第39話 「 夕焼 」
ドドドーーーーンッッ!!
「頼む!届けーーーーっ!!」
リンが一時的に預けてくれた魔力の効果はもう無い。
それでも、すがる思いで強く願いながら全力で剣を投げ放つ。
はずみで俺は草に足を取られ、あっという間に後方へ倒れ込んだ。
その瞬間、目の前の光景がスローモーションのように流れ込む。
剣は、狙い通りバラクの頭上めがけて飛んだ。
轟音を飲み込むかのように、剣の刃が青白い閃光を受け止める。
だが、雷撃の勢いはそれだけに留まらず、真下にいたバラクの体をも貫いた。
オレンジ色のポンチョが、一瞬にして花火のように眩しく散る。
バラクの体は、糸が切れたあやつり人形のようにユラユラと力なく落下していく。
俺は、反射的にバラクの元へ走り寄った。
ダラリと仰向けに横たわっているバラク。
ポンチョはところどころ焼け落ちて、剥き出しの皮膚が赤く焼けただれている。
「おい!大丈夫か?」
「バラクの‥ 雷は‥ すごいじょなぁ‥ 」
バラクはうっすら笑みを浮かべながら弱々しく呟いた。
鬼の面は割れ落ち、褐色の少年の顔がそこにあった。
その額には、茶褐色の小さな角が二本。両頬には、焦茶色のシミのような紋様がいくつかあった。
夕焼けのようなオレンジ色の髪が、雨でしっとり濡れている。
いつのまにか雨はあがり、空には夕焼けが広がっていた。
静かにバラクの体を抱き起こし、その髪をそっと撫でた時、胸が ドクン と震えた。
バラクの " 痛み " が俺の胸に突き刺さる。
それは、怪我の痛みだけではない。深い深い心の痛み‥ 。
バラクは
「昔‥ 山で雷の練習をしていたら、山菜を採りに来たばあちゃんと会ったじょな‥
ばあちゃんは、バラクを見てニコニコして近付いてきてさ‥バラクが驚かそうと思って出した小さな雷見て‥ すごいすごい、きれいだね‥ って言ってくれたじょ‥ 」
俺は黙って頷く。
「ばあちゃんがくれたおにぎり‥ おいしかったじょ‥ 。
バラクがひとりぼっちだったから、ばあちゃんが家に連れて行ってくれて‥ 一緒に暮らした‥ 。楽しかった‥ 。
それなのに‥ それなのに‥ 人間が、" バラクは鬼だ " って、バラクとばあちゃんを家ごと焼いたんだじょ‥ 」
バラクの表情が歪み、涙が頬を濡らした。
「ばあちゃんが、バラクを逃してくれたんだじょ。ばあちゃんは、バラクは良い子だって。わしの大事な子供だって、皆に言ってくれたんだ。だけど村の人間達は、信じてくれなかったじょ‥ 。ばあちゃんも鬼の仲間だ、物怪だって 、家に火をつけた。バラクは‥ バラクは、ばあちゃんを守れなかったんだじょ‥ 。バラクは悪い鬼だじょ‥ 」
「そんなことないさ。ばあちゃんは、バラクが大好きだからバラクのことを守ってくれたんだと思うぞ」
「ばあちゃん、怒ってないかな‥ 。ばあちゃんに 会えるかな‥ バラクのこと‥ 待っていてくれるかな‥ 」
「ああ、待っているさ。とびきり美味しいおにぎりを作ってさ。真ん中には、愛情ってやつがこめられてるんだ」
「愛情‥‥ ?」
「ばあちゃんが、バラクのことを、とっても大切に思っていた、ってことだよ」
「‥ ふうん ‥ よくわからないけど‥ なんだろう‥ 体が熱くなる‥ 気がするじょな 。
ばあちゃんに‥ 会いに‥ 行くじょな‥ お前、人間だけど、 いい奴だじょな‥ 」
バラクの身体が、足先からポロポロと崩れ始めた。
「バラク!」
俺は、バラクの手を強く握って声をかける。
「あったかいなぁ‥ ばあちゃんの手みたいだじょ‥‥ 」
最後にそう言うと、口元に笑みを浮かべたまま、バラクは逝ってしまった。
細かい塵となって、風に消えた。
ボロボロになったポンチョの切れ端と、割れた仮面だけを残して。
こんな出会いじゃなかったら、サルジュのように、仲間になれたかもしれない。
バラク‥ かわいそうな鬼の子‥ 。
悲しみにつけ込んで、人間を襲うように仕向けるとは。
魔王は 『 人間と魔物との共存 』と言い、自分が支配することで世の中を平和にすると言っていたが、何を考えているかわからない。
やはり、魔王の思い通りにさせるわけにはいかない。
「そうだ!こうしてはいられない。モジャ、リンは?」
リンの元へ駆け寄る。
モジャは俺の代わりに心臓マッサージを続けてくれていた。
「これ以上続けても‥ ダメかもしれませぬ‥ 」
「嘘だろ。そんなわけない。最強魔女がこれくらいで死ぬわけない。おいっ!リン!目を覚ませ!」
蘇生時間を当に過ぎていることはわかっている。
もはや‥ いや、諦めない。
俺はモジャに代わって再び心臓マッサージを行ない、人工呼吸を施す。
" リン、助かってくれ!”
ひたすら強く願いを込めて。
「‥‥ぷっぷはっ‥ 」
「‥‥ !!!」
リンの体が反応した。ピクピクと微かに瞼が痙攣した後、ゆっくりと目を開いた。
「リン!やっと戻ってきてくれたか!」
俺は喜びのあまり、隣にいたモジャと抱き合った。
「私、瞬間的に雷を受け止めて‥ そのまま気を失ってしまったのね‥ 」
「呼吸も心臓も止まって仮死状態でしたぞ」
「死んでしまうのかと思って心配したぞ。助かって良かった」
「意識を失っている時にね、二人の声が聞こえてきた。最強の美魔女ーって呼ぶ声」
「‥いや、最強とは言ったけど、美魔女とは言わなかった気が‥ 」
言い終わらぬうちに、リンが続ける。
「その後、なんか魚臭いにおいがしてね、目が覚めたの」
‥ 今朝、焼き魚を食ったっけ。そういえば、歯磨きしていなかったな‥ 。
人工呼吸した事は秘密にしておこう‥ 。
♢ ♢ ♢
それから俺達は、割れた面とポンチョの切れ端を集め、バルクの墓を作ることにした。
土を掘っていると、オレンジ色に輝く拳大の石が出てきた。
「魔石よ、それ。きっと役にたつわ」
「そうか。綺麗だな。バラクからの贈り物かな‥ 」
バラクの墓に、おにぎりを供え手を合わせる。
「ばあちゃんに、よろしくな」
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