立つ物語のヒーローとは真逆」


 一度小さく深呼吸をして続ける。


「でもあの日救われた被害者は少なくとも知ってる。私たちのために泣いてくれて何度も頭を下げに来た優しくて不器用な魔法使いを。だから願うの。もう一度私のヒーローになってくれたら……その嬉しいってさ?」


 照れくさそうに頬を指でかき、チラチラと見ては視線を外す星野。

 さっきまでなんともなかった頬が熱を帯びているのは本当にそう思っているからなのだろうか。

 今の揚羽にはわからない。


「てか年下の女の子にここまで言わせてポカーンって顔しないでよ……。私の家族がアンタに酷い言ったことも知ってる。ネットにソレを書き込んだ。他の被害家族も。その結果アンタだけが泥をかぶった事も。だから本当はこんなことを言う資格ないのはわかっている! それでも私たちのような女はアンタと言う希望が必要なの! そして頼れるのがアンタだけなの!」


 心臓が苦しい。

 形骸化した夢が本来の姿に戻ろうとしている。


 そして『過去と今』が繋がり始める。


「私をもっと頼って欲しい! 私ともっと仲良くなって欲しい! 私のことをもっと信じて欲しい! なぜなら私はアンタのことが好き! 私のために泣いてくれたあの日の涙は本物だった! 私たち一人一人のことを本気で心配してくれた! それだけでも私の心は救われた! だからそんなアンタに私は惚れたの! だからもう一度立ち上がってよ、私のヒーロー! 嘘でもいいから私を守るって言って安心させてよ! その代わり私もできる限りアンタのために頑張るからさ!」


 覚めない夢はこの世にない。

 自分だけが苦しんでいるわけではない。

 地獄を見ても生きたいと願う人もいる。

 思い通りの日々なんて決してない。

 それでも生きたいと願う少女たちが沢山いる。

 そして救えなかったってのはなにを持っての基準だったのだろう。

 少なくとも星野は救われたと言った。

 結果なんて物は後から付いて来る副産物だ。

 牧響子と約束した。

 彼女の前では強い先生でいることを。

 星野きららは願った。

 強いヒーローが立ち上がることを。


「一つだけ聞いてもいいですか?」


「なに?」


「家族や職場の反対を押し切っても私の味方で居てくれますか?」


 疲弊した心が求めていたそれは愛だったのかもしれない。

 それに気づいた時、今まで底なし沼だった穴がなにかよくわからないもので突然満たされた気がした。

 田中は愛をくれなかったか?

 田村は愛をくれなかったか?

 牧は愛をくれなかったか?

 星野は愛をくれなかったか?

 学園長は愛をくれなかったか?

 形や方法は様々かもしれない。

 それでも愛が人の心を救い、強くするのかもしれない。

 なぜなら誰かを守りたいと思うのも愛。

 愛は送り、送られる者。 

 それを拒み始めた時、

 必要な愛を疑い始めた時、

 心は疲弊し疲れて落ちていくのかもしれない。

 どうか――どうか――どうか――どうか――。

 あの日のように――あの日のように――。


「当たり前じゃない!」


 立ち上がるべきだ。

 失敗しても本当の味方はいる。

 いつしか彼女たちが平和に暮らせる未来を作るために今からまた頑張ろう。

 揚羽は覚悟を決めた。


 星野から貰ったモノ。

 これが事件解決のピースだったことは言うまでもない。

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