第31話 発作の頻度

 行く当てもなくただ追っ手から逃げ続ける日々が再び始まった。


 辺境の村での隠遁生活を続けている間はロアの具合は安定していた。


 しかしながら、村を出てから日に日に崩れ始めた。


 そして、ついにロアは発熱し寝込んでしまったのだ。


「フリード様……私は大丈夫です」


 そう言うロアだったが、あからさまに息を切らして赤く染まった頬にふらついている。


 フェルフリードはその言葉を鵜呑みにできるはずもなく寝床を探す。


 とはいえ、そう簡単に見つかるはずもなく馬でどこの道かもわからないところをひたすら彷徨い続ける。


 幸いなことに身を隠すために入った名も知れない森の中にログハウスがあった。


 長らく使われていないため外壁や扉までに蔓がびっしりと伸びている。恐らくは元々は木樵の家で捨てられたのだろう。


「雨風を凌げるだけでもありがたい」


 フェルフリードは蔓を切って扉を開いて中を覗く。


 開くだけで大きく埃が舞い、大きな蜘蛛の巣も揺れている。


 しかし、見たところ掃除をすれば住めないことはなかった。


 ロアにはしばらく馬上で眠って貰っているうちに簡単だがフェルフリードは環境を整える。


 まずは、叩けば叩くほど埃が舞い続けるベッドの状態を改善していく。


「掃除はロア殿に任せていたが……これほど! 重労働なのだな!」


 何とか掃除を済ませて寝られないことはないベッドの上にロアを寝かせる。


 抱えるだけで彼女の酷い熱が伝わってくる。


「……はぁはぁ、うっ……はっはっ……あ、うう」


 そのとき、急にロアが苦しそうに悶え始めた。


 魔女の発作だ。


 フェルフリードはすぐさま発作を抑えるための丸薬をいくつか口に含ませて呑み込ませた。


 しばらくして呼吸が安定して表情も穏やかになった。


 フェルフリードはほっと胸をなで下ろして飲み水で濡らしたタオルをロアの額の上に乗せる。そして、自分は近くにあったボロボロの椅子に座った。


 一息ついた後、小袋の中を検める。


「あと、これだけか」


 丸薬の残りが乏しくなっていた。


 懸念することはそれだけではない。


「発作の間隔が短くなっている。効き目も薄まっている。どうすれば……」


 発作の間隔について言うに及ばず、効き目も最初の頃は一つで事足りていた。しかし、今では複数個は飲まないと発作が中々止んでくれない。


 それだけ抑えていた魔女の力が強まっているということ。


「一刻も早く魔女を消滅させる方法を見つければ……」


 フェルフリードはぐっと拳を握る。


 わかっている。いや、逆だ。わからないのだ。


 一年間、独自に魔女を滅ぼす手段を探し続けているが何の手掛かりも得ることができていない。


 ヒントすらもない状態だ。


 そんな中、ようやく見つけたのがあの丸薬。


 だが、あれは抑えるとはいえ一時的な代物。現に子供騙しと言わんばかりに効果が薄まってきている。根本的な解決に至っていない。

 

 こうしている間にも魔女の侵食は急速に進んでいる。


「ギリッ……くそ! くそ……」


 ようやく再会できた想い人。


 この一年、憎悪の魔女という呪縛はありつつもフェルフリードにとっては幸せな日々を送り、気持ちはさらに強まっている。


 そんな最愛の人が苦しんでいるのに何もできずにいる自分に腹が立つ。


 いっそのこと魔女の本体が目の前に出てきてくれたらどれだけ楽なことか。


 前は不覚を取ったがこの一年間、合間を縫って鍛錬を積んできた。次があるならば勝てる自信はある。


 だが、それはもし魔女がロアの身体から出てきた場合のみだ。


 ロアの身体を使われている内は戦うなんてことはできない。彼女を傷付けることはできない。


 いくら考えても自分には為す術がないという事実にフェルフリードは打ちのめされてしまう。


「どうすればいいんだ……」


 この晩、フェルフリードは眠れずにいた。ロアのことが気に掛かって眠れなかったのだ。


 しかし、その心配は杞憂に終わった。


 幸いなことにこの日は発作が起きることはなかった。


 気が付くと窓から射す光とともに小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 

 しかしながら、体温は高い状態が続いているたうなされている。

 万全な状態からは程遠い。

 

 フェルフリードにできることは時間が経ち乾いたタオルを再び濡らして戻すことしかなかった。


 限界はもう近い。


 それでも彼には見守ることしかできない。


「他に何か方法はないのか……」

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