第39話 一人、ずっと一人で

 ここはどこ……。私、あの闇に引きずり込まれて……。な、なに!?

 

 闇の中、突然に景色が切り替わりました。

 

 眩しい……人々が大声を出して手を振っている? 大歓声? っ‼ 違うこれは……。


 殺せという罵声が絶え間なく轟いていました。


 民衆の狂気染みた瞳が、盲目的に一方向に向いています。


 凄まじい熱気に頭がクラクラとしてきます。


 ど、どうして、こんな……何を……あああああああ。

 

 民衆が見ているその先に目を移したことを後悔しました。

 民衆の熱気はありますが、それ以上の文字通りの燃え盛る炎が目線の先にありました。

 

 いつの間にか私の身体はその炎のすぐ前まで近づいていました。

 近づいたつもりはありません。身体が一瞬にして移動したのです。


 炎の中には人型の影。そこからは叫び声が上がり続けています。

 

 この声……。うそ……どうして。

 

 その声はずっと苦しめられてきた魔女のものでした。魔女の悲鳴なのか、憎悪を吐いているのか。

 

 民衆の罵声が混じって聞き取れません。

 

 聞き取りたくもありません。

 

 悲鳴も憎悪も罵声も! もう聞きたくもありません‼

 

 私は俯いて耳を塞ぎます。


 そのとき、炎の中から手が伸びて私を引き入れてきました。全身が炎に包まれます。

 

 い、いや‼ 熱い熱い痛い‼

 

 身が焼け焦げる痛みに私は泣き叫びます。

 

 ですが、アグロボロネアは私の瞳に自分の黒球の瞳を近づけてきます。


『こんなものではありません。こんなものでは‼』


 その憎しみの籠もった目で私を睨み付けてきます。


 自分の身体が燃え続け、焼け焦げる臭い。


 それを実感できるのに死ぬことができません。永遠にも等しい時間が私を苦しませ続けてきます。


 私は……早く終わることしか願うことしかできません。


「がっ……」


 またも急転してまたどこかもわからない場所に投げ出されたようです。


 落下の衝撃で呻き声を出してしまいます。


 ここがどこかは分かりません。


 私の身体は焼け焦げたままです。


 瞼が焼けただれて目も開かなければ、身体も固まったようにビクともしません。


 なぜ、生きているのか分かりません。


 しかし、全身を針で刺されているかのような苦痛が生きている実感を与えてきます。


 それだけでなく内側からも頭を突き刺すような憎悪の声が響き続け、最悪の光景を流してきます。


 誰も味方をしてくれないゴミをみるような視線。


 それでも自分のことを想ってくれる人が、大事な人が死んでいく光景。

 

 お母様が、お兄様が、フリード様が‼ 死んでいく光景が……。

 

 民衆たちが取り囲んで……。

 

 この世界が血に塗れた汚く悍ましいものに見えてしまいます。


「許さ……ない。こんな世界……なんて……違う‼ 私、なにを……」


 憎悪が私を取り込んでこようとしますが、何とかあと一歩のところを踏みとどまりました。


 ですが、あの光景が私の心を砕こうと流れ続けています。


「……助けて……助け……違う」


 私は自分の身に起きた今までの出来事を思い出しました。


「違い、ます。私は……私は、助けを求めるばかりで……自分で何もしようとしなかった。……魔女に魅入られたのも心のどこかではこの世界のせいにしていました」


 義母と義姉に虐げられたときも。魔女に薬を投与されたときも。魔女に身体を乗っ取られたときも。フリード様に助けられ、村で過ごしたときも。そして今も‼


 私は常に誰かに助けを求めていました!


 自分で抗いもせず、抗うように見せかけて……元から諦めていました。心の奥では誰かが助けてくれる。


 助けてくれない私は世界に見捨てられている?


 この世界が憎く見えるのも世界が私を裏切ったから?


 違います!


 私が……私が弱かったからです。


 何もできない。しようともしない。私が弱かったのです‼


 今まで私はフリード様に甘えていた。


 愛情をくださるフリード様に……まるで子どものように甘えていただけです!


 私は何も返せていない。返そうともしなかった‼ 受け取る一方だった‼


「うあ……がっ……」


 呻き声を上げながらも私は焼け焦げた自分の身体を持ち上げます。


 ここは現実ではない。とっくに分かっていました。

 

 身体が動かないのは私の弱さの証。このままではいけない‼

 

 自分で立ち上がらないと……私が強く……。


 手足が震え上手く力が入りません。怖い。

 

 今までの私ならここで諦めていたでしょう。助けを求めていたでしょう! もう、弱音は吐きません。逃げ出したりはしません‼

 

 誰もが皆、立ち上がるときは勇気が必要です。私は遅すぎました。

 

 だけど、間に合わないなんてことはありません‼

 

 勇気を持つのです‼

 勇気を持て‼

 立ち上がれ‼


「あああああああああああああああああああああ‼」


 私は思いっきり全身の力を使い果たす勢いで立ち上がりました。


 その瞬間、この世界に光が広がりました。包んでいた闇を払い退けて。


 焼け焦げた身体は元に戻っており私はいつの間にか煌びやかな純白のドレスに身を包んでいました。


 私は迷うことなく自然に視線が移動しました。


 それは今にも消え入りそうな真っ暗な空間。先程までこの場を支配していたはずの闇は今ではあんなに小さくなっていました。


 私は勇気を持って打ち勝つために歩いて行きます。


 しかし、そこで私は気付きました。


 その闇の中で泣いている子どもの影を。


 あれだけ大きかったはずの魔女の姿を。


「なんで……誰も私の味方に、なって……くれないの。なんで私だけこんな目に……。信じたいのに……でも、頑張っても頑張っても。この世界には……何も……救いがないのに」


 丸めた身体の中に顔を埋めて鼻を啜る子どもの姿。


 気が付くと私は走り出していました。そして、その子どもを優しく後ろから抱いてあげます。


 強く強くあやすように抱きしめてあげます。そうしなければいけないと身体が勝手に動いたのです。


「そうだった、のですね。あなたも、本当は……大丈夫。大丈夫ですから」


 今まで見てきたことの全てはこの子の過去。あれだけのことがあれば……世界を恨んでも仕方がないはず。


 私には分かります。


 そんなにこの世界を恨んでいるはずなのに……私は生きている。


 弱かった私を消すことなんてあの子なら造作もないはず。会話なんていらなかったはずなのです!


 それしなかった理由は一つだけです。


「ずっと一人で……あなたは……」


 私は言葉をかけようとしましたが、その子どもの姿は急に消え去ってしまいました。


 なぜかはすぐに分かりました。


「……フリード様。私を助けてくれて」


 私の顔に久しぶりの笑みが宿りました。


 そして、この世界は目覚めという崩壊に進んでいきます。


 外にはあの子の気配も感じます。


「現実で……待っていてください。私が救ってみせます」

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