第29話 「 晴天 」
その日の遅い夕食は、とにかくにぎやかだった。
サルジュを警戒していたリンとモジャだったが、
サルジュの愛らしい風貌や仕草は大人達を魅了した。
「美味しい?」
リンが問いかけると、サルジュはパスタを口いっぱいに頬張ったまま、何度も頷いてみせた。
「そんなに詰め込んだら、喉に詰まらせてしまいますぞ」
「ハヒホーフッ!」
口をモゴモゴさせながら答えるサルジュ。
「大丈夫‥ って言ったのですかな?」
サルジュは再び、首を数回縦に振った。
「そんなに急いで食べなくても、誰も取りませんぞ。そんなに気に入ったのなら、わしの分を少し分けてあげよう」
「おっと!モジャ、いらないなら俺にくれ」
モジャが差し出した皿を引っ張ると、モジャはグイッと引っ張り返す。
「それなら自分で食べますぞっ!」
「なんでぃっ!サルジュは良くて俺はダメなのかーいっ!」
「 ‥ サルジュ、もっと食べたい!」
あどけないサルジュの声に、大人三人が即座に反応する。
「どうぞどうぞー」
各々の皿を手に、三人同時に声を合わせたものだから、顔を見合わせて吹き出した。
笑っている俺達につられて、サルジュも笑い出す。
「アハハッ! なんだろ?ココがドキドキする」
サルジュは小さな両手を胸に当てながら言った。
「そうだな、たぶんそれは " 楽しい " っていう気持ちだ」
「タノシイ ‥」
サルジュは言葉を噛みしめるように呟いた。
人間の赤ん坊は、家族と触れ合う中で " 感情 " を自然に覚えていくが、魔人のサルジュは、今日初めて『感情』というものを知ったようだ。
やわらかな月明かりが俺達のテントを優しく照らす。
その晩は、四人と一匹が肩寄せ合って、ぐっすりと眠りについた。
♢ ♢ ♢
翌朝、一番遅く目覚めたのはサルジュだった。
大の字になって無防備で眠っている魔人の少女を、俺達三人は目を細めて眺めていた。
独身男の俺にも " 母性本能 " が目覚めたのではないかと疑う程、愛おしく思える。
それは、ミーコを可愛いと思う愛しさとはまた別の感情だ。
俺達は、朝食を終えると山頂へ向けて出発した。
今では小鳥ほどの大きさになったワームは、サルジュの肩に乗り、柔らかな金色の髪が歩くたびに揺れるのを楽しんでいるように見える。
サルジュは、モジャからワームが好みそうな樹木を教えられ、ワームに樹液を吸わせた。
小さな体になったワームには、それで充分だ。
歩きながらサルジュに話しかける。
「サルジュは、魔王城へ行ったことがあるか?」
「サルジュはワームと森にいた」
「そうか‥ 。魔王城で生活していたわけではないんだな」
俺は質問を続けた。
「サルジュは前に、魔王と一緒に人間の街に来ただろう? あの後からずっとこの山にいるのか?」
「うん」
「その前はどこにいたんだ?」
「暗いところ」
‥ 暗いところというのは、地底にあるという魔界のことなのだろうか。
サルジュは、それ以上は語らず、しゃがみ込んで道端に咲いた小さな花を物珍しそうに眺めていた。
サルジュが嘘をついているようには思えない。
山への侵入者を防ぐのが、サルジュの役割だったのだろう。
この先、他の魔人達とも遭遇するかもしれない。
その時サルジュがどう立ち振る舞うかはわからない。
だが今は、無邪気に笑っているサルジュが、今だけでも幸せを感じてくれているならばそれでいい。
俺達にとって、サルジュは " 大切な仲間 " のひとりであることには変わりない。
小鳥たちがさえずりを交わしながら、木々を飛び回る。
ふと見ると、川のほとりに色とりどりの野花が咲いている。
まだ少しひんやりとした空気を深く吸い込むと、胸の奥まで清らかになるような気がした。
「ここらでいったん休憩にしようか」
俺はリュックを下ろして、大きめの岩に腰かけた。
「そうね。あらっ? 川があるのね。汗もかいたし
私、サルジュと水浴びをしたいわ」
「えっ?!」
俺は頭に浮かんだ光景にうろたえてしまった。
「あ!今、私達のこと想像したでしょー?」
「いやいやいやいや。そんなことはない。断じてない!」
「あれ?勇者、顔が赤くなったよ」
サルジュが大きな瞳で俺の顔を覗き込み、俺は慌てて目をそらす。
「天気も良いし、みんなで汗を流しましょ。
シガーナ・ワアワア!」
リンの呪文で、俺やモジャ、サルジュの頭上に突如大きなソフトクリームのような泡が現れた。
いつのまにかリンとサルジュは、パステルカラーの水着姿に変身している。
俺とモジャは‥
「は、は、裸やないかーいっ!!」
「ごっめーん!忘れてた!そっちは見ないから気にしないでぇー」
「ひどいですなぁ‥ 」
モジャがポツリと呟いた。
リンとサルジュは、川で水をかけ合い、キャッキャッと楽しそうにはしゃぐ。
俺とモジャは、二人から離れたところでひっそりと、
タオルで体の一部を隠しながら、手短に水浴びを終えた。
「リンは最強魔女なのに、随分な手抜きだなぁ」
「ごめんなさーいっ!」
申し訳なさそうに両手を合わせ、頭を下げるリン。
「そういえばさ、前々から思っていたんだが、リンの呪文って " 逆さ言葉 " の時があるよな?」
「アハハーッ。ばれてた??」
「呪文って、もっとかっこいい "エクスペクトー " とかなんとかじゃないのか?」
「フフッ。呪文はあくまでも " 形 " 。
大切なのは念じる力と魔力かな。
魔女も、国が違えば言葉が違うのよ。だから、共通の呪文を使うわけじゃないの。それに、同じ呪文を唱えても、必ずしも誰でも魔法が使えるわけでもない。要は使い手次第ってこと」
「ほお、そういうものなのか‥ 」
「そ。だから私の呪文はオリジナルなの。もちろん、魔法学校では基礎を習ったわよ。学校では皆同じ呪文を習うからね。その先は、独学で成長したわけ」
「独学ですごい魔女になれたのは、何か理由があるのか?」
「そうねぇ‥祖母が偉大な魔女だった、っていう遺伝もあるかなぁ。
世の中って、昔も今も争いが絶えないじゃない?
いつの時代にも戦争があって、一度も世界が平和になったことがない。
だから、魔法で世界中が平和になればいいなって思いながら頑張ったの。
‥ でも、実際は難しい。私一人の力は、微々たるもの。娘一人救えていない」
「リンの魔法はすごいよ」
「そうですぞ」
「サルジュもそう思う」
俺、モジャ、サルジュはリンを見つめた。
「たとえ小さな幸せでも、集まれば大きな幸せになって、世界中が平和になる。
恐怖で支配されるのは、平和とは言えないだろ?
まずは魔王を倒すこと、それが世界を幸せに導く第一歩だと思う。
昔聞いた三本の矢の話があってさ、一本では脆くても、三本集まれば折れないっていう。
リンは一人じゃない。俺もモジャもサルジュもワームもいる。三本どころか、五本の矢だ。安心してくれ!」
「ありがと」
「まあ、なんの力もない俺が言える立場じゃないけどな。ハハッ」
「そうねー」
「おいおい、そこは否定してくれよ」
「フフッ。冗談よ。勇者のおかげで楽しい旅ができてる。 美味しいご飯も食べられて幸せ!」
「サルジュも幸せー」
「その通り!勇者殿は、なくてはならない存在ですぞ」
「いやいや、そこまで言われると照れるなぁ」
お日様微笑む空の下。
" 仲間がいる " 。
それだけで勇気が何倍にもなる。
俺達はきっと強い!
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