自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
白波ホールディングス編
自然な姿での帰還
「ーーうわっ!!!」
ま、マジで死ぬかと思ったぞ。
首をひねって周囲を見回すと、そこは俺にとっては懐かしみを覚える場所であり。
と同時に⋯⋯ある意味昔の嫌な部分の記憶を思い出させるのには十分だった。
バン!
「お兄ちゃん!! もう、何時だと──」
うん。妹よ。
たった数秒だが、上から下まで我が自慢の妹のプロポーションを見て嫌でも実感する。
うわー、本物の南だ。
てか若ぇー⋯⋯⋯⋯。
って、じゃねぇや。
南には、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
感動して言葉が中々出てこない。
「なあ南そういえ───」
バサッッッ!!
「ぐっんんっ!?」
魔法よりも早く、盾でガードした時より酷い痛恨の一撃が視界を覆う。
そのまま勢い良く後ろへと綺麗にくの字に曲がって、背後にある窓に頭をぶつける。
「ごほっ、ゴホッ」
自分の足元を見ると、枕だった。
見上げて南の方を見る。
なんと⋯⋯凄い嫌悪と恥ずかしそうにしているのが絶妙に混ざった表情だ。
「お兄ちゃん! 〇〇ってたとかないよね?」
「⋯⋯妹よ、俺がそんなヘマ⋯⋯」
(ん?)
何故かスースーするなと思ってたんだ。
「やっぱり〇〇ってたでしょ!!!キモい!!」
バタンッッッ!
勢い良く閉まった部屋の中で、俺は思う。
いえ。誓ってそんなことはしていませんが。
⋯⋯どうやら俺は、戻ってくる事には成功したが、自然の人間そのまんまになっていた模様でございます。
というよりも。
「アイツ⋯⋯あんな元気に怒れるんだったな」
懐かしい。けど、どこか現実味がない。
南はこんなに元気だったか?
いや、そうだったな。あいつは元々こんな感じだった気がする。
目の前にいるはずなのに、少しだけ遠くに感じる。
──枕を拾った俺の現場からは以上です。
*
あれは、んー何時の話だったんだろう。
──そうだ。
俺は、当時25歳のブラック社畜だった。
若いだろうと色々な意見はあったのだが、まぁ訳ありなんですわ。
俺には兄弟がいる。
弟の拳哉、妹の南。
そして、仲の良い夫婦愛溢れる自慢の両親。
とまぁ普通の家庭だろうと思うだろうが、ウチはえらく貧乏だった。
事情は正直あまり知らない。
ただ、それでも仲は良く、みんなで協力しながら生活をしていたんだ。小学校から貧乏ネタでイジられ、イジメもあった。だが、俺はそこまで気にすることはなかった。
なんでかって?
そりゃ⋯⋯もう家族みんな一丸だったからだ。
全員が金なんてなくても笑顔を絶やさず、元気だった。
作り笑いじゃない?
不満があっただろう、
と普通の人間は言うのだろうが、本当に屁でもなかった。
そんな俺の貧乏だったが、みんなで節約して小さな幸福を得たり、今日の楽しかった話とか悲しかった話なんかをして過ごしていた辛い時もたまにあったが、結構幸せだった俺の人生は⋯⋯ある日突然終わりを告げる。
ある日両親と拳哉、たまたま3人で出掛けたその日、帰ってくる事はなかったのだ。
聞けば運送トラックとの衝突だったらしい。
即死だった。
当時の俺と南にはショッキングすぎて言葉すら出るのにかなりの期間が掛かった。
拳哉、そして両親揃って、突然この世から去ってしまった。
──まぁ、正直なところ、そこから先は思い出したくもない。
どうやら色々なところから借金やらなんやらをしていて、悪いところからも借りていたらしい。
当時の自分は若くて無知でもあった。金の勉強すらしていなかった自分にとっては、ただ頷くことしかできなかった。
俺と南は高校に行く事すらままならず、中卒で必死に金を集めた。
本当に兄としては土下座ものだが、水商売をやっている南に頭が上がらず、俺もできる限り協力しながら、二人で懸命に生きた。
それが17歳の話だ。
だが今でも覚えていないのは、そこからたった2年で全部の借金を完済させて、俺はそこから少ないがコツコツと貯めた貯金で定時制高校に通い、やがて社会に出ることになった。
だが、終わったと同時に、別に問題が発生した。
⋯⋯南が鬱病を発症してしまった。
後に俺も診断としては同じようなものだったのだが、南は社会にもう二度と出れない程の深刻な精神的苦痛が原因で俺以外の人間と口すら聞けなくなるほどの重症状態に。
ただ俺と喋れることに一先ず安堵した。
これで俺まで喋れないとなると、結構どうしたらいいのか分からなかったからだ。
その時の俺は、何でなのかは理解できなかったが、あとで思えば、水商売できっと色々理不尽な目に遭わされたに違いない。
あのときの俺も、似たように重症ではあった。
ただそれでも⋯⋯社会には出れるし、人とも話せる。
でも違っていたのは、深刻なレベルで感情の機微が乏しくなっていたり、人と目が合わせづらくなっていたり、結構色々あったと後の俺は思う。
これまでは南には散々な思いをさせてしまった。
だから俺は、
「もう働かなくていい。俺が稼いでくるから」
と、死んだ目をしながら布団に潜る南に毎日付き添ってご飯食べたり、今日はこんなことがあったのだと昔のように報告していた。
時間が少し経過した頃、南がゲーミングPCが欲しいと小さい声で強請られた事を今でも覚えている。
「おう」と俺は自分の食費やらなんやらを抑え、南には人生を楽しんで欲しいと一番良いのを買って送った。
⋯⋯だがすぐにネトゲ廃人になってしまうのは時代的にも、生活的にも、分かりきっていたことだが。
だがそんな南にも変化はあった。
俺の報告にも、今日こんなゲームを仲間としたんだとか、筋トレしてみたとか、結構明るい色々な報告をしてくれるまでにはなった。
まぁ、結構悪くない兄妹二人の生活が続いていたんだ。
──だが。
「知らない場所だ」
思わずアニメみたいな事をボソッと言ってしまう。
身体を一周させ、今の状況を飲み込む。
森だ。なんだここ?日本にこんな場所なんてあったか?
などとボヤいていると、近くに古屋みたいなのがあった。そしてそこから出てくる一人の中年以降くらいの男。
しかしよく見ると若い。
そんな男が言い放った一言目は。
「お前、あの丘まで走ってこい」
"イカレオジ"
それが、まさか後の自分の師匠になるだなんて、思いもしなかった。
*
「ねぇ師匠?」
「ん?どうした?」
「師匠は勇者パーティーに貢献した錬金術師なんですよね?」
「まぁな」
「どんな気持ちです?」
昔、小さい頃に夢見た話だ。
男なら勇者だとか、仮面ライダーとか、戦隊モノに憧れるのは必須だろう。だから気になった。
この男はイカれてはいるのだが、魔王を倒すべく立ち上がった勇者パーティーに同行し、世界を救ったのだ。
しかもそれだけではなく、様々な実績を数多く残してきた⋯⋯んー。現代の言葉で言うならば、教科書に載るとかそんなレベルの人間であることに違いない。
「そうだな。んー、まぁ楽しかったな。ドワーフの作る武器は本当に一級品だったし、防具なんて下手すれば基礎的なものですら人間の作る最高級の防具にすら匹敵するかもしれんしなぁ。 あぁそれに、エルフは美女ばっかだし、獣人は耳がへんてこだったり馬鹿力出せたり、色々な世界を見る事ができたなぁ」
魔王戦では、呪いだとか即死級の攻撃を師匠のポーションで防ぎ、解除し、聖なる力が込もった特製ポーションで魔王を討伐出来たんだとか。
「それに加え、今は退屈だぞ~? お前を育てる以外にこれとやることなんざない。あ、来週ビシュちゃんのところへ会いに行くくらいだ。 ⋯⋯お前も来る?アセちゃんとクルゼちゃんがお前に会いたがってたぞ」
「⋯⋯それは行きます」
「俺の弟子になってよかったなぁ?あーんな美女に甲斐甲斐しく世話してもらえるんだからなァ?」
悔しいが、仰る通りでございますよお師匠。
「あと、今の話、公の場では言わないでくださいよ?一応誰が聞いているのかわからないんですから」
「別に良いだろ。思う存分言ってくれて構わないとすら思うぞ!
⋯⋯どうせ力を借りるのはあっちなんだからな。誰が、この俺に口を出すのかが見物だがなぁ」
今でも忘れない。この師匠、マジで王族とかにこのテンションでいるから怖いのだ。日本人である自分は尚更。
この人、マジで危険だ。
一回王妃様にタメ口きいて怒らせた時があったが、逆にこの師匠⋯⋯流通を全て取りやめ。
受注販売も無し。
一瞬でこの国が立ち行かなくなるまで放置するという馬鹿げた能力と性格をしてやがるわけよ。
「まぁ師匠の事に口を出して次の日ソイツが生きてればの話ですけど」
「ふっ、だろ?」
歯を剥いて歳不相応な猛獣みたいな笑い方でこっちを見る師匠に、納得しながらも肩をすくませる事しかできなかった。
どう見ても30代行かない程の見た目だが、彼は300を超えている。それに加え、数々のポーションで最強とまでは行かないが、ほぼソレに近い人間になってしまった。
「そんな事より、お前はさっさとラビットポーション制作に取り掛かれ」
「はーい」
「態度と言動は甘くしてやってるんだからササッと結果出せよ~?」
お師匠を横目で見る。
「ん?なんだよ」
この人の事を、王族や様々な者たちか神だと言う。
けど俺から見たら傍若無人のヤバイやつ。
先入観なしで関わったらだいぶアレな感想しか抱かない。
しかし実際様々な場所へ同行した際、彼は貧しい人間には優しいし、子供には、口は悪いがやっている事は優しく基本甘い。
俺が昔憧れたようなワイルドな人間であることに間違いはなかった。
⋯⋯絶対本人に言ったら調子に乗るから言わんけど。
*
あれから、年月が経った。
イカレ師匠と出会ったあの時だが、最初からこういう関係ではなかった。
どういう訳か、気付けば俺はこのイカレ野郎のパシリみたいな状態になっていた。
まぁなんとなくわかるだろうが、状況の説明をしたところで頭の狂ったやつとしか見られず、しばらく家の外で悲しく生活(家なし)をしていた。
まぁ今思えば、このイカレ野郎は"知らないふり"をしていたんだろう。
一週間程経った頃に面白がって俺に提案してきた。
『お前、多分加護とかあるだろうから俺の弟子として育ててやる』
なんて傲慢なのだろうか。
と、当時の俺は思ったのだが、今の俺から見れば確実に間違っている事ちがいない。
なんやかんやそれから、まるで俺は実験に付き合うおもちゃのような扱いを受けた。
必要な資材を揃えたり、基礎的な家政婦に近いことを覚えさせたり。
ここだけ挙げれば大したことないだろうがその他がヤバかった。語彙力はない。
まぁ、普通にヤバイ人間なのだが、だが弟子からみた立場の師はとても有り難い人間であったと思う。
器具を平気で壊したり、研究資料を誤ってお陀仏にしたり、まぁ色々やらかした。
だがその場で悲鳴をあげるくらいで直接何か仕打ちをしたりする人間ではなかった。
⋯⋯正直、まじで有難かったのは言うまでもなかった。
「ゴホッゴホッ!」
「師匠、ポーション飲んでください」
「おい、俺は⋯⋯もうすぐ⋯⋯死ぬ」
「冗談でしょ? さっさとポーション飲んでくださいよ」
通称"生命のポーション"。
体内の細胞、臓器などを含む様々な場所を復活させ、全身を癒やすポーションだ。
これだけで巨万の富を得ることができる程の汎用性溢れたポーションではあるが、この人は湯水のように様々なことに使う。加えて作れるのはこの人と俺だけ。
思わず溜息が出るのだが、しかもその対象は人間だけではないから尚更ヤバイ。
これだけで王族の人達が押しかけては頭を下げるとか言う前代未聞の出来事を目撃したくらいだ。
要は、錬金術師という存在は数多の数存在するのだが、生命のポーションを始めとする様々な開発元や質、効果など──全て俺と師匠で作りあげたものだ。
だから、誰も真似出来ないし作れない。
師匠と俺のその傲慢さに、世界中の国が俺らをこう称した。
──"世界の法則"と。
「もう⋯⋯生きたって⋯⋯」
「心臓もドルイドかドラゴンハートを使えばすぐに全盛期になれるんですから。それに、もうこのくだり何百回目ですか」
「いや、今回は大マジだ。もう生きた⋯⋯」
「どうしたんですか、振られたなんて理由じゃないですよね?」
気付けば⋯⋯俺とこのイカレ師匠は死を超越した。
若さを完全に維持する事が出来るし、力も今以上に強くすることもできるようになった。
なんなら脚も早くできるし、思考の超越も可能になった。
かれこれ師事してから中々の時間が過ぎた。
その中でも俺は、水に関する魔法や調節の才能があるようで、今では師匠を超えるほどの境地にまで到達した。
今ではポーション製作に必要な水は、全て俺が作った水からやるようになる程だ。
「まぁ、そこまでやったらもう一人前って言っていいだろ」
自分で言うのもあれだが、今では錬金術師としての能力値も師匠と並んだか少し前へ進むほど力を付けた。
師匠に来る依頼も、ほとんどやらない師に変わって俺がやっても、師匠がやったと思ったお礼の手紙が届くくらいだ。効果も変わらない事を確認しているので問題はない。
ただ錬金術師としての探究心が芽生えた30後半からというもの、明らかに成長の精度と進行具合がバグっていたのは自覚している。思考と体感時間の延長を可能にするポーションで1日70時間規模の思考力を使うレベルで研究していたし。
「俺の⋯⋯たった一人の弟子よ⋯⋯ケルビンの名を与えた⋯⋯我が弟子よ⋯⋯」
弱々しい。無理矢理にでもポーションを飲ませようと思ったが、切実に震える声と目からは今までとは違って、本当に死を望んでいるのだと感じた。
「いいんですか?」
「あぁ⋯⋯もう、やりたい事はない」
⋯⋯と。
そう呟いた時。
「ケルビン⋯⋯」
「はい?」
「最初。お前を⋯⋯酷く雑に扱ったな⋯⋯」
「ですね。森に入って角を取ってこいと言ったり、入手困難な貴重な草を取ってこいとこの世界に来たばかりの自分によく言いましたよね」
「っはは。だな⋯⋯」
「あとは作法も知らないのにいきなり公爵や王妃に会わせようとしたり、アイツらから金をぼったくってこいなんていう事もありましたね」
ハッとした時、横になっている生気の抜けた師を見下ろすと、ジッと俺のことを見つめていた。
「どうしたんです?話し過ぎちゃいました?」
「いや⋯⋯。実はお前に、言わなくてはならないことがあるんだ」
ん? なんだ?
「はい⋯⋯って、師匠?」
師匠は震えながらも状態を起こそうとする。
以前なら力のポーションでどうにかしようとするが、今の師匠には劇薬だ。
思わず勢い良く立ち上がって腰を支える。
「お前がこの世界に来たのは⋯⋯」
「⋯⋯?」
「"俺"のせいだ」
──なるほど。
だからあの時。
「問題ないですよ。師匠には、たっぷりとお世話になりましたから」
「はは⋯⋯まさか俺の実験が上手く行くなんて思わねぇだろ⋯⋯」
「ということは、帰ることも?」
師匠は、ゆっくりと頷いた。
「⋯⋯そうですか」
「まぁ⋯⋯次元の超越は⋯⋯そう簡単なことではない。ただ──」
ーーそう。
「「我々に不可能はないのだ」」
「⋯⋯⋯⋯ふっ」
「ふふっ」
師匠が常に言っていた魔法の言葉。
この男は、根っからの錬金術師なのだ。
そして、神に許されたその至高の力は、未だ健在だ。
「俺の研究成果⋯⋯お前に⋯⋯全部やる」
きっと数十年前の自分であれば、跳んで喜んだだろう言葉。
「いいんですか?」
だが。今の自分の心境は全く嬉しくない。
何故なら、俺自身も"錬金術師"だからだ。
人の遺産を使う程愚かなものはない。
錬金術は、探求していくものだから。
学問と一緒だ。
その人の生涯を継承するに等しい。
俺はその跡を継げるのだろうか。
「気に食わなそうだな⋯⋯前は欲しがっていたじゃないか」
そう。昔ならね。
「尊敬している人間の遺産をもらっても、貴方なきこの場所で、俺は何も嬉しくないですよ」
「⋯⋯っ」
大きく目を開いた師匠は一瞬微笑み、そっぽを向いた。
「もう少し生きませんか?やっぱり寂しいですよ」
分かっている。だが、ここで過ごした100年以上の時間。俺はもう十分に現地の人間という感覚になってしまうほどには愛着がある。
「⋯⋯」
だんまりしている師の反応で、まぁ無理な事は理解している。
「最期に、何か手伝えることはありますか?」
「いいんや。言い残した事はないし⋯⋯やり残した事もない。もう⋯⋯俺がやるべき事は全てやり尽くした」
「⋯⋯そうですか」
「ケルビン⋯⋯後を頼んだ」
そう言葉を遺したまま、師匠は亡くなった。
*
時の流れというのはあっという間だ。
家に来た王太子とチェスをしたり、隣国の姫さんがやって来たり。
誰々が危篤で⋯⋯。
誰々が不治の病に罹ってしまって⋯⋯。
んー⋯⋯あとはどこぞの骨かもわからん奴が弟子にしてくださいとこの地獄の地まで足を運んで訪ねてきたりと。
まぁ。俺はそれから流れた時の中で、
"師匠に似てしまったのだと"
頭の中は反応しづらい状態になっていた。
王族にタメ口を利いた時、最初は「やってしまった」と思った。
でも、誰も何も言わなかった。言えなかった。
そうして俺は気づけば、それが“普通”になっていた。
隣国の姫が訪ねてきても、昔みたいに感情は動かなかった。
「ああ、また来たのか」と、それだけ。
ただの顔のいい女が、ひとり。
「鼻で笑ってしまうよ」
──今の俺は、助けたい誰かのために動くような男じゃなくなった。
だが昔のことは怪しいが、南を笑わせるために必死だったし、師匠の機嫌を取るために、命だって張ったのに。
だが、もう違う。
俺の目的はただひとつ。帰ること。
それ以外は、どうでもいい。
⋯⋯パタン。
「思い出というのは、いつまでも色褪せないものだな」
自分の今までを記した研究本を閉じ、綺麗な花園の景色を見ながら耽っていたのをやめる。
「遂に、完成したな」
かなりの時間が掛かってしまった。
やっとの事か。
椅子から立ち上がって重々しい歪みが現れたその前に立つ。
「文字通り、どんな結果になるか⋯⋯俺にも分からん」
遺産の中で、唯一楽しみにしていたモノ。
それは俺を召喚した物の魔法陣だ。
時間は掛かってしまったが、それを解析し、遂に完成したのだ。
"地球に帰るゲートが"──。
「どんな状況下もわからない⋯⋯か」
俺はもう、無神という考えはない。
日本人ではあったが。
八百万の神々というものは元々あったが、この世界に神が存在したので否定材料がなくなってしまったからだ。
そして。この扉を創ることが、錬金術師の許されるであろうギリギリ、師匠はそう日記に書き記していた。
このゲートの代償⋯⋯というまでは行かないが、ん?いや行くか。座標は選択できるが、時間がどうなるかわからないし、魂とか記憶とか、結構デメリットに働くことも多い。
だが、俺には古い記憶ではあるが⋯⋯たった一人の妹が今でも本当稀に浮かぶ。俺に生命保険とか、あとは⋯⋯貯金とか。まぁ色々残してはいたが、南が幸せになっているのかすら怪しい。
──だから、帰らないと。
「⋯⋯⋯⋯」
その場で振り返る。
俺の目には、ついこの間のように景色が見える。
今は無き棚。薬草の桶。
師匠の放置グセで乱雑に積まれていた研究資料も。
埃まみれのホムンクルスの残骸も──
何も、残っていない。
もう随分と昔のことなのに、今でも鮮明に見えて⋯⋯覚えている。
あー、あの時は面白かったな⋯⋯なんて。
俺は、師匠と共に歩んだ数百年もの時間がこもったこの地を捨てようとしている。
一応、俺の魔力上にある亜空間に保存している全荷物は回収したし、誰かに盗られるということも無い。
そのせいで、目の前にあるのは家具すらもない簡素な一室でしかない。
とまぁ、抜かりはないのだが。
「寂しいな」
ドン、と俺はその場で正座をして勢い良く額をぶつける。
「不肖!!! このケルビン! 師匠であられるレグルス・シルフィール・デ・アストレオルム様に挨拶申し上げます!!」
突然やらないといけないと感じた。
居なくなる前にやらないと。
お世話になったたった一人の男に。
「これまで──沢山のことを貴方から学びました」
本当にそうだ。
貴方から教えられた事。全てが脳内に残っている。
「私はここで星に帰りますが! 貴方の事は一生忘れる事はありません!!!」
性格が変わっても、口調が変わっても、態度が変わっても。
2つだけ、昔から変わらない事がある。
家族と、そして⋯⋯貴方への敬意だけは忘れないと誓った。
「今まで⋯⋯本当にお世話になりました!!!!」
さぁ、行こう。
こんな恥ずかしい醜態を晒すのは、これで最後だ。
「本当⋯⋯に⋯⋯」
声が詰まるなんて久しぶりだなぁ。
震えるのも。
ーーお前、名前は?
ーーお前に名をやる。ケルビンだ! ケルビンは、俺の故郷の言葉で星を受け継ぐ者って意味なんだよ! ほら俺、天才じゃん?天才を受け継ぐって事は、星の遺志をひきつぐみたいなもんだろ?
ーーえ? デタラメ言うな? ばーか!いいんだよ、理由なんて何でもよぉ!
そのまま、俺は暫く動けずに居た。
自分はもう、泣かないと思っていた。
意外と人って、涙脆いんだなぁと⋯⋯な?
そして。暫く経った後──俺は歪みの中を清々しい気持ちで入っていった。
どんなもんが見れるのか、俺は楽しみだ。
今度はどうにかなりそうだ。
──お兄ちゃん!!
「⋯⋯帰ってきたのかこの場所に」
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