第13話 鬼剣にして魔術師


 姫さまはドロナックさんを見て不敵に笑っている。


「カミヤ、見ておれ。爺の本気モードがはじまるぞ」

「ドロナックさんの本気?」

「そうだ。ボタンを外したときこそ、爺の本気の印なのだ」


 シュッ!


 短い風切り音が聞こえたと思ったら、ドロナックさんの右手には大ぶりのナイフが、左手には木の板が握られていた。

 どこから出したんだ!?

 まったく見えなかったぞ。

 それに、ナイフはまだわかる。

 でも、木の板なんて、いったいどこに収納されていたのだろう?

 ドロナックさんは木の板を岩の上に置き、今度は肉の塊を手でつかんだ。

 これから何が起きるかと固唾を飲んで見守っていると、ドロナックさんは葉で包まれた肉の塊を宙に投げた。

 同時に右手のナイフが目にも止まらない勢いで動き出す。

 空中で下処理された肉が木の板の上に積みあがっていくぞ!

 ただ肉を切り刻んでいるのではない。

 筋や脂身などをきれいに取り除きながら精肉の状態にしているのだ。

 最後に落ちてきた肉を包んでいた葉が風に飛ばされ下処理は終わった。


「本当は少し熟成させた方がいいのですが、ここは山の中。味は落ちますがお許しください」


 そんなことを言われても、俺は驚きで言葉が返せない。


「カミヤさま」


 不意に声をかけられ、俺は上ずった返事をしてしまった。


「な、なんでしょうか?」

「お嫌いなものや味付けはございますか? 辛いものが苦手だったり、苦手なハーブなどがございましたらおっしゃってください」

「ありません。お任せしますので……」

「さようでございますか。それでは……」


 シュッ!


 またもや短い風音が響いたと思ったらドロナックさんの両手には無数の小瓶が握られていた。

 ていうか、ナイフはどこへいったんだ?


「あれはなんですか?」

「爺が常に携帯している調味料や香辛料、それにハーブのたぐいだ。爺はスパイスの魔術師という異名も持っている」


 ドロナックさんの異名は鬼剣だけじゃなかったのね……。


 一角ウサギの肉を使い、ドロナックさんはすね肉の煮込みと、あばら肉のローストを作ってくれた。

 至高にして究極。

 俺がいままで食べた肉の中でいちばんおいしかったよ。

 むかし、上司に連れていってもらった高級焼肉より美味しかった。

 それにしても、次から次へと取り出される調理器具はどこに隠してあるのだろう。

 ナイフやまな板だけでなく、おたまやトングなんかもコートの下から出てきたぞ。

 ハイパー執事のコートの下は秘密がいっぱいなのである。


 夕飯を食べて落ち着くと俺たちは今後のことを話し合った。


「ロウンドナに戻ったらどうします?」

「まずは陛下にお会いしてビワールを献上する。そうすれば父上は解放されるし、屋敷や領地も戻ってくるはずだ」


 そのために頑張ってここまで来たんだもんね。


「屋敷が戻ってくるまでカミヤは宿で待っていてくれ。必ず迎えにいく」


 姫さまは熱っぽい調子でそう付け加えてくれた。


「ありがとうございます。吉報をお待ちしていますよ」

「うむ。手続きが滞りなくすんだら褒美をとらせよう。父にも会ってもらいたい」

「公爵にですか?」

「当然だ。恩人の顔を見せてやらんとな。父はちゃらんぽらんな人間だが情には厚い人だ。きっと喜ばれるだろう」


 想像するに、公爵はいい人だけどダメ人間ってタイプなのだろう。


「カミヤは今後どうするつもりだ?」

「今後ですか……。特には考えていませんでした。とりあえず就職口を見つけようかなと」


 俺の答えを聞いて姫さまは飛び上がらんばかりに喜んだ。


「だったらブラックラの屋敷に住めばよい」

「そんなことをされて迷惑ではありませんか? 見ず知らずの俺が転がり込んで姫さまに迷惑をおかけしたら……」

「迷惑なわけがなかろう。屋敷が窮屈だというのなら庭園の横にある家をやろう。そこならなんの気兼ねもいらないぞ」

「そんなにしていただいてよろしいのでしょうか?」


 チラッとドロナックさんに視線を向けたけど、かすかに微笑んだまま黙っている。

 姫さまははしゃいだように話を続けた。


「そなたがいなければブラックラ家はとり潰しになっていたかもしれないのだ。それくらいどうということはない。遠慮するな」


 まあ、俺は行く当てもない異世界人だ。

 行為に甘えるとしよう。


「では、しばらくお世話になるといたします」

「そうか、そうか! 都に帰ったらカミヤの服をつくってやらんといかんな。その恰好では目立ちすぎるぞ。爺、帰ったらすぐに用意だ」

「承知いたしました。仕立て屋と靴屋を屋敷に呼びましょう」


 さすがは特権階級!

 服を店まで買いに行くわけじゃないんだね。

 俺、オーダーメイドの服を着るのなんてはじめてだよ。

 どんな服になるのかな?

 それに家がもらえるのか。

 庭園の横にあるということは離れみたいなものだろう。

 それなら気を使わなくていいかもしれない。


「これからもカミヤが一緒なら退屈しないな。しばらくなどと言わず、ずっといてくれていいのだからな」


 にっこりとほほ笑む姫さまはかわいかった。



 その夜、俺は柔らかい草地の上を選び、マントにくるまって横になった。

 姫さまは天幕に入られ、今頃はもう寝ているだろう。

 ドロナックさんも天幕の近くで身を横たえている。

 寝ているようだけど、なにかあればすぐに飛び起きるんだろうな。

 スーパー執事さんはそれくらい雑作もなくやってのけそうだ。

 俺は地図を開いて山の様子を確認する。

 あれ、地図の詳細が出てこないな……。

 ん? 代わりに注意を促すダイアログボックスが開いたぞ


『精霊ネットワークの乱れが起きています。しばらくしてからもう一度お試しください』


 なんだ、これは?

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