第20話 精霊たちの姿


 直立不動の俺の方へマトックが近づいてきた。

 朝は一人だったけど、いまは連れがいる。

 大きなカバンを持たせて不遜な態度をとっているところをみるに、従者かなにかなのかもしれない。

 マトックは俺に気がつかないようで、まっすぐこちらに歩いてくる。

 どうやら隠形の札が効いているようだ。

 レミィは逃げて行ってしまったから、単に俺のことを覚えていないだけかもしれないけど……。

 このまま、さっさとどこかへ行ってくれ。

 心の中でそう念じながら俺は動かないでいる。

 ところが、俺とマトックの距離が4メートルになったところで奴は足を止めた。

 そして、不可解なものがあるかのようにこちらをじっと凝視してきた。


「…………なにかいるのか?」


 なんと勘のいいやつなんだ!

 それとも、これが闇の精霊使いとしての力なのだろうか?

 従者の方はわけがわからないようでオロオロしている。


「マトックさま、どうされましたか?」

「そこになにかがいる」


 マトックは断言した。

 だけど、そのなにかが俺とはわからないようだ。

 早く行っちまえよ!

 俺、こいつのことが苦手なんだよね。

 偏見かもしれないけど、横柄な態度が鼻につくし、冷酷そうな雰囲気がいやだったのだ。

 話をしても、俺とはそりが合わないだろう。

 そう思って、俺は無言でその場に立ち尽くしていた。


「精霊なのか?」


 奴は重ねて聞いてきたけど俺は知らんぷりだ。

 そのうち、後ろに控えていた従者がしびれを切らせた。


「マトックさま、侯爵と子爵がお帰りを待っておられます。急ぎましょう」


 マトックは不機嫌そうに従者を睨みつけたけど、なにも言わずにその場を立ち去った。

 侯爵に子爵?

 そういえば、あいつはなんとかいう侯爵のお抱え精霊使いだったっけ。

 傲岸不遜ごうがんふそんのやつも主人の命令には逆らえないのだろう。

 マトックが雑踏の中へ消えるのを確認してから、俺も物陰に入って隠形の札を外した。

 はぁ、緊張した。

 もう二度と会いたくないな。

 俺はまっすぐ宿に帰ることに決め、足早にその場を立ち去った。



 宿に帰るとレミィはベッドの上でくつろいでいた。


「お帰りぃ。あいつになにかされなかったか?」

「お帰りぃ、じゃないよ。この薄情者。俺を置いて逃げやがって」

「だってさ、あいつは僕のことが見えるんだぜ。だったらいない方がいいかなって」


 筋は通っているので、許してやるとするか。


「まあいいや。そんなことより中庭に行くぞ。レミィも来いよ」

「なにをするんだ?」


 俺はポケットから魔結晶を取り出した。


「おっ、銀晶じゃないか!」

「今日はいろんな精霊さんに力を貸してもらったからな。奮発してこいつを買ってきたのさ」


 まだ早い時間だったのでロモス亭の中庭に人はいなかった。


「よし、銀晶を使って魔力贈りをするぞ。精霊さんたち、今日もありがとな」


 手のひらにのせた銀晶が俺の魔力を引き出し、増幅された魔力は空中へと拡散した。

 さすがはお高い銀晶だけある。

 これまでよりもずっと濃い魔力が広範囲に広がっていく。

 レミィもうっとりと目を閉じ、魔力のシャワーを楽しんでいた。


「ははっ、あいつらもいい顔しているぜ。ショウタ、見てみろよ」


 一瞬だけど、魔力贈りのときは俺にも精霊たちの姿が見える。

 俺はこの瞬間がたまらなく好きだ。

 風の精霊ははしゃいで飛び回り、大地の精霊はポージングを決めている。

 火の精霊は騒がしく動き回り、水の精霊は穏やかに微笑む。

 光の精霊は居住まいをただしこちらに一礼、闇の精霊はひっそりとこちらを見つめていた。


「精霊さんたち、今後もよろしくな」


 魔力贈りを終えた俺を心地よい疲労感が包んでいる。

 体内の魔力を放出したせいで体は重い。

 だけど、心はいつになく晴れやかだった。



 姫さまの迎えが来たのは翌朝のことだった。

 やってきたのはドロナックさんだ。


「おはようございます、カミヤさま」

「どうでした? 公爵は解放されましたか?」

「まだ宮廷にいらっしゃいますが、すべて首尾よく運びました」


 姫さまが陛下にビワールを献上し、屋敷や領地などはすべて返還されたそうだ。


「使用人たちも戻ってきました。あとは旦那さまのお帰りを待つばかりです」


 公爵は最後のご奉公として宮廷のトイレ掃除をさせられているらしい。

 上級貴族がトイレ掃除って、かなりの屈辱なんじゃないか?

 まあ、ホタルの舞なんてやっちゃうから、そういうことになるんだよね。

 人間、調子に乗りすぎちゃいかんのだな。


「カミヤさま、ご朝食は?」

「まだです」

「それはよかった。姫さまが朝食はカミヤと食べたいとおっしゃられて、お待ちになっておられるのです」


 ロモス亭の食事は悪くないのだが、ブラックラ家のご飯の方がきっと美味しいよね。

 俺は姫様との再会を楽しみに、ブラックラ家の馬車に乗り込んだ。



 姫さまが俺のために用意してくれた馬車は立派なものだった。

 黒塗りで、扉にはブラックラ家の紋章である剣を握ったグリフォンが描かれている。

 馬車の中は広く、クッションも多めに用意してあった。


「このクッションは姫さまのお言いつけです。カミヤは尻が弱いから、とおっしゃられて」

「はは……、恐縮です」


 十九歳の女の子にお尻の心配をされる二十七歳ってどうなんだろ?

 でも、姫さまの細やかな気遣いが嬉しいな。

 姫さまは一見すると当たりがきつそうに見えるのだが、本当は優しい人なのだ。



 ブラックラ家の屋敷はロウンドナの中でも最高級住宅街の一角に建っていた。

 正確な敷地面積はわからないけど、とにかく広い。

 門から玄関まで200メートルはあったな。

 広い庭園や池などもあるほどだ。

 さすがは王族である。

 ただ、屋敷が立派な割に人は少ない。

 玄関で俺を出迎えてくれた姫さまの後ろには侍女が一人立っているだけだった。


「カミヤ、よく来てくれた!」


 姫さまは俺の手をとらんばかりの勢いで迎えてくれた。

 会うのは二日ぶりだったけど、今日はだいぶ印象が違うな。

 今日はシンプルだが上品なドレスを着ているせいだろう。

 髪型も赤いリボンでまとめたツインテールになっている。

 だけど、いちばん変わったのは表情だ。

 お家の一大事から解放されて、伸びやかで輝かんばかりの笑顔になっていた。


「お招きにあずかり光栄です。ドロナックさんから聞きました。すべてうまくいったそうですね」

「うむ! 詳しい話は食べながらにしよう。さぁ、入ってくれ」


 姫さまと並んで、俺は屋敷に招じ入れられた。

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