第3話 希望か絶望か

 冷たい。寒い。身体が震えます。


 天国というのはこんなにも優しくない厳しい所なのですか。


 ああ、聞いたことがあります。

 

 天国に行くためには川を渡らなければならないと。

 

 だけど、何も見えません。

 真っ白な世界が広がっている。

 それだけです。

 

 ただ、次第に川のせせらぎが聞こえ……小鳥のさえずりも聞こえてきました。

 

 小鳥……ここにも小鳥がいるなんて驚きです。

 

 だけど、どこを見ても真っ白な世界に変わりありません。小鳥の影さえも見当たりませんでした。

 

 なぜか見えないはずの水にさらされている感覚。冷たく寒い。

 

 寒い、寒い、寒い……お母様、お兄様、どちらにいらっしゃるのでしょうか。

 

 そのとき、急に足下が不安定になり身体が沈み始めました。下半身から上半身に掛けてどんどん沈み落ちていきます。

 

 まるで沼に嵌まってしまったようです。

 

 両手で何とか藻掻いて必死に顔を沈ませないようにしますが、それも長くは続かず沈み始めました。

 

 思わず視線を下に向けると、全てを呑み込んでしまうような暗闇が迫っていました。

 

 いえ、私に向かって伸びてきている!?


「いや‼ いや‼」

 

 私の必死の声に反応したのか、殆ど同時に真っ白な世界は急激に光を放ち始め私を包み込んでしまいました。

 

 腫れた瞼を半分まで持ち上げて見回してみるとそこは川の畔でした。


 見たこともない場所。

 

 私はうつ伏せに倒れて、身体の半分は水に浸かっています。弱い水流が絶え間なく私の身体を揺さぶり続けていました。

 

 私、生きて……

 

 どうやら奇跡的に助かったようです。

 

 しかし、奇跡とは言えこんな状態になってまで生きているなんて幸運か不幸かよく分かりません。もう身動きは……取れなさそうですね。

 

 どちらにせよ。私はこのまま朽ちていく身。死期が少し延びただけです。

 

 目を閉じようとしたそのとき、落ち葉を踏む足音が聞こえてきました。足音は一度は止みましたが、すぐに再び聞こえ出します。

 

 それも……私に近づいてきています。

 

 だ、誰……。

 

 足音の主は私のすぐ側にまで近づいて立ち止まりました。

 

 そして、覗き込むように私をまじまじと見ている、気がします。まるで、品定めするかのように。

 

 私は声も出せず、首を動かすことすらできません。身体が万全の状態でも恐怖で動くことはできなかったでしょう。


「……ま、まだ、生きていますか? 大丈夫、助けて……」


 声からして女性。

 

 しかし、その言葉は途切れてしまいました。


 すると、急に女性は私の顔を持ち上げてまじまじと見詰めてきます。微かな私の視界に入ったのは黒。果てのない暗闇でした。


「ウフフフフ、後は朽ちるだけと思っていましたがまさかこんな都合の良いことが起こるなんて……これはまさに天命ですね」

 

 手を離して私の顔は再び地面に落ちてしまいます。


 彼女は何やらぼそぼそと言っているようでしたがよく聞き取れませんでした。最初と雰囲気も変わっていますし、私は不気味に……怖く感じました。

 

 逃げ出したい。だけど、身体は動いてくれません。


「……あ、私、何を……あー、あ‼ 今、助けるね。助けないと助けないと」

 

 ……助け? 本当に……?

 

 死にゆく私にようやく一筋の光が見えました。助けの手が伸びたのです。

 そして、その女性は私の片腕を握りしめます。

 

 その瞬間、見えたはずの光は闇に変貌しました。いえ、元々闇が光に化けていたのです。


「あ……があ……」

 

 とても女性の力だとは思えない程の力で腕が握りしめられ呻き声が漏れてしまいます。

 

 助ける……と言った人の力のかけ方ではありません。力の制御ができていないようでした。

 

 そして、そのまま女性は私の身体を引っ張り始めました。


「ああああああああ‼ がっ、ああああ……」

 

 元から腕が折れていたのも相まって、その限界を超えた苦痛は腕を千切られているのかと勘違いするほどでした。

 

 プチプチと何かが千切れていく音が頭に響き続けます。


 意識を途絶えさせるには十分過ぎました。

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