第5話 追放された俺は、“家族”として迎えられた

 朝の光が食堂の窓から差し込み、湯気の立つスープと焼きたてパンの香りが、あたたかな空気を運んでくる。


 昨日と同じ食卓──けれど、俺の気持ちが少し変わったせいか、今朝は景色が違って見えた。


 全員が席についた直後、ガーランド男爵がゆるやかに立ち上がり、静かに声をかける。


「朝早くに集まってもらって済まないな。少し、聞いてくれるかな」


 穏やかな眼差しを娘たち、そしてミラベル夫人へと向けながら、男爵は続ける。


「昨夜、レインス君から──“我が家の一員になりたい”という申し出があった。私はそれを受け入れたよ」


 その言葉に、三姉妹の視線が一斉にこちらへと向けられる。

 驚きよりも、納得したような、あたたかい眼差しだった。


 ロノアもまた、穏やかな笑みを浮かべている。ほんの少しだけ、瞳が潤んで見えたのは気のせいだろうか。


「これから彼は、“レッドグレイヴの家族”として、この屋敷で共に暮らしていく」


「……改まって言われてもね。私らはもう、そういうつもりだったし」


 ミレイアがパンをちぎりながら、ぶっきらぼうに呟く。

 だがその表情は、どこか照れ隠しのような柔らかさを帯びていた。


「ふふっ、そうね。今さら“家族です”って言われると、なんだかくすぐったいわ」


 リリアが静かに笑う。頬に落ちる朝の光が、その微笑みに柔らかな輪郭を与えている。


「やりました! やっぱりレインスさんは、わたしたちの家族になったんですね!」


 隣でアイリスが弾けるような笑顔を見せ、嬉しそうに声を弾ませる。


「……よろしくお願いします」


 小さな声が、自然と口をついて出た。

 気の利いた言葉は何ひとつ浮かばなかったけれど、目の前にあるこの空気に──ただ、深く感謝していた。


「レインス様……本当に、良かったですね」


 ロノアがそっとつぶやく。声は控えめだったが、その微笑みはどこか誇らしげだった。


 ガーランドが頷くと、ミラベルがふわりと微笑んで言葉を添える。


「それじゃあ今日からは、“本当の家族”らしいことを始めましょうか」


「……“家族らしいこと”?」


「ええ。例えば──我が家での召喚士としての鍛錬なんて、どうかしら?」


 その言葉に、視線がパンの耳をもぐもぐ頬張っているミレイアへと集まる。


「……ちょっと、なんで私を見るのよ、母さん」


「だって、あなたがいつも率先してやってることでしょ?」


 くすっと笑うミラベルに、ミレイアが顔をしかめながらも言葉を返す。


 ──こうして、レインスにとっての「家族としての初訓練」は、静かに、そして確かに幕を開けた。


◇◇◇◇


 まだ冷たさの残る朝の空気の中、屋敷の裏庭には木剣のぶつかり合う音が鋭く響いていた。


 バシンッ──

 打ち込まれた一撃を受け止めた瞬間、腕にずしりと衝撃が走る。

 反射的に身を捻って間合いを取るが、それを逃すまいとミレイアが一気に踏み込んできた。


「ほら、そこ。甘い!」


 魔力をまとった木剣が風を裂き、頭上から振り下ろされる。

 俺も同じように魔力を込め、正面から打ち合うように受け止める。そのまま、彼女の動きを目で追った。


「おおっ! ミレイア様の剣を止めた!?」

「あの坊主、結構やるじゃねぇか……」

「俺なんか、一太刀も入れられずにボッコボコだったぞ……」


 気づけば、周囲にはレッドグレイヴ家の騎士たちが集まり、興味深そうに俺たちを見ていた。


 ──速い。けれど、まったく読めないわけじゃない。


 俺はラズネルド家の血を引く者として、これまで剣術の鍛錬は積んできた。

 基本の構え、体の運び、間合いの感覚──どれも決して未熟じゃない。


 ……けれど、ミレイアはその“正しさ”すら軽々と超えてくる。


「なんでそんなに動けるのに、反応が遅いのよ。頭で考えるから遅れるの。剣を体に馴染ませなさい!」


 叱責にも似た声。けれど、そこには冷たさではなく、どこか教師のような熱がこもっていた。


 ──ラズネルド家の騎士と交えていた頃とは違う。


「クソッ!」


 振り上げた剣を横に逸らした瞬間、ミレイアが魔力をまとった足で軽く地を蹴る。

 次の瞬間には、もう──彼女の姿は視界から消えていた。


「……!」


 気づいたときには、俺の胴に木剣の腹がピタリと添えられていた。


「おぉぉぉぉ!」

「さすが、ミレイア様!」

「あの動き見えたか!?」


 周囲の騎士たちが一斉にどよめく。


「はい、終わり。──さて、これで何本目だったかしら?」


 ミレイアは肩の力を抜いたまま、勝ち慣れた調子で言った。

 呆れたようにため息をつきながらも、口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。


「でも……悪くないわね。思ってたより鍛えられてるじゃない」


 そう言って、ミレイアは木剣を肩に担ぐ。


「ちゃんと相手を見る力はある。魔力の流れもスムーズ。けど──詰めも、読みも甘い。今のままじゃ、実戦じゃ通用しないよ。……それでも、続ける?」


「当然。むしろ、もっと教えてほしい」


 迷いのない声で返すと、ミレイアは一瞬だけ目を細め──それから、ニッと笑った。


「ふん……根性はあるじゃない。なら──もう少し本気でいくよ。覚悟しなさい、レインス」


 その言葉に、胸がじんわりと熱くなった。


 “落ちこぼれ”と捨てられた俺が、誰かにそう言ってもらえることが──

 こんなにも嬉しいなんて、思ってもいなかった。


「じゃあ、今度はレインスから来なさい!」


「はい!」


 それからも、俺たちの鍛錬は続いた。

 気づけば昼食の時間をとうに過ぎ、ついにはミレイアさんに食堂まで呼びに来られて──


 少し怒られたのは、ここだけの話だ。

 だけど、あの木剣の痛みすら──今の俺には、どこか嬉しかった。

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