第34話 再会と再開
「よかった。間に合って……」
透き通るような白髪を靡かせ、魔剣を持った少女が前に立つ。
迫っていた大波の全てが凍り付く中で、居るはずのない少女の名を口にする。
「……メリア!?」
「はい。お待たせしました。ウォルトさん」
振り返ったメリアは涙を堪えるように、安堵の表情を浮かべていた。
「どうしてここに……? どうやって?」
「色々とありましたが、説明は後です」
生まれた疑問は後回しに、未だ絶体絶命なことに変わりはないとメリアが諭す。
「そうだな。お互い気になることはあるが、今はあの災害をどうにかしないとだ」
依然、戦況が厳しいことに変わりはないが、覆せない盤面ではなくなった。
僅かに視えた希望を更に強固にするように、後ろから聞き覚えのある声が掛かった。
「生きておったようじゃな」
「本当に生きてたなんて……」
後ろの荒れた森から姿を現したのは黒髪の狐族の少女コハクと、同じく淡い黄色の髪を伸ばした狐族の少女だった。
「コハクも来てたのか。でも、いいのか?」
幻影都市は混乱に陥っていたはずだと思い、コハクに問うが。
「よい。例の狩人とノモリの尽力あって、既に大方は片付いておる」
「そうか。なら、よかった」
「それよりも、目の前のことの方が重要じゃろうて」
湖というには既に影も形もない窪んだ地面の中心で、淡い光を口に灯すミズチを見てコハクがそう口にした。
「まずいッ……!」
幾度と見てきた放出の予備動作。
対抗する時間はない。今すぐこの場を離れなければ―――、
「―――ッ」
再び放たれる水流。
その破壊的な奔流を回避するよう身体が反応するも、軌道が逸れ明後日の方向へと過ぎ去っていった。
「何が………? ―――そういうことか」
僅かに揺れるコハクの尾と術式の気配を察知して、瞬時に理解する。
―――幻影。
何も都市だけに限られた能力ではないのだ。
狐族なのに幻影を主戦力としなかった
「そうだ、コハク。あそこの倒木に―――」
そう口にした時、幻影に翻弄されていたミズチが再び口を大きく開け、瘴気を吐き出す構えを取った。
「……まさかっ!?」
当然と言えば当然ではあった。水流で倒せないことが分かれば、別の手に切り替える。
そんな知能を持ち合わせていることを、嫌という程思い知らされていたはずだ。
「くッ……!」
間に合わない。ミズチまでは少し遠く、後手から瘴気に対抗できる術もない。
最悪の一手に対し説明する暇もないまま、全滅を予感する。が、
「―――流・古式」
そんな声と共にコハクに指し示した場所から黒い影が飛び出し、駆けた。
そして僅かに瘴気が口から漏れ出るかというタイミングで、
「―――『閃影』」
男の影が揺らめく。
直後、ミズチの側頭部が男の刃によって弾かれた。
「ビャクヤ!!」
思わず目の前の男の名を叫ぶ。
生きていたことの嬉しさと、起きるまでの遅さを責める気持ちが入り混じった声で。
「ウォルトさん、あの人は……?」
突如現れた見知らぬ男に戸惑いながら、メリアが問いかけてくる。
「あれは―――」
疑問に対し答えようと口を開くが、横のコハクが信じられないものを見た表情を浮かべているのを見て、口を噤む。
「…………にぃ……さま?」
目の前に映る現実にコハクは目を疑い、何度も両の目を擦り確認し始めた。
何度も何度も。
やがて擦っていたはずの指は溢れ出てくるものを受け止める為の仕草へと変わっていく。
「…………うぅ゛」
流れるものを堪えるように、コハクは声を堪えるように顔を手で覆い隠す。
そんなコハクの感情の整理が付かぬまま刹那の猶予は終わりを迎え、額から血を流すビャクヤが声を上げる。
「不覚を取ったようだ。世話を掛けて済まなかった!
ウォルト! いけるか!?」
「あぁ、いける!」
すぐさまビャクヤの呼びかけに答える。が、お互いに傷や疲労が蓄積していることは彼の鈍くなった動きを見て理解できる。
討ち果たすにしろ、息絶えるにしろ、恐らくこれが最後の戦いになるだろう。
「メリア。厳しいと思ったらすぐにティナを抱えて逃げてくれ。
……ただ、それまでは頼っていいか?」
無茶を承知で口にする願い。
怒られることを覚悟したが、メリアの声音は想像より柔らかく。
「頼っていいか。なんて今さらなこと訊かないでください。
ウォルトさんもティナちゃんも私が絶対に死なせませんので」
そう言ってメリアはティナをもう一人の狐族に任せ、再び魔剣を構えた。
「いきましょう」
こうして新たな味方を得て、討伐戦は終幕へ。
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