第32話 元カノとの夏祭りで弾け飛んだ

 浴衣姿というものは、なぜこんなにも心躍るものなのだろうか。真っ直ぐ歩いて行った先で待っていた華奈は、華やかな浴衣姿で立っていた。

 化粧も普段は少ししかしていないが今日はかなり気合を入れていて、いつもの数倍は綺麗に見える。その姿だけで他の人たちも目を一瞬奪われるくらいの存在感があって、あまりに素敵だった。


「悠真?」

「すまん。ちょっとだけ見惚れてた」

「み、見惚れてたの……!?」

「……おう」


 華奈が目を見開きながら頬を赤らめる。いつものパターンで適当に俺が答えると思っていたのだろう。しかも見惚れていたなんて俺は普段言わないので余計に驚いているのかもしれない。

 俺も自分の口から出た『見惚れてた』と言う単語に驚いた。いつもは言おうともしないし、思っても絶対口から出ない言葉がスルッと出てきたから余計に困惑している。


「……綺麗かな……浴衣」

「おう。俺のこの上着姿に並べるのが嫌になるくらいには」

「悠真はそのラフ感がいいんだよ〜」


 そう言いながらうんうんと自分の発言に納得するように首を縦に振る華奈。

 華奈は俺に対して何一つ否定的なことを言ってくることがほぼ無い。別れた時でさえ理由も聞かずすんなりと『分かったよ』と一言だけだった。他の人に対しては色々否定的なことも自分の意見も押し通すのに、俺に対してだけはなにか違う。


「悠真、行こっ」

「わかったわかった……腕を引っ張るな」


 華奈と歩幅を合わせて一緒に歩く。花火大会といいつつ夏祭りの側面も持ち合わせているので、出店もたくさん並んでいる。

 色々あるなと思いながら眺めていると、突然華奈の足が止まった。華奈の様子を伺ってみると一つの店を見つめている。


「ふわふわだぁ……わたあめ……」

「あー……華奈甘党だもんな」

「うん……たべたい……」

「んじゃ買うか」


 そう言って今度は俺が華奈の手を引いて店の方に歩いて行く。華奈は少し驚いたのかビクッと身体を跳ねさせてからぎゅっと手を握り返してきた。


「わたあめ一個」

「あいよ〜……ん? 彼女さん可愛いねぇ兄ちゃん」


 気の良さそうなおっちゃんがそう言って俺と華奈を交互に見る。少し複雑な気持ちになるが、彼女では無いとしっかり断りを入れておいた。おっちゃんはそれを聞くと豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしたのちに、『すまん! おっちゃんの勘違いだ! 悪かったなぁ』と謝ってくれた。


「ほいよわたあめお待ちっ! 二人はこれから花火見るんだろう?」

「はい」

「んじゃあ兄ちゃん、穴場を教えてやるよ。あの道をな……」


 おっちゃんはそう言って俺に耳打ちで花火がよく見えると言う穴場のスポットを教えてくれた。一礼してその穴場に向かう。隣の華奈がとてつもなく幸せそうな顔でわたあめを頬張っている姿に、まだ少し可愛いと思ってしまった。


「さて……ここか。穴場」

「わぁぁぁ……!!」


 抜け道を通って少し階段を登ったところにあったのは、小さな公園のような広場だった。

 二人でベンチに座って花火が上がるのを待つことにした。時間的にはもうそろそろ上がってもおかしく無い時間帯ではある。


「あまぁい……! 悠真、はい!」

「……それは俺が華奈が食うと思って買っただけで別に貰いたいわけじゃないぞ?」

「私が食べて欲しいのっ!」

「……じゃあもらっとくわ」


 俺はわたあめを口いっぱいに一口頬張って、その甘さを全身で味わう。そんな姿を見て華奈はまた驚いた表情を見せた。


「悠真今日どーしたの? なんか素直だね」

「ん? そうか……?」

「うんっ。なんか新鮮というか……懐かしいね」

「……花火、もう上がるぞ」


 懐かしいという単語に少し違和感を覚えて、話題をすり替える。華奈もそうだねと言って前に向き直った。

 確かに今日の俺はかなり素直かもしれない。懐かしい、多分華奈と付き合っていた時に似ているという意味だろう。そうなのだろうか。そうなのだとしたら、俺は確実に……


「わぁ……!」

「……」


 花火が弾けて夜空に彩りをつける。それを見る華奈の横顔を眺めていると、感情を抑えていた蓋がズレて外れる音が確かに聞こえた。

 俺はもうどうしようも無いくらい、逃げても逃げてももう逃げられないくらいこいつに……囚われてしまっている。

 一つ花火が上がった瞬間、俺は今の今までずっと出なかった単語をついに口にした。


「好きだ」


 パァンと弾けて上空で色が混ざり合う。煌びやかな花が咲いて、余韻を残して枯れて行く。


「……んぇ? 悠真、なんか言った? 花火が弾けた時に合わさってて聞こえなかった」

「……いや……別に」

「えー!? 気になる!!」

「いいから見とけよ花火……」


 数ヶ月ぶり。実に数ヶ月ぶりに俺は顔が真っ赤になって思考が真っ白になる感覚に襲われている。それは多分、俺が華奈を好きだと再び自覚したからというのは、もはや疑いようも無かった。

 好きと言葉にできたのに、聞こえていないのは不服ではあったが。

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