第14話 新たな依頼
「魔術機構だと……!?」
普段、滅多に聞くことのなかった単語に、胸が高鳴る。
「聞いたことがあるようじゃの?」
「そりゃ、あるさ。
魔術機構ほど、大規模かつ長期にわたって運用される魔術はそうそうない」
彼女の言葉に頷きつつ、幻影都市、魔術機構と挙がったことで話が指し示す一つに思い至る。
「話が早くて助かるのう。知っての通り――我が都市を幻影の都たらしめている、あの幻影制御陣のことじゃな」
幻影都市に存在するあらゆる幻影の発生と制御を司る魔術機構。
「それがどうしたんですか?」
「中核を担うそれを扱いきれないとなれば、都市の運営自体が立ち行かぬ。
それは理解して貰えるかの?」
「……理解はできますね」
魔術機構が機能不全を起こせば、幻影都市は混乱に陥るだろう。それは明白だった。
だが――。
「少し引っ掛かるな。長年の運用で不備が出た、ってんなら分かる。
だが、扱いきれないってのはどういう意味だ?」
魔術機構というものは長期運用を前提に設計されているはずだ。その根本的な前提が崩れるような代物なら、そもそも採用されるわけがない。
「そのままの意味さな……不甲斐ない話ではあるが、これは己の力不足によるものじゃ」
少女は歯噛みするような声音で、口を開いた。
「知っての通り、妾の家系は代々この幻影都市の魔術機構を運用してきた一族じゃ。……都市の運営を司る責任を持っておる」
「え……?」
隣から、メリアの間の抜けた声が漏れた。
なんとなく察してはいたが、あらためて聞かされると驚きが勝る。
「なんじゃ? てっきり知っておると思っておったが?」
「聞いていた話では、幻影都市の責任者は代々、尾が九本であると……」
視線が少女の背に向かう。尾は――八本。
何度見ても、それは変わらなかった。
情報の誤りなのか、それとも……。
少女は一度、視線を伏せてから語り始める。
「そこが、此度の原因じゃ」
「というと?」
「我が家系は代々、尾が九本。しかし妾だけが――八本で生まれてしまった」
何故八本しかないのか、気にはなる。が、それは今重要なことではない。
そう思い留まり耳を傾ける。
「代々運用してきた魔術機構。
制御陣の要所要所に設置されておる制御門は――総じて九つある」
つまり。
「尾が、それぞれの制御門を司っている……?」
「如何にも」
全てが繋がった。
九本の尾によって支えられていた魔術機構。それが今の代では八本になった。
どうりで扱いきれないはずだ。
「事情は理解しましたが、ウォルトさんにどうして欲しいのですか?」
「手段は問わぬ。八本でも、どうにか運用できるようにして貰えぬだろうか」
少女は目を伏せ、肩を落とし、言葉を絞り出す。
「無論、無茶な願いであることは理解しておる。
それでも……受けて貰えぬじゃろうか」
そう言って、少女は深々と頭を下げた。
無理を承知の上で、それでも頼みたいという真摯な願い。
都市一つを支える魔術機構。
求められる知識は膨大で、一流の魔術師であっても不安が残る。
普通であれば、一介の民間人が請け負うなど論外の依頼。
だが、それでも――
魔術機構に触れられる、またとない
それは、俺にとって抗いがたい誘惑だった。
「ウォルトさん、よく考えてください」
決断しかけた瞬間、メリアの声が冷静に水を差す。
「今までの魔道具や魔術の調整とは訳が違うんですよ?
衝動的に決めるのは避けてください」
「わかってる。だからこそ、受けようと思うんだ」
「わかってませんよね?」
「わかってるとも。よく考えた。考え抜いた結果、受けるって決めたんだ」
「……流れるように嘘を吐かないでください。目が泳いでます。
何も考えてないですよね」
呆れたようにメリアがため息をつく。
言い訳のしようがなく。好奇心だけで決めたと言われて反論はできない。
俺はどうしようもなく――好奇心の奴隷なのだ。
「……はぁ。わかりました。ウォルトさんがそう決めた以上、
どうせ誰が何を言っても止まりませんし。受けましょう、その依頼」
「本当か!? 感謝する」
「ただし、魔術機構なんて大それたものを、ウォルトさん一人でどうにかできるとは思っていません。
ですから“挑戦してみるだけ”ということは、ちゃんと理解しておいてください」
「もちろん理解しておる。挑戦してもらえるだけでも、有難い」
そう言って、少女は改めて深く頭を下げ、そして思い出したように自己紹介を始めた。
「遅くなったが、妾はウラミ・コハク。コハクと呼んでくれて構わん」
「ウォルトだ。よろしく」
「メリアです。よろしくお願いします」
「ティナだよー!」
軽やかにティナが名乗りを上げ、ひとまず自己紹介は済んだ。
「ところで……深くは追求せんが、追われているとのことじゃったな?
仔細は移動しながらで構わぬか?」
「そうですね。少し離れたところに馬車を待たせていますので、それで移動しながら聞きましょう」
コハクの配慮を受け、メリアの案で話はまとまる。
こうして新たにコハクを加え、一行は再び幻影都市を目指すこととなった。
--- ---
馬車に揺られながら、向かい側に座るコハクが口を開いた。
「大まかな説明は先に済ませたとおりじゃな。何か疑問はあるかの?」
こちらの興味津々な様子を見てか、コハクはそう続けた。
「では遠慮なく。いくつか質問させてくれ。
制御できないと言っていたが、現在の幻影都市は機能を停止しているのか?」
「いや、機能そのものは停止しておらぬ。稼働可能な八カ所のみで、かろうじて維持しておる状態じゃ」
完璧ではないが、できる範囲でなんとか動かしているということだろう。
メリアに怒られない程度に質問は果たした。
ここからは、自分の好奇心を満たす問いへと移る。
「尾で制御している魔術機構と、狐族が使う幻影魔術との主な違いは?
現状では、規模の大小という程度の認識なんだが」
「狐族の幻影術は、生まれつき備わった尾の本数と密接に関わっておる。幻影を生み出し、制御する――この一連の工程を、ひとりで完結させる術じゃ。対して制御門を使った幻影術は、お狐様の力を借りたもの。つまり別物じゃな」
「お狐様?」
聞き慣れない単語に首を傾げると、コハクが補足を加える。
「お狐様とは、獣神のことさな」
「獣神……」
またしても馴染みのない言葉だが、文脈からして精霊のような存在だと判断し、先を促した。
「その力を借りることで、都市全体の運営を成り立たせておるのじゃ」
「なるほど」
幻影都市の魔術機構について、ようやく全体像が見えてきた。
お狐様とやらの力を借りているという点は予想外だったが、それもまた面白い。
そんなふうに考えていると、横に座るメリアが質問を投げかけた。
「ここまで重大な問題なら、どうして魔術王国に頼らなかったのですか?」
何も考えずに快諾していたが、言われてみればその通りだ。
通りすがりの他人に頼るよりも、身元の確かな魔術王国の方が、はるかに解決の可能性が高い。
運悪く、頼った相手が悪人だった場合のリスクもある。
「一つは、母上が魔術王国――特に魔術王は信用ならぬとして毛嫌いしておったからじゃな」
「それはどうして?」
「分からぬ。ただ、母上はこう言っておった。魔術王は敵である、とな」
「なかなか過激なお母様のようで」
どちらとも面識がないため軽々に口を挟むことはできないが、それほどまでに目の敵にするのも珍しい。
「魔術王か。一度は会ってみたいな」
「今会えば確実に殺されますよ」
「至高の魔術で殺されるなら、それはそれで」
世界最高の魔術師の手で人生を終えるのなら、むしろ本望と言ってもいい。
とはいえ、狩人に追われている今の状況では、そんな出会いは望めそうにない。
「二つ目は、重要であるがゆえじゃな」
「というと?」
「我が都市の
「なるほど」
通りすがりの旅人に見せていい理由にはなっていない気もするが、そうした事情もあるのだろう。
「ご両親から他に解決策は出なかったのですか?」
魔術に詳しい人に聞くよりも、長年運用してきた両親の方が詳しいと考えるのは自然なことだ。
もしかしたら、何か裏があるのかも。そんな思いもあってか、メリアが質問を投げかけた。
「父は、妾が産まれてすぐにこの世を去ったと聞いておる。
母は二年前、大森林へ征伐に向かい行方不明となった兄を追って帰って来ぬままじゃな」
「……」
想像以上に重い返答に、思わず空気が沈む。
確かにそれでは、解決策を尋ねることも叶わなかったのだろう。
だがそんな空気を払うように、コハクが明るく口を開いた。
「気を落とすでない。気にしてないわけではないが、当主代理としてできる限りのことはやってきたつもりじゃ。いつまでも引きずってはおられぬよ」
「ごしゅじん、コハクの願い……叶えてあげられる?」
それまで静かに話を聞いていたティナが、おそるおそるといった様子でそう口にする。
「分からない。でも……できる限り、叶えてあげたいよな」
「うん!」
「助かるのう。返せるもの自体は少ないが、追われておるのであれば、現当主として都市内での安全は保障しよう」
「嬉しい提案ではありますが……狩人相手に安全を保障できるのですか?」
メリアの懸念はもっともだ。
あの狩人には、認識阻害のローブすら通じなかったのだから。
「安心してよい。幻影都市は狐族の都市。幻影で欺くことこそが我らの──
都市内であれば、かの魔術王ですら騙してみせようぞ」
年若いながらも、絶対的な自信をにじませるコハク。
その言葉に、きっと嘘偽りはないのだろう。
「分かりました。では……お願いします」
彼女の言葉に、ひとまずの問題はないと判断できたのか。
メリアは、緊張をほどくようにしてそう答えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます