第31話 「 魔人(後編) 」
「いっただきーーーー」
ハグゥゥゥン‥‥
パックリ開いたズィルザールの大きな口に、箒から落下したサルジュの小さな体が飲み込まれた。
「ズィルザール、お腹空いてるんだぞ。これだけじゃ、足りない」
「お前っ!仲間を食べるのかっ?」
ズィルザールに殴りかかりに行こうとする俺を、モジャが必死におさえる。
「サルジュは人間と仲間になった。もう仲間じゃない。そもそもズィルザール、仲間なんていない」
「魔人同士は仲間じゃないのかっ!?」
俺は、怒りを込めて叫んだ。
「ズィルザールは魔王様に仕えている。魔王様の命令は聞くけど、他の奴は嫌い。ズィルザールのこと、馬鹿にする奴ら、嫌い」
「シャラーラだって、ズィルザールのこと嫌いずらっ」
「仲間割れか‥ 。いや、そもそもお前達には仲間意識なんてないんだ。サルジュのように、素直な心なんて持ち合わせてないんだよな」
「次はお前、食べる」
ズィルザールが大きな体を左右に揺らしながら突進してくる。外見に似合わず、その動きは驚くほど素早い。
「サルジュを返してもらおうか!」
俺は、奴の巨体を受け止める覚悟で身構えた。
あの日、南アナがズィルザールに食べられた時、地神が南アナを元に戻すことができた。
すぐ胃の中に手を入れたら、サルジュも助けられるかもしれない。
俺も食われてしまう危険性はあるが、やるしかない!
「勇者殿っ!」
太腿にタックルしてきたモジャによって、俺の体は地面に押し倒された。
ズィルザールは目標物を失われ、その勢いのまま木の幹に激突。
ドドーーーーーーンッッ!!!
木の幹は傾き、ズィルザールは地面に突っ伏した。
それと同時に
「クースクスクスムーワ!」
頭上でリンの呪文の声が響いた。
「ズィルザール、ドジッ! 魔王様に叱られるずら!
シャラーラが全部まとめてやっつける!
ルンラールンラー!」
シャラーラの両手から、今までとは桁違いの大きなオレンジ色の炎が飛び出した。
「森ごと焼かれてはたまりませぬな」
モジャが俺の体を起こし、逃げようとした時だった。
「ウプッ ‥ ウグググ‥ 」
ズィルザールの様子がおかしい。
吐き気をもよおしたように苦しみ出した。
灰色の皮膚が薄紫色に変わっていく。
「おい!ズィルザール、そこをどけ!お前も焼かれたいずらかっ!?」
シャラーラの怒号はまるで聞こえていないようだ。
「ウグググ‥ アググワッ‥ 」
ズィルザールはいっそうひどく苦しがり、茂みの中でのたうちまわっている。
そして、ズィルザールの大きな腹が、ボコボコ歪みだす。
「邪魔をするなズィルザール! シャラーラ、もう待てないずらよっ!」
シャラーラが叫んだその時!
ズィルザールの腹の皮膚がメリメリッと裂け始めたかと思うと、その皮膚が破れ、その裂け目から、ナニカが現れた。
それは、魔人の深緑色の体液にまみれた赤黒い羽‥ 。
リンの魔法で小鳥ほどの大きさに縮められていた体を、八十センチメートル程に巨大化されたワームだった。
蛹の殻を破るかのように、ズィルザールの腹から出てきたのである。
「まるごと焼いてしまうずらーっ!!」
ズィルザールを気にする素振りもなく、シャラーラは頭上に掲げた炎の玉を俺達に向けて投げつけた。
それは十〜二十メートルはあろうかという大きさで、凄まじい轟音を立てながら、熱風とともにこちらへ向かってくる。
俺とモジャは咄嗟に逃げる事もできず、地面に伏せるのが精一杯だ。
そこへ、上空から見ていたリンが叫ぶ!
「リン・クヴェレの名のもとに精霊達の力を借り受ける!
クヴェーレ !!」
頭の中にリンの声が響いて、俺は意識を失った‥
♢ ♢ ♢
「おーい、しっかりしてー」
い、痛っ、痛い‥
ペチペチ、頬を叩かれている。なんとか命拾いしたんだな。起きなくちゃ‥ 。俺は意識に抗う重い瞼を開く。
目に映ったのは、心配そうに俺の顔を覗き込むリンの顔‥ ではなく、リンの胸。慌てて視線を上に向ける。
「リン‥ モジャは?」
「こ、ここにおりますぞ‥ 」
「あ。ご、ごめんモジャ」
あの時。地面に伏せた俺は、無意識にモジャを庇ってモジャの上に覆いかぶさっていたようだ。モジャが俺の腹の下から這い出てきた。俺もゆっくり体を起こす。
「いったいどうなったんだ‥ ?」
俺は、辺りを見回した。少し離れた所に、ズィルザールと思われる体の残骸があった。
「もうひとりの魔人は? リンが倒したのか‥ ?
ワームとサルジュは‥ ?」
「ワームは、サルジュと一緒にズィルザールに食べられていたのよ。
それで、ワームを縮めていた術を少し解いて、体を大きくしたの。そのワームが、ズィルザールの体を裂いて出てきた。蛹から出るみたいにね」
「うん、そこまでは覚えてるよ」
「シャラーラの炎は、私が消し止めたわ。シャラーラも、相当力を使ったのね。炎を消された時には、フラフラして逃げ出したわ。 ‥ 深追いはしなかった。また会ったら、やっつけちゃうけどね」
そう言って弱々しく微笑んだリンの両腕が、赤く焼けただれていることに気がついた。
「リン!火傷してるじゃないかっ?!」
「大丈夫よ。すぐ治るわ」
「わしが火傷に効く薬草を取ってきますぞっ!」
そう言って、モジャが森の中へ走って行った。
走り去って行くモジャの背中を見つめたまま黙り込んでいるリンに、俺は気になっていることを尋ねた。
「ズィルザールは死んだのか‥ ? ワームとサルジュは‥ 」
‥ 無事なら、ここにいるはずだ‥‥
金色の美しい髪と、澄んだエメラルド色の瞳。
人間に心を開いてくれた初めての魔人‥
無邪気な笑顔が目に浮かび、胸が強く締め付けられた‥
少し長い沈黙の後、リンは、ためらうように重い口を開きかけた‥
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