第28話 討伐作戦準備
湖から少し離れ、ビャクヤに案内されてやってきたのは小さな洞窟だった。
「此処であれば多少は腰を落ち着けて話せるであろう」
そう言って洞窟の中へと足を踏み入れるビャクヤに付いて行く。
すると、
「思ったより生活感があるな」
二年という月日を、この洞窟で生活していたのだろう。
焚火の跡は新しく、それを囲うように丸太で作られた椅子や枝で組み立てられた物干し竿のようなものまで目に映った。
「秘密基地みたい!」
そう言ってティナは目を輝かせる。
「隠れ家というには少々不格好ではあるが、雨風を防ぎ、命を繋ぐだけであれば十分な場所であろう?」
「そうだな。
とは言え、現状休める場所があるという事実は想像以上に大きな意味を持つ。
ティナには少し過酷な環境かもしれないが、今日は我慢してもらおう。
そんなことを思いながら、眺めているとビャクヤが口を開く。
「腰を降ろしてくれて構わない」
「あぁ」
促されるまま腰を降ろすが、一向に椅子に座らないビャクヤに問いかける。
「座らないのか?」
「すまぬな。二人以上の来客は予想できず、椅子が二つしかない」
そう言ってビャクヤはティナに空いている席へ座るよう促す。
心遣いは有り難いが、家主を差し置き座るのも忍びない。
「ティナおいで」
「うん!」
溌剌な返事と共にやってきたティナを抱え、膝の上に座らせる。
「座り心地悪くないか?」
「悪くない!」
「そうか。という訳だ。座ってくれ」
「気遣い感謝しよう」
「こちらこそ感謝だ」
そうしてビャクヤが腰を落ち着けたのを見て、さっそく本題を切り出す。
「ミズチについてだが、知っていることを全て聞きたい」
「あぁ。余の経験、全てを話そう」
静かな洞窟の中で、ビャクヤの口から凄惨な戦いの全てが語られた。
ミズチは周囲に流れる水を操ること、天候に干渉し大雨をもたらすこと、瘴気によりマナ酔いが起こることや術式が乱れやすくなること、そしてビャクヤの率いた討伐軍三百名が壊滅後、母のコヨイが率いた援軍五百名で再び討伐に挑んだこと。その顛末を聞いた。
「―――以上が二年前の出来事だ」
「凄まじいな……」
覚悟はしていたが、ここまでとは思わなかった。
想像以上の被害に重苦しい空気と沈黙が流れる。
本当に勝ちの目など、存在するのだろうか。そんなことすら思えてしまう。
「どうやって一人で刺し違えるつもりだったんだ?」
「気合いしかあるまい」
「根性でどうにかなる問題を越えてるだろ……」
まさに災害ともいうべき化物相手に個人が太刀打ちなどできるはずもなし。
彼が無駄死にする前に一人で挑むことを止めることができて良かったが、俺個人程度の助力では焼け石に水でしかないだろう。
「都市へ新たな増援を頼むのはどうだ?」
いつ封印が解けるか分からないことから、博打にはなるが増援が間に合えば戦況はまだマシになる。
そんな期待からビャクヤへ提案するが、
「主らの話では都市は今、混乱に陥っておるのだろう?」
「そうだったな……」
色々なことがあって失念していたが、都市の問題もまだ片付いていない。
狩人が協力しているから、解決には向かうだろうがまだ時間が足りない。
「その上、二年前に率いた軍は都市の精鋭だ。
これ以上の損耗は他国からの侵略を許すことに繋がり兼ねない」
「だから新たな増援も呼ぶことなく、二年も封印を繋ぎ止め続けていたのか」
ビャクヤの命ある限り封印を持続し続けることができたなら、成長した後進がいずれ討伐することもあり得ていただろう。
そして二年という時間は長いようで短く、ミズチを打ち倒せる程の軍は未だに育っていないことは幻影都市の混乱具合から見ても明らかである。
「せめてメリアか、狩人辺りが居ればな……」
どちらも実力者であり、水を操るというミズチ相手に一定以上の役割は見込めただろう。
ないものをねだった所で仕方なくはあるが。
「今さらだが、主の力の詳細を訊きたい。
封印に対しての知識や言動から魔術師の系譜であると認識しているが相違ないか?」
「相違ない。魔術師と言うには過大評価だがな」
「
口調はやや冷たいが、恐らく激励の言葉なのだろう。
或いは期待だろうか。どちらにせよ、お互いにできることを限界までやり通さなければ未来はない。
「俺もビャクヤの力については聞いておきたい。助けてくれた時に使っていたのは幻影だよな?」
「如何にも。狐族に許された最大の武器故な」
そう言ってビャクヤは一房の黒い尾を揺らす。
「あれ? コハクちゃんのお兄ちゃんなのに、尻尾一本しかないのなんで?」
黙って話を聞いていたティナが気づいたのか、そんな疑問の声を上げた。
「尾が九本もあっては邪魔にしかならない故な」
「えっ、切ったの?」
物騒な想像をして一人衝撃を受けていたが、ビャクヤは尾の先で結んでいた紐を解いてみせる。
すると、束ねられていた尾が意思を持ったように広がっていった。
「わぁ……、どうして紐でまとめてたの?」
「多少窮屈ではあるが、束ねる方が便利で良い。斬り合う時は特にな」
そう言っていつの間にか手元に用意していた刃物を取り出してそう口にした。
「メリアお姉ちゃんの剣と、全然違う!」
「刀を見るのは初めてか?」
「うん!」
そう言って興味深そうに眺めるティナに刀を見せながら、ビャクヤは話を再開させる。
「余の力については見ての通り、幻影と剣術の二つだ」
幻影は一度目にしたため、その技術の高さも実力も理解している。
だが、剣術ばかりは実力を推し量れるだけの経験がない。
聞いて理解できるかは分からないが、一応問い掛ける。
「剣術の腕はどのくらいなんだ?」
「意趣返しか。面白い」
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
先程の自己評価の話なのだろう。
何も意図していない言葉に、ビャクヤは少し考えるようにして答えを出した。
「我が都市に並ぶものはいない。
いや、剣術だけならば周辺国家の名だたる英雄たちにも引けは取らぬはずだ」
「大きく出たな。それこそ過大評価じゃないのか?」
「かもしれぬ。が、己が下した評価を越えてこそであろう?
どちらにせよ、過大評価かどうかはミズチを討ち果たせば分かることよ」
あまりにも清々しく、大雑把だが分かりやすい物差しをビャクヤは掲げた。
ミズチに勝てば過大評価などではなくなり、ミズチに敗けて命が果てれば自惚れでしかなかったと。
蛮勇だが、避けて通ることができない以上頼もしくもある。
「して戦術については後に詰めるとするが、そこのティナについてはどうするつもりだ?」
「ん?」
唐突に視線を向けられたティナは首を傾げる。
「よもや戦闘に巻き込む訳でもあるまい?」
「それなんだが……」
ビャクヤの懸念も理解できる。
厳しい言い方をすれば足手纏い。
そして死地に子供を連れていくことほど残酷なこともないだろう。
だが、
「考えた末の結論だ。連れていく」
「正気か?」
「あぁ」
「理解に苦しむ。理由を話せ」
そう口にしたビャクヤの声には怒気が孕んでいるように感じた。
それでも冷静に、落ち着いて納得のいく理由を待っている。
ビャクヤの理解が得られるかは分からないが、結論に至った経緯を整理して伝える。
「ティナを狙う男が居る。仮にミズチを討ち果たしたとしても、安全な場所に置いてきたティナが攫われては意味がない」
大森林に迷い込んだ理由もティナを取り返す為だった。
勿論。ミズチを討ち果たすことは重要だが、最優先だけは見失ってはならない。
「子守りをしながら倒せる相手ではないぞ」
「理解している。覚悟の上だ」
「ならば何も言うまい。命に代えても守り通すことだ」
「あぁ、言われなくても分かってる」
そう答えるとビャクヤは満足そうに目を伏せ少しの沈黙の後、新たに浮上した問題を提起した。
「狙って来る男の対処についてはどうする?
ミズチと同時に相手は出来ぬぞ」
ビャクヤの懸念はもっともで。その場合の対抗手段は残念ながら、ないというしかない。
「ミズチ討伐を二日後にずらして、クレディウスとの遭遇をできるだけ避ける。それでもミズチとの戦闘中に遭遇するようであれば、その時は全力で逃走。あわよくばクレディウスとミズチで削り合ってくれるのが理想だ」
「逃げの一手……。やはりそれしかあるまいか」
「あぁ。絶対に勝てない以上、それしかない」
ミズチだけで絶望的な状況で割ける余力などあるはずがなく、俺たちにできるのはクレディウスとの遭遇率をできる限り下げることだけだろう。
「二日以上日程を変更することは出来ぬのか?」
日数を伸ばせば遭遇率を下げられる、そんな考えからビャクヤが疑問を口にする。
確かに伸ばすほど近くに居続ける確率は低い。が、
「封印術式の損耗から見ていつ解けるか分からない以上、決行は早い方が良い。
それに伸ばせば伸ばすほど予想外のことが増える」
「成る程。ならば良し。
決行は二日後の昼時とする!」
快闊な声が響き、ミズチ討伐の日時が決定した。
準備期間は二日。この間に自分に何ができるのか。
生存率を上げる為、己の知識と経験が今試される。
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