山頂

起きた。静かだが思わず起きた。

とても寒い。そして眺めがいい。

どこかの山の上だった。


見下ろせば街の光が点々とまばらに、然しどこか規則性を持って輝いていた。

「少し昔、こんな言葉が流行っていました。"100万ドルの夜景"。これはこの夜景を作り出すのに必要なGDPに匹敵するのでしょうか?」

声がした。よく知らない声だ。

しかし、分厚い上着に顔を埋めて佇んでいることはわかる、なんというか土煙を立てない静かなる声だった。


「山から見える景色は狭い。GDPは総生産だから、いち地域だけじゃ到底足りるわけがない。」

「ごもっとも。」

此の人はレフ・トルストイのように"誰かの不幸の上に自分の幸福を築いてはならない"とでも言いたいのだろうか?

「いいえ。それは1に1を足せば2になってくれるような理想の世界の話にすぎません。仮にレフ・トルストイの言った戒めが、説法が通じるなら優劣も個性も生まれていないでしょう」

だからといって誰かを踏みにじって得た利得はあまり良いとは思わないのだけど。


「あの灯火の下に、あの輝きの下に私たちは生きています。私たちがやらないことは、あの灯火たちが代わりにやってくれています。だから私たちは此の山の上でその輝きを見れるのです。」

風が強く吹き、静かに枯れ葉たちを舞い上げ乾いた響きを鳴らす。

まるで山の寝起きのような静けさだった。


「レフ・トルストイは上下もない横つながりの世界こそ素晴らしいと解きました。しかし理想は理想です。現実は『生きる』ことを下から上にバトンリレーしながらやりくりしています。生きられない人は生きられる人に貢献します。失う人は得る人のために貢献します。」

白い息が山の息吹ですぐに消え去る。

「なにをどう頑張ろうが足掻こうが、誰かのために貢献しているのですよ。」


声の主は少しだけ諦めたような感じで、枯れ葉を踏んだ。

葉が落ちた木には幹が残る。

落ちた葉は踏まれるが、そうすると土の肥料に成る。

なるほど、自然の摂理は失うものから得て生きようと生まれたものばかりだな。


「ええ、ですから生きる意味は死んだ後にわかります。失った後誰が得たのか、それが生きた意味です。」


僕は目覚めを誘う冷たくも優しい山の息吹に吹かれた瞬間、これが夢だと気づいた。

落ち葉はどんどん積もってゆき、土へと成り代わる。

そういえば、レフ・トルストイの言った"誰かの不幸の上に自分の幸福を築いてはならない"を厳守するなら、この山には、いや、そもそもこの地球には家を建てる場所なんて一つもないだろう。

日とともに聞こえ始めた生きとし生けるものの生む雑音に、僕は久しぶりに耳を傾けてみた。


続く

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