第21話 旧備地区の決戦

 雨客通りの制御門を奪還し、出血した腕の応急処置を終えると、傍らにいたコハクが次の行動を口にした。


「無理を承知で言うが……他の門の奪取にも動きたい。付いてきてくれるかの?」

「ああ。狐紙が残り少ないのが気になるが――問題ない」


 元より、全ての眷属を見てみたいと思っていた自分にとっては、むしろ願ってもない申し出だ。


「次はどこを目指す?」

「隣接区画から順々に……と言いたいところじゃが。今はお主ら、客人の安否を確認を確認すべく合流を急いだ方がよいじゃろう」


 その言い方はまるで、メリアたちの状況を把握できていないようで――。


「案内役の幻影がいたはずだろ? 避難自体は済んでるんじゃないのか」

「面目ないが、制御門との接続が切れた時点で、行使していた幻影はすべて消えてしもうた」

「……そうか」


 言われてみれば当然のことだった。

 魔術機構と繋がっていた彼女にとって、わざわざ制御門から独立した幻影を用意する必要はなかったはずだ。


「まぁ、あとでメリアから小言が飛んでくるだろうが、問題はないはずだ。なにせメリアの剣の腕は確かだからな」


 それに、頭も良い。彼女であれば、引き際は絶対に間違えない。


「……むしろ、既に眷属を切り捨ててるかもな」

「だとすれば有難いことじゃが、恐ろしくもあるのう……」


 そうぼやきつつも、コハクは気を取り直すように咳払いをし、話を戻す。


「コホン。ともあれ、客人であることに変わりはない。

 今日は紅辺地区を観光する予定じゃったな?」

「そのはずだ」


 メリアが朝に話していたことを思い出し、頷く。


「避難の最中でなければ、紅辺地区にとどまっている可能性が高いじゃろう。

 故に、妾たちがこれから向かうべきは――」


 コハクが目的地を口にしかけた、その時だった。


 ドン――!


 空気を震わせるような衝撃音が響き渡り、地面がわずかに揺れた。


「なっ――!?」


 コハクの驚きの声は、その直後に続いた爆発音と爆風に掻き消された。

 巻き起こる風圧に身を屈めながら、爆心地と思しき方角へ視線を向けると――


「あれは……!」


 旧備地区の空に、天を貫くような火柱が立ち上っていた。

 そしてその火柱を迎え撃つように、渦を巻く暗雲の中から、風が龍の形を成して降下していく。


「……ッ!!」


 激突の瞬間、雷鳴にも似た轟音が街に響き渡る。

 再び襲い来る爆風に身構えながら、風が落ち着いたのを見計らってコハクへと尋ねる。


「あれ、何か心当たりあるか?」

「あるわけなかろうて! あの様な決戦、誰が許可するんじゃ!」

「だよな」


 あれほどの魔術同士のぶつかり合いが、正式に許可されたとは到底思えない。


「それじゃ、俺たちも混ぜて貰いに行くか」

「莫迦なこと言うでない! 死にに行くつもりか!?」

「とは言っても、あれを放置はできないんじゃないか?」

「むぅ……確かに放置はできぬが……今の状況で、あれを止められるとは到底思えぬぞ」


 コハクは、冷静に、慎重にそう告げる。だが――


「悪い。俺は行く」


 それでも、心が叫ぶのを止められなかった。


「行かないで後悔するのだけは、どうしても嫌なんだ!」


 抑えきれない好奇心。

 合流すればメリアに、きっと止められる。

 ならば、今しかない。


「……はぁ。本当に、どうするつもりじゃ……」


 呆れと諦めの混ざったような溜息を背に受けながら。

 爆心地へと向かって一歩を踏み出した――。


--- ---


 一日ぶりに足を運んだ旧備地区は、目を疑うような惨状だった。


 爆発の余波か、馬車の残骸が道端に転がり、立ち並んでいた家々の多くは無残にも半壊している。瓦礫をかき分けるようにして、何人もの人々が都市中央へと避難していく姿が見える。


「……甚大な被害じゃな」


 けれど、不思議なことに死体は見当たらず、助けを呼ぶ声も聞こえない。

 偶然か、それとも意図的に排除されたのか――そんな不気味さを感じながら、俺たちは制御門へと足を進めた。


 と、その途中、小刻みに響く爆発音が耳を打つ。


「まだ何かやっておるようじゃな。注意して進むぞ」

「あぁ」


 コハクの警告に頷きつつ、音のする方角へ目を向けた、そのとき――


「いつまで黙ってるワケ?

 そろそろ何か言ったらどう??」


 聞き覚えのある、少女の声だった。


 遠目で後ろ姿しか見えないが、その細い腕が動くたび、眷属の頭部を小さな炎が焼いていく。


「……っ……!」


 眷属は必死に術式を組み上げようとするも、周囲に浮かぶ火の粉が弾け、術式の干渉を阻害していく。


「だから、無駄。急に襲ってきたかと思えば、この程度??」


 圧倒的だった。

 狩人と眷属――もはや戦いにすらなっていない。


「はぁ……幻影都市って聞いてたのに、全然幻影じゃないし、襲われるし。

 意味がわかんないんだけど……」


 少女は、ただ淡々と眷属を燃やし続ける。

 見なかったことにするべきだ――そう思い、踵を返しかけた、まさにその瞬間。


「え、消えた……!?」


 少女の驚いた声と共に、いつの間にか離れていたコハクが戻ってきて口を開いた。


「二つ目の制御門、奪取完了じゃ」


 よりにもよって、今か。

 そんな愚痴を呑み込む間もなく、少女は振り返り――俺と目が合った。


 紅い瞳が大きく見開かれ、硬直。

 だが、次の瞬間には音もなく走り出していた。


「……っ!」


 逃げるべきか? それとも、立ち向かうべきか?


 さっきまで眷属を一方的に圧していた相手に?

 思考が回らないまま、俺は一縷の望みに賭けてコハクに問う。


「……幻影は?」

「すまぬが、解けておる」

「……そうか」


 打つ手なし。


 狐紙を描くには時間が足りない。

 せめて最後の抵抗をと、術式構築をしようとするも、いつの間にか周囲に漂っていた火の粉が爆ぜ、術式が阻害された。


「ははっ……」


 最後の抵抗すら許さないその鮮やかさに、思わず乾いた笑いが漏れた。


 狩人との距離は、もう数歩。


 これで、終わりだ。

 目を閉じ、死を受け入れる覚悟を決めた――その直後。


 どん、と何かに押し倒され、背中が地面に叩きつけられる。


 逃避行はここまで。


 捕まった以上、あの眷属と同じ末路になるのだろう。

 覚悟を決め、再び訪れる痛みに備えて、息を止める。が――


「……え?」


 痛みは来ない。

 処刑人の鎌が、降りてこない。


 訝しく思い、目を開けると。

 そこには、馬乗りになった少女の顔があった。


 唇が小さく震えている。

 そして、その頬を、透明な雫が伝っていた。


「ようやく……会えた……し、しょう……!」


 狩人は――いや、少女はそう零した。

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