第33話 取引と希望

 兄であるユリウスと共にログハウスの中に戻ったフェルフリード。


 ユリウスは眠るロアの顔を覗いて「ははーん」と悪戯な笑みを浮かべる。


「この人がお前がご執心になっている御方か。まさに傾国の美女だ。とても魔女には見えん」


 フェルフリードはむっと顔を変化させる。


 それに気が付いたユリウスは笑う。


「ははは、心配するな。取ったりしないさ。……もうやることはやったのか?」


 初めは何を言っているのかわからなかったフェルフリードだが、少し考えた後に意味に気が付き顔が真っ赤に染まる。


「ば、バカを言うな! ロア殿はまだ十三だぞ。手なんか出すか‼」

「ハッハッハッハ。奥手だな。そんなすぐにばれる嘘で誤魔化さないでいいんだぞ~」

「嘘?」

「十三だなんて。どこからどう見ても妙齢の美女じゃないか」

「嘘なんてついていない。本当に十三だ」


 笑っていたユリウスもフェルフリードの真剣な顔に驚いた表情をする。


「本当に?」

「ああ、ロア・ヴィアモンテ殿だ。ヴィアモンテ公爵の令嬢の」

「確か、お前の許嫁だった……思えばロアーナ殿に瓜二つだ。十三……とてもそうは見えないな」

「これも魔女による呪いなのかもしれない」

「まさか、ヴィアモンテのご息女が魔女の正体……いや、言い方が悪いな。魔女の依り代となっていたとはな。ヴィアモンテ公爵殿は何も報告していなかったが……チッ、家名の方が大事というわけか」


 明らかに不機嫌になるユリウス。


 あまり本音を表に出さない人なのでそれだけでもフェルフリードは驚いてしまう。


「それで兄貴はなぜここに?」


 ユリウスはすぐに返答はしなかった。


 ボロボロの椅子に腰をかけて、フェルフリードにも座るように促す。


 そして、一人で何か決心したように深く頷いた後、真っ直ぐフェルフリードに目を向けた。


 フェルフリードはその圧のある眼差しに緊張し姿勢を正す。


「この国は変わらなければならない」

「そ、それはどう言う意味でしょうか」


 そして、ユリウスの口から出た言葉は聞き間違いを疑うものであった。


「この国の膿である父とデリーヒビを討つ」

「なっ‼」


 思わずフェルフリードは立ち上がってしまう。

 だが、何とか冷静さを取り戻して椅子に座り直す。


「本気なのですか!? どうして……」


 実の父である国王と第二王子で実弟であるデリーヒビを殺すというユリウス。あの優しい兄がそんな決断を下すとは到底思えなかった。


「お前は知らないようだが、今のこの国は狂っている。重税によって民たちは自身の収穫した麦や稼いだ金は殆ど手元に残らない」

「……いや、流石にそんなことに状態になっているのなら私だって気付きます! ……あっ、そういうことですか」

「ああ、この一年で何もかも変わった。年老いた父はもうまともではない。デリーヒビの言いなりになっている。あいつは隣国に攻め込むためさらに税を上げようとしている。そうすればこの国はどうなる?」


 顛末は容易に想像ができた。


 民が飢えて死んでいく未来、もしくは革命によって内乱状態になる未来。


 どちらも最悪とっていっても差し支えはないだろう。


「デリーヒビの奴は民たちの不満を考えていない。力で押さえ付ければいいと考えている。隣国への侵攻もそうだ。領地や金を奪えさえできれば多少の無理は通るとでも考えている。勝つこと前提に。そして、もう一つ、私が尽力して結んだ同盟を破棄することで功績をなくそうと企てているのだろう。ふっ、むしろそちらの方が本命か」


 そして、ユリウスは一旦口を閉じてぐっと拳を握った。


「だが、それだけならいい。その程度、私が何とか抑えてみせる。だが、奴は最も私が許せないことをした」


 手が怒りに震えるユリウス。


 こんな兄の姿をフェルフリードは見たことがなかった。そして、ユリウスはフェルフリードに目を向ける。


「あいつはお前の命を狙った」


 そこで、フェルフリードは思い出した。


 ロアのことで精一杯だったためそんな些事については見事に忘れていた。


「確かにそんなこともありました」


 フェルフリード自身は軽い口調で答えるがユリウスの怒りは尋常ではなかった。


「そんな程度で済ませられるか! あいつはお前を殺すことで中立だった騎士団を手に入れようとしていたんだ。そんなことのためにお前を!」


 王派閥であるデリーヒビと貴族派閥であるユリウス、そして中立であった騎士団を率いるフェルフリード。


 デリーヒビはそんな騎士団を味方につけるために強硬手段を取った。


 それがフェルフリードの暗殺だ。

 

 彼さえいなくなれば王命で騎士団を手中に収めることができる。現にユリウスが言うにはフェルフリードが不在の今はデリーヒビの傘下に入っているらしい。

 

 力が増したデリーヒビの軍は革命軍に対して小競り合いを始めているらしい。


「そこでお前には騎士団が私につくように書状を書いて欲しい。今、私が率いている革命軍は劣勢になっている。支援者であるグロンドール公爵は憎悪の魔女によって滅ぼされたことによって」

「書状ですか……反逆者となった俺の文に意味はあるのでしょうか」

「あいつらの中ではお前は死んだことになっている。それにあの騎士団はお前の人望で集まった者たちだ。お前の言葉があれば動いてくれる」

「わかりました。書きましょう。兄様がこの国を治めてくれるのなら安心です」


 文を書くぐらいで国のためになるのなら喜んでする。


 本当ならばフェルフリードとしては手伝いたい気持ちは山々だがロアのことを譲ることはできない。


 そもそも中立を保ってきたのも継承争いにかかわりたくなかったからだ。


 それをユリウスは尊重して自由にさせてくれていた。


 それに対してデリーヒビは最悪の選択である暗殺を選んでフェルフリードを引きずり込んできた。


 なら、もう遠慮する必要はない。


「あ、そうそう。私は王位に長く即くつもりはない」

「は?」

「その後はお前に任せるつもりだ」

「は?」


 ポンポンと訳が分からないことが飛び出してフェルフリードの理解の許容範囲を超えてくる。


「はぁ!?」

「革命で手に入れた玉座なんて脆い。私はこの国に不必要な膿をできる限り取り除く」


 つまりは現王や第二王子だけでなくその他の貴族も処断していくということ。


「この国を立て直すためには土台から作り直さなければならない。憎まれ役は私が全て引き受ける。その後はお前に任せたい」

「い、いきなりそんなことを言われても……」


 元々、フェルフリードは王子とは言え自分が王になったら、なんて思ったことは一度もない。


 そもそも王子の地位さえも一年前に自ら捨てたばかりだ。


 ロアと共にどんな辺境の地でも幸せに過ごせればそれで良いと考えていた。

 

 第一、王位なんて面倒くさく身動きが取りにくい立場なんて御免だ。騎士団長ですら制限が多かったのに。

 

 あからさまに嫌な顔が表に出すぎているフェルフリードにユリウスは口に出して笑った。


「アハハハハハ、変わったと思ったけど根本は変わらないな。王位がいらないなんて言うのはお前ぐらいだ。安心しろ。お前にもメリットはある」

「メリット?」

「ロア殿は魔女として指名手配中だ。ロア殿の内側に宿る魔女をどうにかしたとしてもそれを証明するのは難しい。それを私がもみ消してやる。もちろん、お前の反逆の罪も濡れ衣だったことにする。さらに、二人の婚姻の証人にもなろう」


 至れり尽くせりの提案だった。


 ロア殿が元の生活に戻ることができる。

 それだけでも手を取る理由になる。


 だが、根本が解決できていない。


 魔女をどうやって滅ぼすかどうかだ。それを成し遂げない以上は確約はできない。


「わかりました。しかし、それはロア殿の中の魔女を滅ぼすことができたときの話にさせてください。私の悲願が果たされなかったとき、私はロア殿とともに……」


 すると、ユリウスは懐から一枚の紙と書記を取り出した。


「これは?」

「魔女の存在は我が国の長年の問題だった。そこは私が管理している魔女についての研究機関だ。そこに行けばもしかする……」

「何でそれを早く言ってくれないんだ‼」


 素の口調に戻ったフェルフリードはばっと紙を取った。


 魔女の研究は王国が禁止している。


 なぜ、怨敵である魔女の研究を禁止させていたのかは謎だったが、理由はどうでもいい。


 こんな渡りに船の状況など掴み取る以外に選択肢はない。


 フェルフリードは記載されている場所を確認する。


「北国……かなりの距離だ。苛酷な道のりになることは覚悟しておかねば」

「フェル、あまり期待はするなよ。長年研究していて、成果があまりないところだ」

「いや、ヒントが何一つないよりは断然マシだ。進んだ気がする」

「待てよ、ヴィアモンテ……確か……もしかして」

「ロア殿の実家がどうしたんだ」

「いや、行ってみればわかるさ。きっと力になってくれる。これからずっとな。私からも連絡しておく」


 こうなった以上はモタモタしてられない。ようやく見つけることができた手掛かりだ。


 ロアの容態も気になるが無理をしてでも向かうべきだとフェルフリードは準備を始める。


「やる気になってくれて何よりだ」

「私はロア殿のためなら何でもやります。それでこちらは?」


 もう一つの書記の方に目を向ける。


「それは王国が知る魔女の全てが書かれている。どうして魔女の研究が禁止されているのか。それがわかるよ。興味があれば見ておくといい」


 フェルフリードは頷き懐に入れた。


「これからも頼みにしているよ。フェル」

「それはそうと……フェル呼びは止めてください」

「ん? なぜだい?」

「子どもっぽいじゃないですか」

「私にとってはお前はいつまでも可愛い弟だからね。これは譲れないよ」


 微笑むユリウスにフェルフリードは何も言い返せなかった。

 いや、言い返しても無駄だとわかっていた。


 このやりとりはこれが初めてではないからだ。それでもフェルフリードとしては言わずにはいられないのだ。


 諦めの溜め息をついた後、フェルフリードは書状を認めた。


 その書状をユリウスが受け取ると満足そうに扉に向かっていく。


「さてと、魔女についてはお前に任せる。長年の宿敵をお前が終わらせるんだ」

「兄様も」

「……私はお前に比べたら、そこまで難しいことではない。できるだけ早く終わらせるよ。お互いに健闘を」


 そう言い残してユリウスは出て行った。


「相変わらずだな」


 フェルフリードは笑みを零す。


 普段は軽いがやるときはに雰囲気がガラッと変わりとことんやる。第二王子、略してダニのデリーヒビのような陰険さはない。そこがフェルフリードの気に入っている兄の姿だ。


「ユリウス兄のおかげで光明が見えた」


 フェルフリードは最後の希望であるその地に向けて出立するために急いで準備を進めていく。


 翌日、準備終えて歩ける程までには体調が戻ったロアを連れてこのログハウスを後にした。

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