第20話 ソフィーラさんのカリスマ

 翌日、準備を済ませた俺たちは集合場所のギルド前まで来ていた。


「あれっ、リリカたちが一番乗り~?」

「そうみたいですねぇ」


 リリカたちの言う通り、朝早くということもあってギルド前は人気ひとけがない。


『ちょっと張り切りすぎたんじゃないのか?』

「え~、そうかなー?」


 俺の指摘に、リリカは頭の後ろで腕を組んであっけらかんと答える。


「それじゃあ時間潰しにナナバあげるねっ」

『ちょうどお腹が空いてたんだ、助かるよ』


 リリカの差し出したナナバを、俺は夢中でかじりついた。


 やっぱりナナバの優しい甘さがいい、心が安らぐようだ。


「ヘラクレスってば、ちょー癒されるんだけど~」

「かわいいですぅ」


 ……二人してそんなジーッと見つめられたら、ちょっと食べづらいんだけど。

 ま、気にしても仕方ないか。


 ナナバの果汁を吸って背中の鞘翅が漆黒に染まろうとすると、そこへやってきたのは昨日の三人組。


「やあ、リリカちゃんにタマコちゃん。早いね!」

「あ、ルクっちだ~! おっはー!」


 顔を合わせるなり気さくにハイタッチを交わす、リリカとルクス。

 ……本当に何もないんだろうな?


「ルクっちってば今日は鎧姿で、ちょーやる気マンマンじゃ~ん!」


 リリカの指摘した通り、昨日は布の服を着ていたルクスも、今は鮮やかな水色の甲冑に身を包んでいる。


「まあね、僕たちも本気だからさ! ね、レッド、マオ」

「……ああ」

「もちろんニャア!」


 ルクスの確認に、仲間のレッドとマオも応えた。


 一方でタマコは不安げにふさふさの尻尾をしょんぼりさせている。


「……どうした、タマコ」

「あ、レッドさん。お三方とも本気なところを見て、その……不安になっちゃいまして」


 なるほど、ルクスたちの本気の意気込みで逆に不安になってしまったわけか。


 そんなタマコに、レッドは不器用ながらも言葉を添える。


「……気にすることはない、タマコも十分強い。それに……」

「それに?」

「……いや、なんでもない」


 そう伝えてレッドは、屈強な赤い背中をタマコに向けた。


『なあリリカ、あのレッドってもしかして……』

「あ、ヘラクレスも気づいちゃった? レドやんって、明らかにタマっちを気にしてるっぽいよね~」


 俺にヒソヒソと言葉を返すリリカ。

 なるほど、やはりそういうことなんだろうな。


 気のせいか仲間のルクスとマオも、レッドの素振りを見てニヤニヤしてるようにも見えるし。


 そんなことを思っていたら、続いてソフィーラさんもやってくる。


「あ、ソフィーラさん! おっはー!」

「おはよう、リリカちゃん。昨日はちゃんと眠れたかしら?」

「うん、バッチシだよ!」

「それはよかったわ、ダンジョン攻略には万全の態勢で挑まないとだもの」


 いつも通り親切なソフィーラさんに、リリカもにへらと笑った。


 ナナバをしゃぶりながら待つことしばらく、ギルド前も少しずつ冒険者が集いはじめ、ついにはいくつものパーティーが集結する形になる。


「みんな集まったわね」


 皆の前に立って発言してるのは、ソフィーラさんだ。


「今回のダンジョン攻略では、ゴールドランクの私、ソフィーラが指揮を取ることになったわ。みんな、よろしくね」


 穏やかだけどしっかりとしたソフィーラさんの言葉に、冒険者たちは揃って耳を傾ける。


「……さすがはゴールドランク、カリスマ性が違う」

「ホントだニャア」

「まさしく僕たちの目指す目標だね」


 ルクスたちもソフィーラさんを一目置いているようで。


 そんな中で、ソフィーラさんが全員に向けて口を開いた。


「みんな。これから私たちは、ヌイヌイ近郊で新たに発見されたダンジョンの攻略に挑むわ」


「このダンジョンは未踏の地。内部の構造も、出現する魔物も、すべてが未知数よ」


「だからこそ――まず最初に心がけてほしいのは、決して一人にならないこと」


 さすがソフィーラさんだ。言葉の重みが違う。


 演説は続く。


「どれだけ腕の立つ冒険者でも、ダンジョンで孤立したら命取りよ。仲間との連携を、何よりも優先して」


「索敵、盾、後衛。それぞれの役目を自覚して、力を合わせて行動してほしいわ」


「それと、無理な突撃は禁物。目先の戦果に惑わされないで。命を守るのが最優先」


「今回の目的は、最深部の調査と魔物の殲滅よ。でも、危険が想定を超えると判断したら、即座に撤退して」


「いい? 勇気と無謀は違うの」


 そして最後に、ソフィーラさんは表情を少し柔らかくした。


「……これは私からの、個人的なお願いでもあるのだけど」


「どうか、誰一人として欠けることなく帰ってきて」


「無事であること。それが一番価値のある戦果よ」


 ソフィーラさんが一礼して演説を締めくくると、ギルド前にはじわじわと拍手の波が広がった。


 最初は控えめだったが、やがてその拍手は次第に大きくなり、全員の気持ちがひとつになるようだった。


「ソフィーラさ~ん! マジでかっこよかった~!」


 真っ先に駆け寄ったリリカが両手を振って叫ぶ。


「まさに頼れるリーダーって感じだったですぅ!」


 すぐ横でタマコもふさふさの尻尾を揺らしながら目を輝かせる。


 称賛の嵐に、ソフィーラさんはほんの少しだけ苦笑を浮かべた。


「ふふっ……もう。必要なことを言っただけよ? そんなに褒められると逆に恥ずかしいじゃない」


 それでも、どこか嬉しそうだ。  驕ることなく、けれど確かな信頼を感じさせるその姿に、俺も胸を打たれる。


 そして彼女は再び冒険者たちを見回し、力強く言った。


「――それじゃあ、みんな。出発しましょう!」


『おー‼』


 掛け声とともに、仲間たちの足音が地を踏みしめる。


 こうして俺たちは、ソフィーラさんを先頭に、未踏のダンジョンへと出発したのだった。

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