第43話 決別

 エミザは殺気の籠もった目で私を睨み付け、指を差していました。


 まさかとは思いましたが……。


 わざわざお父様が私のことを口に出さなかったですのに。


 ヴィアモンテから魔女が出現したなんて醜聞。そこまで、自分の家名まで汚してでも私を……。


 いえ、あの様子だと分かっていないのでしょう。私を落とすことに必死になっているようです。


 事態を重く受け止めているお父様と義母のエリベローテの顔は青ざめていました。


「……私の婚約者を魔女呼ばわりとは」


 フリード様も流石に怒りを露わにしています。今にも斬り掛かりそうなほどの殺気を感じました。


 私としては嬉しいのですが、それをすれば逆効果です。


 今の貴族の面々はエミザの言葉が本当かどうかの判断に苦しんでいる様子。


 エミザは義理とはいえ公爵家の令嬢。ここでフリード様が剣を抜けば貴族の面々の不信感を募ってしまう。


 咄嗟に私はフリード様の腕にしがみつきます。


「フリード様、いけません」

「ロア、殿……」


 冷静さを取り戻したフリード様を見てユリウス様が私たちに近づき微笑みかけます。


「ロア殿、よく止めてくれた。……後は私に」


 ユリウス様はそれ違い様にそう言ってヴィアンモンテ公爵の前に出ました。


「公爵殿、此度の戦。貴殿の活躍がなければ勝利を得ることなどできなかった。感謝する」

「も、勿体ないお言葉……」


 今、言うべき言葉かと皆が疑問に感じていることでしょう。


 現に私もどう巻き返すおつもりなのかわかりませんでした。


「さて、公爵殿。所領の様子はどうか? 何も変わったことはないか?」


 皆の手前、迂闊なことは言えないお父様は声が震えながらも言葉を選んで答えていきます。


「は、はい。もちろんでございます。これも陛下のご威光あってのこと」

「それは誠か?」


 ユリウス様の声色が険しくなりました。この場の全員が思わず姿勢を正してしまうほどの覇気がそこにありました。


「も、もちろんにございます‼」


 何か選択を間違ってしまったのかと焦るお父様。


「これを」


 ユリウス様が近衛兵に持ってこさせたのは山ほどの嘆願書と密告書であった。重税、所領内の村への略奪行為の黙認、裏金……など見逃せないものばかりであった。


「どうやら以前は前王がもみ消していたようだが、私は許さない」

「そ、そんなもの! まやかしにございます‼ 妬む者共が私を陥れようと……」


 そこでユリウス様は手を叩いて誰かを呼んだ。そして、階段から降りてきたのはお兄様でした。


「ブ、ブレイヴ……なぜ」

「ご子息であるブレイヴ殿とご息女であるロア殿の両人から全てを伺った」


 そして、ユリウス様はこの場でヴィアモンテ家が行っていた全ての悪事を公にする。


 従わない使用人たちの殺害、嘆願書や密告書にあった所領での重税や蔓延る横領、そして自身の子どもを手にかけようとしたこと。


「わ、私は……」


 何か反論しようとするお父様でしたが言葉が出てきませんでした。それもそのはずです。今まで、お父様は人任せでした。


 私の母が生きていたころは安定していましたが亡くなった後は、義母に任せていたのでしょう。自身は前王の下に通いご機嫌伺いをするだけで。

 

 幼い頃はあれだけ大きく見えていた父がこんなに小さいお人だったなんて……。

 

 今のお父様は自分には身に覚えのない罪で責められているように感じているのでしょう。


「あなた‼ 何か言い返したらどうですか。全てはあの者たちの狂言。嫡子から外れた恨みです」

「そうよ。お父様‼」


 エリベローテたちの未だに言い逃れをする態度を見てユリウス様は溜め息をつきます。そして、ユリウス様が声を出そうとしたその前に声が上がった。


「黙れ‼」


 お父様でした。


 声を張り上げるところを見たのは初めてです。


「私は継いだヴィアモンテ家を守ることばかり考えていた」

「何を……あなた」

「お父様‼」

「黙れと言っているだろ‼」


 一喝してお父様は膝をついて話し始める。


「私が全て間違えていた。ロアとブレイヴが死んだと聞かされたとき、訳が分からなかった。気付ける異変はいくつもあった。しかし、この者たちの本性に気付いたのはロア、お前のあの姿を見たときだった。だが、私は家を選んでしまった」


 お父様はぐっと拳を握り悔しさを滲ませているようでした。


「全ては私の責任。あってはならないことだ。ずっとずっと悔やみ続けてきた。だが、後戻りをする決心ができなかった。……公爵の爵位は私には相応しくなかったのだ」


 そして、お父様は私とお兄様に土下座をした。


「許してくれとは言わん。だが、謝罪はさせてくれ。すまなかった」


 その姿を私とお兄様はただ無言で見下ろします。


 たとえ、自分のことを見捨てた人だとしても実の父が頭を下げる姿なんて見ていて気分が良い物ではありませんでした。


「お父様‼ なんでなんでなんでなんで‼ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 全てを認めてしまったお父様。


 もうエミザに言い逃れはできない。

 

 ヴィアモンテ家の取り潰しは決定し、エミザたちの重罪は確定しますでしょう。

 

 しかし、ユリウス様は私の予想の前者を否定しました。

 

 囁くようにお父様に語りかけます。


「公爵殿……家の取り潰しはしない。此度の戦での戦果は本物。そして、ご子息の活躍もあった。これで家の取り潰しは仇で返すことになる」

「なっ……」

「……あなたは立派な跡取りに恵まれたようだ。言っている意味は分かるな」


 つまり、家督をお兄様に譲ることが条件。私はその寛大な処分に目を丸くします。


 しかし、甘い気がします。これで貴族の面々は納得するのでしょうか。


 お父様はまるで闇の中に見えた一筋の希望を見るかのようにユリウス様を眺めていました。


「ははー‼ 御心のままに‼」


 深々と頭を下げるお父様。


「陛下!」


 お兄様もヴィアモンテ家が取り潰しになることは覚悟していた分、驚きに染まっていました。


「ブレイヴ、お前が私の側近になってくれると心強い。そのためには地位も必要だ。これは私の最初で最後の我が儘だ」


 そこまで言われてしまうとお兄様も引き下がるしかない。


 お兄様に続き、私も心より頭を下げました。


 どうやら、お兄様は貴族の面々からも信任が厚く反発が起きるどころか皆が納得といったように頷いていた。


 私の懸念は懸念でしかなかったようです。


 ユリウス様は頷いて、お父様に目を向けて近衛兵に指図します。


「連れていけ!」

「はっ‼」


 お父様は大人しく連れられていきました。


 私はその後ろ姿を見送ります。


 エリベローテも崩れ落ちてただ呆然と呟いています。


「またしても……またしてもロアーナに……全てを奪われてしまった」


 近衛兵に立ち上がるように促されて心ここにあらずといった状態で連れて行かれます。


 ですが、エミザだけは最後まで抗いました。


「いや‼ いやよ‼ なんでなんで私がこんな目に‼ あれは魔女なのよ‼ 捕まるのはあれなのに‼ そうだ‼ 私の兵に聞けばわかることよ‼ ちゃんと犠牲だって出たのだから‼」


 私は意を決して前に出ます。


 ユリウス様、お兄様、そしてフリード様。ここまでお膳立てしてくれたのです。


 最後は、最後だからこそ私の手で。終わらせなければなりません。打ち勝たなければ前に進めません。


 ここが私の新たなスタート地点なのです。


「……エミザ、今のあなたに従う兵がいると思いますか」

「な、なによ」

「あなたがその乱暴を許されていたのは力があったから。今のあなたには何の力もありません。乱暴で何も力のない女性の言うことを誰が耳を貸すとお思いですか? 全てはあなたが招いたこと」


 今のエミザの心を打ち砕くのは簡単です。現実を突きつけるだけでいい。


 虎の威を借る狐みたいですがそれでもいいのです。


 私は前に進まなければなりません。強くならなければいけません。だからこそ彼女を踏み越えます!


「あなたは自分で自分を滅ぼしたのです」

「あ、あああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 全てが壊されて何もなくなってしまったエミザ。


 涙を流して崩れ落ちてしまいました。


 こんな程度で壊れる心。なんて脆いのでしょうか。


 そう思いませんか。フィリリオーネ。

 

 全てを終えた私はユリウス様に目配せをします。これで急に現われた私を侮る者はいないでしょう。

 

 こうしてお父様、エリベローテ、そして泣き叫び壊れてしまったエミザたちは連れられていきました。


「ユリウス様」

「ああ、わかっているよ。死罪にはしない。辺境の地に流罪にでもしよう」

「ロア殿はよかったのかそれで」

「はい。憎悪に縛られるのはもうこりごりですから」


 辛気くさい雰囲気に耐えきれずユリウスは笑って誤魔化した。


「まぁ、流罪先になるのはどれもが苛酷な場所さ。貴族の生活に慣れていた彼女たちからすれば死ぬよりも辛いかもしれないね」


 私は後ろ姿で歩いて行く三人に目を向けます。もう二度と会うこともないでしょう。叶

 うならばあの人たちにも救いがありますように。


 私は大きく息を吐いて目を瞑ります。


 これで、これで全てが終わりました。いえ、これからです。


 衰退していたこの国はこれを景気に大きくなっていきます。


 救いのある国として。


 微力ながら私はそんなフリード様を支え続けていきます。

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